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空を満たす何か
自分の変化に周囲が気付くって実は凄いこと
しおりを挟むアノーリオンと話した翌日。
里の者全員が広場に集められた。族長から話があるらしい。ツニートもドラゴンもケット・シーも一同に集まっているので、ケット・シーの皆さんが踏まれないかヒヤヒヤする。
そこに現れたアノーリオンは、族長らしく威厳があって話しかけにくかった。その後ろにつづくサフィーさんもだ。いつもの好々爺とした様子は微塵も感じられなかった。
「皆に集まってもらったのは話があるからじゃ。」
ざわついていた周囲が一気に静かになる。
「皆も分かっておるだろう。儂らは変わる時が来た。いつまでも怒りに囚われていてはいけないのじゃ。家族の喪失、仲間の無念、己の後悔。尽きぬ痛みは何度、儂等の心を無惨に引き裂いてきたことか。」
突然のことに皆が落ち着かなげに周囲の者と話し始めた。ツニートは静かに聞いていた。その表情からは感情を読み取ることが出来なかった。
「お、俺らは、族長は、それで……」
声を上げてはみたものの、声を上げた見知らぬ若い竜も考えが纏まっていないようだ。
周囲を見渡しても皆似たようなものだった。
それもそうだ。
若い世代は竜族に起こった悲劇を聞かされて育つ。同じ轍を踏まぬように、今度こそ一族を守りきれるように、と皆が口を揃えて言う。洗脳のように怒りと共に育つのだから、一族に根差す怒りの根は当然深い。あって当たり前のものだからだ。そこから抜け出すというのだから、皆が困惑するのも当然だ。
「目の前で起こった悲劇を忘れろとは言わん。愛しい者の最期をどうして忘れられようか。だが……。
儂らの誇りはなんじゃ!!思い出せ!!」
アノーリオンの一喝が響き渡る。響くなんてもんじゃない。あまりの剣幕に耳がビリビリして、お腹の底がひゅんってした。ケット・シーの皆さんは尻尾がぼん!と膨らんで可愛らしいことになっている。
「お、お、俺達は、戦士だ…!」
誰かが声を発した。
「どんな相手だって恐れない!!それが竜族だ!!」
「この牙と鱗に誓って!!」
「ケット・シー族もいるにゃん!」
皆が口々に思いを叫ぶ。
あぁ、竜族は変わる。もっと強く、しなやかに。その瞬間に立ち会えた幸運に震えが起こる。
「そうじゃ!!儂らは戦士じゃ!!戦え!!自らの心を恐れるな!!弱さは罪ではない!!本当に恐れるべきは闘志を失い、目を背け、逃げ出す事じゃ!!」
おおおぉぉーー!と雄叫びが一斉にあがる。
「なんとも愚かなことに、この答えを出すまでに数百年もかけてしもうた。皆には辛い思いを長引かせたこと、申し訳なく思う。じゃから、儂はここで族長の代替わりを宣言する!」
今度は群集に動揺が走る。
「嫌だ!やめないで!」
「そんな、これからどうしたら…」
そんな声があがる。あの悲劇の中、一族を懸命に率いてきたカリスマ族長が引退するなんて、そりゃ辞めないでって思うよね。
「儂は隠居するぞ!!あとはサフィーにでも頼むと良い。ではの。」
アノーリオンは言うだけ言ってサフィーさんを残してさっさと戻っていった。残されたサフィーさんは気まずそうだ。
「あー、その、なんだ、引き継ぎましたサフィーです。」
いつものサフィーさんらしくない挨拶に、普段の彼女の様子を知る人達から野次が飛ぶ。
「頭の足りないサフィーが族長じゃ竜族の未来は真っ暗だ!」
近くにいる人たちも一緒に頷いている。
「俺達がしっかりしないと竜族は滅びるぞ!」
冗談とも本気ともつかぬ野次に、サフィーさんは「ほんとにな。」って言っちゃってるし。
「だから!私の分までお前達がしっかりしてくれ。頼んだぞ!」
そう言ってにかっと笑ったサフィーさんはもう、ちゃんと族長してた。
だから私はツニートを残して、そっとその場を離れた。
アノーリオンの後を追おう。
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