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空を満たす何か

復讐と償いだったはずの何か(カーミラ視点)

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自分はこんなところで何をしているのだろうか。抗おうにも術すら無く、どれだけ藻掻こうとも抜け出せない。

(こんなはずじゃ……。)

気付いたら、自力では抜け出せなくなっていた。

「ごめんなさい、ララちゃん。ごめんなさい、姉様。私、どうしたら……。」



◇◇◇◇◇


「ねぇ、カーミラさん探しに行こうって言ったのは私だけどさ。いきなり出発してどこに向かってるの?待ち合わせしてないよね?どうやって会うの!?もしもーし、聞こえてる!?」

絶賛、ツニートの肩の上で運ばれ中の私。念話だから聞こえないはずないのに、答えてもらえない私。

いきなりツニートが私を肩に乗せたかと思うと、まさかのそのまま出発。アノーリオンもツニートも厳しい顔のまま、ひたすら前だけを見て歩き続けている。

里が豆粒にしか見えなくなった頃、二人は突然森に向かって怒鳴った。

「『カーーミラーーーー!!!!!!』」

ものすんごい音量に脆弱な人間は昇天しそうだった。耳がキーンとするどころか頭を内側からガツンと殴られたような衝撃だった。

「こんなに森広いのに聞こえんの…?というか魔法があるファンタジーな世界なんだから魔法使えばいいのに…。何この微妙な失望感…。」

暫くすると、獣道からそっと遠慮したように距離を取りながらカーミラが出てきた。

「…え。この森で声が届いたの?森だよ?なにそれ…。さすが異世界…。」
私の呟きをよそに、既に話し合いは始まっていた。


◇◇◇◇◇


アラクネ族は織物に秀で、織物を使った門外不出の治療技術により、中級魔族内でも高位に位置する。

「レノアねーさま、みてみて!マユ出来た!でも足が変なとこから出てる!あはははは!!変なのー!!」
紫の髪をした子どもが元気に話していた。

「カーミラちゃぁぁん!?失敗してるぅぅ!!というか中にいるのは誰ぇー!?」
それに答えるのは濡羽色の波打つ黒髪が一際目を引いて美しい、レノアと呼ばれた女だった。ただし、今は青褪めているが。

「えへへ~。あのね、カーミラね、いつかねーさまより上手く織れるようになるんだぁ!」

「うふふ、それは楽しみねぇ。はぁ……。」
レノアは大急ぎで白く光る糸を編みながら、子どもの相手をしてやっていた。

「そっか!じゃあ、またね!」
言いたいことだけ言って、カーミラと呼ばれた少女は走り去った。

「まったくもぅ…。カーミラったら!あら?いつの間に来ていたの、ユージーン。」

「今きたところだよ、レノア。カーミラは相変わらず元気いっぱいなようだね?」
ユージーンと呼ばれた男は、レノアが恋人として連れてきた人間だった。茶髪で顔にそばかすがあるが、どこか人好きのする優しそうな風貌だった。

「それで、繭は出来たのかい?」

「えぇ、何とか間に合ったわ…。足が背中から出てるんだもの。あぁ、驚いた…。繭の作り方は一族の秘術にするつもりだから、もう中途半端な魔族と馬鹿になんてさせないわ!」

「そうか。良かったよ。……秘術にされちゃ困るんだけどな。」
後半の言葉を聞いた者は本人以外いなかった。



そして、月日は流れ、カーミラがもう少しで独り立ちする時、事は起こった。

「こっちが輸出用の反物、こっちは産着。あっちは包帯用だから衛生管理棟へ。産着が足りないから、もう少し織って貰わないと。」
レイアは反物を木箱に移し、運び出そうとしていた。

「レノア姉様、妊娠しているのだから大人しくしていて!族長だからって働きすぎ!」
「カーミラちゃん…。そうは言ってもねぇ、姉様、暇すぎてやることないのよぉ!」

「あ、姉様!私、繭が織れるようになったよ!もう失敗しない!」

「凄いじゃない!どんな状態でも死んでなければ回復できる繭は私の最高傑作だけど、難易度が高すぎて私以外誰も出来なかったものねぇ…。次の族長はカーミラちゃんね!」

「私、頑張ったんだから!…ねぇ、姉様。あの男、あんまり信用しすぎてはだめよ。他の姉様達も人間は強欲だって言ってたもん。繭の作り方も絶対言っちゃだめだからね。」

「カーミラったらぁ。ユージーンは秘密を漏らしたりなんてことしないわ。この間も妊娠する私のために魔牛を狩ってきてくれたし。」

「ただご機嫌取りしただけじゃない!私達は陣痛がきたら、出産のエネルギーを補う為に相手の男を食べるのでしょう?それはいけないことなの?姉様もそうするでしょ?」

「えぇ、そうね。悪いことなんかじゃないわ!食べることで永遠に一緒にいれるし、産まれてくる子ども達のためにその身を捧げるのだから、究極の愛よねぇ~。私もお姉様達のように愛を捧げられる立場になるなんて夢みたいだわ!」

「ユージーンが私に聞いてきたのよ。今までに食べられなかった男はいるのかとか、なぜ愛した男を食べるのか、とか。繭はどうやって作っているのかって!あいつが知らなくていいことまで根掘り葉掘りよ!他にも不審な動きをしてたって妹達が言ってたもの…。あの男は今すぐ追い出すか殺さないといけないわ。レノア姉様。」

