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突然スタートさせられた異世界生活

思い出した記憶と

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「1!2!3!4!」
「楓!きれいだよ!そのままキープ!」
「はい、3分休憩!」

そうだ。皆で大会に向けて練習してたんだ。部長の発破があちこちに飛んでた。部長の声は体育館の端まではっきり聞こえるくらい特徴的で良く響くんだった。
私はトップ(上に乗る人)だから、休憩中もストレッチや体幹トレーニングを欠かさなかった。トップは花形だ。トップに憧れてチアを始めた人も多いので、トップの選抜争いは熾烈だった。トップは小柄で体重が軽い方がそれだけベースの負担が減る。私はトップとしては身長が高い分(160㎝)、トスされた時に綺麗に見えるようなスタイル作りと、柔軟性やバランス感覚を徹底的に鍛え、見事トップを勝ち取ったのだ。勿論ダイエットだってした。

誰にも文句を言わせないだけの実力も信頼も欲しかったから死ぬ気で頑張った。人生で一番努力した。そのお陰でバスケットトス(ベースがトップを高く上に飛ばし、トップは宙でポーズを取ったり宙返りする)は誰よりも綺麗に出来る自信あるし、今大会のメインの大技の一つに自分をトップに組み込んだものがあるほどだ。

家族には自分メインの大技があることを秘密にしていたが、どうしてもこれを見せて驚かせたかった。やっと少しうつ病から回復してきた姉に一番見て貰いたかった。一番苦しんだであろう姉に辛い記憶を全部忘れさせるくらいのインパクトある思い出をあげたかった。姉は応援に行きたいと言ってくれた。だからこそ必死で優勝目指して、大嫌いな筋トレも頑張って徹底的に身体を作ってきたのに。あーぁ…。戻りたいなぁ…。



ぱちっと目を覚ますと、眠ってからあまり時間は経っていないようだった。今回は見た夢の内容をはっきり覚えていた。
あんなに必死にやってきたのに、自分の身体を起こすので精一杯の骨と皮の身体じゃあ、もうどうしたって出来るはずがない。あれだけ夢中になって努力したことが無駄になった無念、未練、悔しさ、姉への思いで胸の中はぐちゃぐちゃだった。思うように動かせない身体がどうしようもなく情けなかった。
異世界に来たのは何故自分だったのか。せめて大会が終わってからではいけなかったのか。今、家族はどうしているのか。必死に私を探しているのか、死んだことになって悲嘆にくれていないか。そして何故、私は今になるまでその事に考えがいかなかったのだろうか。今更そんな事を考える自分も嫌だ。

仕方なかった、運が悪かったと諦めきれるものでは到底無い。異世界に自分が来たことにも何か意味があるんだから、と簡単に受け入れることなんて出来なかった。

この世界自体が意思をもって私を呼んだのなら。出来ることならその世界とやらの胸ぐら掴んでひっぱたいてやりたい。私の代わりに行きたい人なんて掃いて捨てるほどいるだろうに。異世界の、自分を囲む空気すら吸いたくないほど嫌で嫌で堪らなかった。

嗚咽を漏らす気力も体力もないのに、感情のままにひたすら泣いた。身体中の水分が全部無くなっちゃうんじゃないかってくらい。

涙がようやく落ち着いてきた時、窓の方を見ると夜明けの時刻だった。オレンジ色の太陽が顔を出した時。



全てがどうでも良くなった。
異世界がどうなろうと私のいた世界ではないのだからどうなったって構わない。私には関係ない。私を元いた場所に帰せないなら、一矢報えないなら、死ねば良いだけだ。死んで、魂だけになって帰れるならそれで良い。

なぁんだ。たったそれだけのことだったんだ。



今は、知識が欲しい。
そう思ったら身体も心も軽くなった。楽に呼吸できる気がした。


なぁんだ。そんな簡単なこと。



―――パキリ、パキリパキリ



再び、何かにヒビが入る音がした。




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