上 下
98 / 116
空を満たす何か

自分の変化に周囲が気付くって実は凄いこと

しおりを挟む

アノーリオンと話した翌日。

里の者全員が広場に集められた。族長から話があるらしい。ツニートもドラゴンもケット・シーも一同に集まっているので、ケット・シーの皆さんが踏まれないかヒヤヒヤする。

そこに現れたアノーリオンは、族長らしく威厳があって話しかけにくかった。その後ろにつづくサフィーさんもだ。いつもの好々爺とした様子は微塵も感じられなかった。

「皆に集まってもらったのは話があるからじゃ。」

ざわついていた周囲が一気に静かになる。

「皆も分かっておるだろう。儂らは変わる時が来た。いつまでも怒りに囚われていてはいけないのじゃ。家族の喪失、仲間の無念、己の後悔。尽きぬ痛みは何度、儂等の心を無惨に引き裂いてきたことか。」

突然のことに皆が落ち着かなげに周囲の者と話し始めた。ツニートは静かに聞いていた。その表情からは感情を読み取ることが出来なかった。

「お、俺らは、族長は、それで……」
声を上げてはみたものの、声を上げた見知らぬ若い竜も考えが纏まっていないようだ。

周囲を見渡しても皆似たようなものだった。

それもそうだ。

若い世代は竜族に起こった悲劇を聞かされて育つ。同じ轍を踏まぬように、今度こそ一族を守りきれるように、と皆が口を揃えて言う。洗脳のように怒りと共に育つのだから、一族に根差す怒りの根は当然深い。あって当たり前のものだからだ。そこから抜け出すというのだから、皆が困惑するのも当然だ。

「目の前で起こった悲劇を忘れろとは言わん。愛しい者の最期をどうして忘れられようか。だが……。

儂らの誇りはなんじゃ!!思い出せ!!」

アノーリオンの一喝が響き渡る。響くなんてもんじゃない。あまりの剣幕に耳がビリビリして、お腹の底がひゅんってした。ケット・シーの皆さんは尻尾がぼん!と膨らんで可愛らしいことになっている。


「お、お、俺達は、戦士だ…!」
誰かが声を発した。

「どんな相手だって恐れない!!それが竜族だ!!」

「この牙と鱗に誓って!!」

「ケット・シー族もいるにゃん!」

皆が口々に思いを叫ぶ。

あぁ、竜族は変わる。もっと強く、しなやかに。その瞬間に立ち会えた幸運に震えが起こる。

「そうじゃ!!儂らは戦士じゃ!!戦え!!自らの心を恐れるな!!弱さは罪ではない!!本当に恐れるべきは闘志を失い、目を背け、逃げ出す事じゃ!!」

おおおぉぉーー!と雄叫びが一斉にあがる。

「なんとも愚かなことに、この答えを出すまでに数百年もかけてしもうた。皆には辛い思いを長引かせたこと、申し訳なく思う。じゃから、儂はここで族長の代替わりを宣言する!」

今度は群集に動揺が走る。
「嫌だ!やめないで!」
「そんな、これからどうしたら…」

そんな声があがる。あの悲劇の中、一族を懸命に率いてきたカリスマ族長が引退するなんて、そりゃ辞めないでって思うよね。

「儂は隠居するぞ!!あとはサフィーにでも頼むと良い。ではの。」

アノーリオンは言うだけ言ってサフィーさんを残してさっさと戻っていった。残されたサフィーさんは気まずそうだ。

「あー、その、なんだ、引き継ぎましたサフィーです。」

いつものサフィーさんらしくない挨拶に、普段の彼女の様子を知る人達から野次が飛ぶ。

「頭の足りないサフィーが族長じゃ竜族の未来は真っ暗だ!」
近くにいる人たちも一緒に頷いている。

「俺達がしっかりしないと竜族は滅びるぞ!」

冗談とも本気ともつかぬ野次に、サフィーさんは「ほんとにな。」って言っちゃってるし。

「だから!私の分までお前達がしっかりしてくれ。頼んだぞ!」
そう言ってにかっと笑ったサフィーさんはもう、ちゃんと族長してた。

だから私はツニートを残して、そっとその場を離れた。


アノーリオンの後を追おう。









    
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

無理やり召喚されたのに闇の魔女とか言われて迫害されてます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:60

番を求めて

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:16

召喚された聖女の苦難

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:14

異世界トリップは期間限定らしいです。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

若妻はえっちに好奇心

恋愛 / 完結 24h.ポイント:539pt お気に入り:272

処理中です...