「カーミラちゃん…。心配してくれているのは分かっているわ。でもユージーンを愛しているの。ユージーンも私と同じ気持ちでいてくれているはずよ。私はユージーンを信じてる。」

カーミラは言い知れぬ不安があったものの、これ以上は言えなかった。レノアに陣痛が来たから。

「姉様!!今すぐあの人間を呼んでくる!!」

姉妹達で懸命に捜索するものの、目当ての男は見つからず、レノアの陣痛の間隔が短くなっていくことに焦燥を覚えた時。

「………姉様?」
捜索にかかりきりになってしまい、レノアの傍に控えるべき人員がいなくなってしまっている事に気づいた。

お産を見守ろうとカーミラがレノアの傍に戻ると、そこにはナイフを手にしたユージーンがいた。

「レノアねー、さま……?」
陣痛の間隔が短くなってくると胎児は急激に成長する。栄養が足りなければ、母体の肉を噛みちぎりながらでも胎児は産まれてくる。栄養が足りない兆候として母体が見る間に痩せ細るため、アラクネ族はその栄養を補う為に伴侶を食べる。だから伴侶に出産中に逃げ出されたアラクネ族は、子に腹を食い破られて死ぬしかないのだ。

「お前‼レノア姉様に何を!!」

「ありゃ、見つかったか。でも繭の製造方法は結局聞けなかったし、用事も終わったからね。ばいばい、カーミラちゃん。」

「姉様!レノア姉様!目を開けて!!」

レノアは心臓を一突きにされ、胸から噴き出す血溜まりの中で絶命していた。産まれるはずの子どもたちも残らず殺されていた。

「なんて小さな足……。その足で大地を踏むことすら叶わなかったなんて…。」
姉妹達がやっと駆けつけた時には、全てが手遅れだった。

小さなカーミラは姉妹達の方を見ずに宣言した。
「今からは私が族長よ。逆らう事は許さない。姉様を殺したあの男は見つけ次第殺す。いいわね。」

瞳の奥には強烈な憎悪と殺意、そして傲慢にも似た冷酷さが揺らめいていた。既に元気溌剌で幼い少女だったカーミラなど欠片も見当たらなかった。そこにいたのは、幼い見た目に似合わず、復讐心を抜き身のナイフのように尖らせた族長だった。


◇◇◇◇◇

「レノア姉様が大好きだったし憧れでもあった。だから他の姉妹達を犠牲にしてでも復讐を果たすつもりだった。それに人間なんかに遅れは取らないと思っていた。」

「……でもそうはならなかった?」
続きを引き継いだカエデに、カーミラは重々しく頷いた。

「いつから狙われていたのかなんて知りたくもない。でも私達は愚かにも騙されて真名を知られ、契約に縛られたってわけ。」

カーミラさんが自嘲して笑った。

「姉妹達に誰一人死人が出なかったのだけは幸いかしら。私達は中位魔族の中でも最高位まで地位を押し上げたわ、ラヴァルの手によってね。」

ユージーンという名前の人間に扮していたのは吸血鬼族の男だった。そして人間は協会に婚姻届を真名で署名して提出するという嘘を信じた。人間が使う大陸共通語を読めなかったレノアは、婚姻届と偽った契約書に真名で署名をした。更に悪いことに、結婚見届人の署名も必要だと言われ、その欄に次期族長だったカーミラの真名で署名してしまった。本人は真名を明かすことに抵抗を覚えはしたものの愛の証明だと言われ、大人しく従ったのだという。

「なぜそれを知ったのかって?ラヴァル本人が私にわざわざ状況を説明してくれたわ。『名付け親が騙されて、自分の真名が他者に知られるなんて君も大変ですね?』って言い放ったもの。ご丁寧にも契約書に記した詳細な契約内容と罰則までね。裏をかこうとわざと近付いた事もあったわ。自分の首を余計に締めただけだったけれど。」

もう何も言えなかった。完璧な被害者がここにいた。

「それでもレノア姉様を恨んだことなどただの一度もないわ。親代わりでもあったし、大好きで自慢の姉なの。」
カーミラはやっとここで一筋の涙を溢した。

「……もしかして、その話し方は……。」

「………えぇ。レノア姉様のなの。姉様が憧れだったし、姉様のこと忘れたくなかったから。」

『姉妹達、助けに、来なかった?』
ツニートがそっと尋ねた。

「姉妹達を見下すとかそういう意味ではないのよ?でも姉妹達では真名の契約から逃れる術は見つけられないわ。族長の資質、というのかしら?他の姉妹達は恋愛事が最優先で割と享楽的、あとは負けず嫌いなのよ。策略にも長けてはいるけれど、それは他の姉妹達を出し抜くための恋愛方面で発揮されることがほとんどね。」

私も異世界に飛ばされて人生ハードモードって思ったけど、ここにもハードモード仲間がいた。あ、でも暴力・監禁ないだけまだましかな?人私は人権なんて存在しなかったけど。

「レノアが殺されていたとは…。儂は事情を知ろうともせず、加担したお前さんを憎んですらおったというに…。」
アノーリオンが慰めるように労りを込めて言った。

「いいえ。それで正しいのよ。私は真名で縛られたとはいえ、許されない事も悍ましい事もたくさんした。その中には私の意志で自ら行った事もあったの。竜族は勿論私の意志ではなかったけれど。でも今日は…。」

カーミラは目を伏せて囁くように、でもしっかりした声で言った。
「私を殺してほしいと頼みに来たの。」


はっと息を呑んだのは誰だったのか。静寂が耳に痛いほどだった。







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