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空を満たす何か
辛い記憶は自分でも分からない程時間をかけて癒えるものらしい
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私はアノーリオンの後を追った。
アノーリオンは里の外れにある見晴らしの良い丘に向かっているようだった。
後ろから走って追いかけ、やっとのことで隣に並んだ。
「……情けない爺であろう?」
「どうして?」
「長ともあろう者が何年も私怨に囚われ、我を失っていたのじゃ。皆の苦しみを無駄に長引かせたことすら気付いておらなんだ。これほどの愚か者はいないであろう?まして、あれほど負担だった役目を降りたのにもかかわらず、寂しいと思うなど…。呆れるのぅ?」
「ううん、呆れない。当然だと思う。」
アノーリオンが続きを促すように私をじっと見詰めてきた。
「あのね、私のお母さんとお姉ちゃんを見てて思ったんだけど。心の傷は目に見えないでしょ?だから本人でも傷がいくつあるのか、どれほどの深さかなんて分からないんだよ。本人でも正確に把握出来ないから、気付いたら大出血してたなんてこともある。だから、傷を治すのにそれだけの時間がアノーリオンには必要だった、ってだけ。…まぁ、私が焦らせた部分もあるから、その……。」
最後はごにょごにょと誤魔化した。私、時間が必要な人の背中を押すどころか蹴飛ばしたようなものだったよね…。
「なんとも頼もしい孫じゃなぁ。儂は幸せ者じゃのぅ?」
「そうでしょう?私はしっかり者なんだよ。だからどんどん頼っていいよ。…おじいちゃん。」
アノーリオンがでれでれと相好を崩す。
照れ臭くてアノーリオンの方を向けない。顔に熱が集まるのがわかる。
「早速頼ろうかの。役目を終えると、今度は何をしていいか分からなくなって困っておるのじゃ。」
「じゃあ、私とドラゴンセラピーやる?それとも異世界封鎖問題への解決に向けて、会議でもする?」
「なんじゃ、そのどらごんせらぴーとやらは。」
「森にいたラリサさん達の社会復帰を目指してるの。あと普通に家族に会わせてあげたい。」
「カエデのお陰で皆、見違えるほど健康になったからのぅ。おや、ツニート。」
雑談をしていると、後からツニートもやって来た。ただし、その顔はしょんぼりしている。何があったんだ?
「ツニート、どうしたの?悲しいことでもあった?」
『ずっと、考えてた。そしたら、カエデ、いつの間にか、そこの、老いぼれと、仲良くなってた…。』
「なんじゃ、嫉妬か。びっくりしたわい。」
アノーリオンがやれやれと溜め息をつくので、つい笑ってしまった。拗ねたツニートがあまりにも可愛いすぎた。
『おれ、ずっと考えた。一族のこと、魔族のこと、あいつらのこと。どうしたらけじめ、つけられるか。』
「そうじゃな。」
アノーリオンが相槌を打つ。
『アノーリオン、前に進んだ。だから、おれも、進む。爺に出来て、俺に出来ないはず、ない。』
「どこで張り合っとるんじゃ!!無理するでないわ!」
アノーリオンが吠えた。
ツニートがむっとして答えた。
『むりじゃない。できる。』
「おぬしのペースでやればよいのじゃ!焦る必要はない。」
『焦ってない。できる。』
ツニートは頑として首を縦に振らない。やっといつものツニートの調子だと感じた。
『たくさん、たくさん、考えた。』
「答えは出たかの?」
ツニートは勢いよく首を横に振った。
『分からなかった。今、あいつらに会っても、何を言えばいいのか、分からない。
でも分かったこと、ある。カエデとアノーリオン、大切。第二のカエデ、作らないよう、協力する。』
「それで良い。変わろうという気持ちを持っただけで、自ずと行動は変わってくるものじゃ。儂らには頼もしいカエデという存在がついているからのぅ。」
そう言って笑うアノーリオンの笑顔は本当に眩しくて、憑き物が落ちてすっきりとしたものだった。
「カーミラさんは?あの二人はともかく、カーミラさんのことはどう思う?彼女だけなら会ってもいい?」
疑問がそのまま口から出た。もっと遠回しに言いたかったのに…!
