上 下
291 / 312
真実

しおりを挟む
 事務所に入って一年。ドラマチックなことがたくさん起こるわけじゃないけど、自分でも驚くほど充実していると、内海はそう感じていた。
 木曜レッスン生は他の曜日より仲が良くて、それをまとめている佐久間大介にいつも内海は目を奪われていた。何がって、彼は少し漫画のヒーローみたいだったからだ。

 底抜けに明るくて、友達が多くて、ダンスも上手くて、歌う姿は雄々しくかっこいい。なのに、なんとも言い難い裏の顔がある気がして、たまに怪しく……たまに色っぽく、たまに欲情したような瞳をする佐久間に、少しの興奮さえ覚えていた。
 けど、これは恋心なんかじゃなくて、見ていて飽きないという対象。
 仲間からからかわれている姿も、からかっている姿も、笑って手を叩いて走って飛び跳ねて……、そして時に恐ろしいほど静かで、捕食者のようで、なのに憂いため息し、頭を抱える。
 接触する機会こそなかったけど、そんな佐久間を飽きるほど眺めることが許された。

 毎週木曜日。そこに彼がいる。
 後ろ姿も横顔も、指先まで気をつかって踊る姿も、すべてが見放題。漫画の主人公を間近で見ている気分で、こんなに楽しいことはなかった。

 事務所が所有する劇場を、木曜レッスン生が使う日、客席はいつも賑わっていた。ただ他の曜日と違うことは、客のニーズだった。

 木曜レッスン生は面白い。
 トークを聞きに来る、というスタンスで来場するため、トーク力のある者しかマイクは持たせてもらえなかった。
 勉強のために他の曜日のステージはどうなっているのかとよく劇場に潜り込んで、内海はステージ脇からその様子を見ていた。
 新米エッグの多くはそうやって先輩のステージを見ながら勉強する。例に漏れず内海とてそうだった。しかしながら、言わずもがな建前は勉強するためだが、本音はそうじゃない。

 面白い人間を探すためだ。
 見つけたのは、一際輝いている雪村という男だった。
 いや、違う。そもそも、雪村のことは入所前から知っていた。入所してからも、佐久間の口から幾度となく出てくる”ユキ”という名に、雪村の人となりを少し垣間見ていた。だけど、実際彼のステージを目の当たりにして、その圧倒的なエイターテイメント性に絶句した。

 事務所のTOP2と言われる及川ももちろんオーラが凄かったけど、雪村の二面性に内海がときめかないはずもなく、なんで俺は月曜に配属されなかったんだとため息を吐いた。そして、何故佐久間が”ユキ、ユキ”と執着するのか、その理由を理解した気もした。
 お近づきになりたいという欲はないが、見つめていられるのならずっと見ていたいと思う。それくらい、雪村涼という人間は見ていて面白かった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私が王女です

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:30,808pt お気に入り:338

初恋の王女殿下が帰って来たからと、離婚を告げられました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:36,998pt お気に入り:6,942

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:39

あなたの妻にはなれないのですね

恋愛 / 完結 24h.ポイント:64,397pt お気に入り:438

最愛の人がいるのでさようなら

恋愛 / 完結 24h.ポイント:54,954pt お気に入り:681

You're the one

BL / 完結 24h.ポイント:1,022pt お気に入り:63

獣人の恋人とイチャついた翌朝の話

BL / 完結 24h.ポイント:2,186pt お気に入り:32

突然訪れたのは『好き』とか言ってないでしょ

BL / 完結 24h.ポイント:766pt お気に入り:24

処理中です...