ここで言っておくと、私はカーミラさんに対してそこまで怒りを感じてはいない。カーミラさん優しいし、敵だったとはいえ脅されていた事情もあるし、私自身そこまでカーミラさんに裏切られたという気持ちもないし。
最後に会ったときのカーミラさんが、話を遮るように席を外したことが少し気になっていた。
ただ、この二人がカーミラさんに対してどう思っているのかイマイチ分からないので、相談できなかった。うっかり聞いて、地雷踏み抜いても困るし…。
案の定、二人は複雑そうな何とも言えない顔をしていた。
「彼女の立場を思えば当然なのじゃろうが…。感情はままならぬものよのぅ。あの者らが里を訪れた時、やはり許せん、と思うてしまった。儂とてカーミラと同じ状況になれば同じことをしていただろうに…。会うのなら止めないが…、止められるなら止めたいのぅ…。」
ふむ。アノーリオンは否定派。ツニートはどうだろうか。
『おれ、カーミラ、許せない、思ってた。でも、ずっと二人を、止めようとしてた、知ってる。話逸したり、してた。あいつらの、指示の裏、かいて見逃したり。だからおれも、カエデと一緒に、会う。』
「カエデはどう思うておるのじゃ?」
「私は…、あの二人に比べたらそんなに…。カーミラさんだって脅迫されてた。それに私、助けても貰ったし。でも逃げ出す機会なら山程あったのにしなかった、とも思う…。だから、会ってちゃんと話したい、と思ってる。」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
まずはカーミラさんから切り崩してみましょうか。
アノーリオンは里の外れにある見晴らしの良い丘に向かっているようだった。
後ろから走って追いかけ、やっとのことで隣に並んだ。
「……情けない爺であろう?」
「どうして?」
「長ともあろう者が何年も私怨に囚われ、我を失っていたのじゃ。皆の苦しみを無駄に長引かせたことすら気付いておらなんだ。これほどの愚か者はいないであろう?まして、あれほど負担だった役目を降りたのにもかかわらず、寂しいと思うなど…。呆れるのぅ?」
「ううん、呆れない。当然だと思う。」
アノーリオンが続きを促すように私をじっと見詰めてきた。
「あのね、私のお母さんとお姉ちゃんを見てて思ったんだけど。心の傷は目に見えないでしょ?だから本人でも傷がいくつあるのか、どれほどの深さかなんて分からないんだよ。本人でも正確に把握出来ないから、気付いたら大出血してたなんてこともある。だから、傷を治すのにそれだけの時間がアノーリオンには必要だった、ってだけ。…まぁ、私が焦らせた部分もあるから、その……。」
最後はごにょごにょと誤魔化した。私、時間が必要な人の背中を押すどころか蹴飛ばしたようなものだったよね…。
「なんとも頼もしい孫じゃなぁ。儂は幸せ者じゃのぅ?」
「そうでしょう?私はしっかり者なんだよ。だからどんどん頼っていいよ。…おじいちゃん。」
アノーリオンがでれでれと相好を崩す。
照れ臭くてアノーリオンの方を向けない。顔に熱が集まるのがわかる。
「早速頼ろうかの。役目を終えると、今度は何をしていいか分からなくなって困っておるのじゃ。」
「じゃあ、私とドラゴンセラピーやる?それとも異世界封鎖問題への解決に向けて、会議でもする?」
「なんじゃ、そのどらごんせらぴーとやらは。」
「森にいたラリサさん達の社会復帰を目指してるの。あと普通に家族に会わせてあげたい。」
「カエデのお陰で皆、見違えるほど健康になったからのぅ。おや、ツニート。」
雑談をしていると、後からツニートもやって来た。ただし、その顔はしょんぼりしている。何があったんだ?
「ツニート、どうしたの?悲しいことでもあった?」
『ずっと、考えてた。そしたら、カエデ、いつの間にか、そこの、老いぼれと、仲良くなってた…。』
「なんじゃ、嫉妬か。びっくりしたわい。」
アノーリオンがやれやれと溜め息をつくので、つい笑ってしまった。拗ねたツニートがあまりにも可愛いすぎた。
『おれ、ずっと考えた。一族のこと、魔族のこと、あいつらのこと。どうしたらけじめ、つけられるか。』
「そうじゃな。」
アノーリオンが相槌を打つ。
『アノーリオン、前に進んだ。だから、おれも、進む。爺に出来て、俺に出来ないはず、ない。』
「どこで張り合っとるんじゃ!!無理するでないわ!」
アノーリオンが吠えた。
ツニートがむっとして答えた。
『むりじゃない。できる。』
「おぬしのペースでやればよいのじゃ!焦る必要はない。」
『焦ってない。できる。』
ツニートは頑として首を縦に振らない。やっといつものツニートの調子だと感じた。
『たくさん、たくさん、考えた。』
「答えは出たかの?」
ツニートは勢いよく首を横に振った。
『分からなかった。今、あいつらに会っても、何を言えばいいのか、分からない。
でも分かったこと、ある。カエデとアノーリオン、大切。第二のカエデ、作らないよう、協力する。』
「それで良い。変わろうという気持ちを持っただけで、自ずと行動は変わってくるものじゃ。儂らには頼もしいカエデという存在がついているからのぅ。」
そう言って笑うアノーリオンの笑顔は本当に眩しくて、憑き物が落ちてすっきりとしたものだった。
「カーミラさんは?あの二人はともかく、カーミラさんのことはどう思う?彼女だけなら会ってもいい?」
疑問がそのまま口から出た。もっと遠回しに言いたかったのに…!
ここで言っておくと、私はカーミラさんに対してそこまで怒りを感じてはいない。カーミラさん優しいし、敵だったとはいえ脅されていた事情もあるし、私自身そこまでカーミラさんに裏切られたという気持ちもないし。
最後に会ったときのカーミラさんが、話を遮るように席を外したことが少し気になっていた。
ただ、この二人がカーミラさんに対してどう思っているのかイマイチ分からないので、相談できなかった。うっかり聞いて、地雷踏み抜いても困るし…。
案の定、二人は複雑そうな何とも言えない顔をしていた。
「彼女の立場を思えば当然なのじゃろうが…。感情はままならぬものよのぅ。あの者らが里を訪れた時、やはり許せん、と思うてしまった。儂とてカーミラと同じ状況になれば同じことをしていただろうに…。会うのなら止めないが…、止められるなら止めたいのぅ…。」
ふむ。アノーリオンは否定派。ツニートはどうだろうか。
『おれ、カーミラ、許せない、思ってた。でも、ずっと二人を、止めようとしてた、知ってる。話逸したり、してた。あいつらの、指示の裏、かいて見逃したり。だからおれも、カエデと一緒に、会う。』
「カエデはどう思うておるのじゃ?」
「私は…、あの二人に比べたらそんなに…。カーミラさんだって脅迫されてた。それに私、助けても貰ったし。でも逃げ出す機会なら山程あったのにしなかった、とも思う…。だから、会ってちゃんと話したい、と思ってる。」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
まずはカーミラさんから切り崩してみましょうか。
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