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空を満たす何か

ストーカーじゃないよ、見知らぬ美人だよ

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なぜか三人は真っ青な顔したままだったが、構わず続けた。

「カーミラさん、そろそろ名前変わりました?」

「…えぇ、多分変わったんじゃないかしら…。だからあいつらが作戦の要にしてた事だって話し放題よ。なんでも聞いて頂戴。」
疲れ切った声で虚空を見つめたままカーミラさんが投げやりな態度でそう切り出した。

『やっぱり、話せない、されてた』
とツニート。
「まぁそのくらいはするじゃろうな。定石じゃ。」
「好んでよく使う手立ては、嘘の精霊を使ったものよ。」
『あいつら、好きじゃない。』
「ふん。姑息なあやつらのことじゃ、今更驚きもせん。」
アノーリオンが吐き捨てた。

「嘘の精霊って何?」
ティンカー○ルみたいな麗しい感じなら是非とも会ってみたい所存である。
「精霊に会ったことはあるかしら?」
首を横に振る私に、カーミラさんが教えてくれた。
「精霊や妖精は司るものから生まれるのよ。嘘とか希望みたいな形のない概念から植物や宝石なんてのもいたわね。妖精か精霊にしか存在を感じ取れない者もいると聞くわ。妖精との違いは羽の数と残虐さかしら?」
「妖精の羽は2枚だが精霊は羽が4枚あるのじゃ。妖精は臆病な者が多いから特に害はないが、精霊は人を食うし、呪いをかける者もおるのじゃ。弄んで壊すのを好む輩もいる。カエデは近付いてはならんぞ?」
アノーリオンの忠告に頷こうとした時、突然背後から知らない女性の声がして文字どおり飛び上がった。

「いやぁねぇ…。私はそんなことしないわ…。」
「ひぎゃあぁぁっっっ!!!!」
驚いて振り返ると、見知らぬ黒髪が美しい、儚げで透明感が爆発してる美女がいた。
(あ、精霊だ…。)
その背中には宝石を削ったような薄い4枚羽があり、ステンドグラスのように薄いグレーと黒を基調としている。着ている黒いドレスと相まってファンタジー感を強めている。さすが異世界。私はこういう異世界感を求めていた。

「あら、ザナ久しぶりね。こちらはララちゃんよ。」
「えぇ…。わたし、ザナっていうの、よろしくね…?アノーリオンとツニートとミラも、久しぶり…。」
「ザナさんは何を司るんですか?」
「わたしは嘘の精霊なの…。でも他の嘘の精霊と違って人を陥れたり傷つける嘘なんかじゃない…。希望の嘘。誰かを守るためのもの。分かる…?私は人の優しさから生まれたの…。例えば、死期が近い大切な幼い家族に『お前はもうすぐ死ぬ』なんて話す?あとは、自分を励ます嘘もそう。どんなに絶望的な状況でも『私なら出来る』って自分を騙すことも私の領域ね…。」
ザナさんは話し方もゆっくりで、1人だけ時間を超越してるっていうか、マイペースの範疇なのかすら危ういほどの不思議空間が出来上がっている。
「嘘の精霊だけど、私だけ皆と生まれ方が違うから異端なの…。」
悲しげな美女に、こちらまで悲しくなる。
「嘘の精霊は特に人を弄ぶのを好む残虐な部類じゃな。嘘で陥れ、騙し合う状況を作ってはそれを愉しむ事を資質としておる。そして最後に気に入った相手は食う。じゃが、ザナは偽り守ることを資質としておるのじゃ。」
なるほど…。司るもので性格まで分かるんだね。
「希望の嘘は、世界中いつでもどこにでもあるものよ…。真実だけが人を救う術じゃないの。だから忘れないで…。どんなに絶望的な状況でも冷静に周りを見渡すの…。希望はどこにでもいるわ…。ただ貴方の目が曇らせて見えなくしてしまっているだけ…。」
その言葉にはっと目を見開いた。確証なんて何もないけれど、もしかしたらザナさんは私が復讐を果たした現場を知っているのだろうか。何となくそんな気がした。

「それでザナ。何であなたがここにいるの?精霊の国から遂に追い出されたのかしら。」
「追い出されたのは三百年も前…。野蛮な輩のことはどうでもいいのよ…。私は国に帰れなくても問題ないもの…。今はヘカトンケイル族の近くに根城があるわ…。ただラヴァルに目を付けられているの。それで逃げていたら、ミラがいたから会いに来たの…。」
カーミラさんをミラと愛称で呼ぶほど仲が良いんだね、この二人。つい羨ましいと思ってしまった。

『なんで、ザナ、追いかける?今更、企んでる?』
「分からないわ…。ただ、私の居場所を嗅ぎ回っているってたんぽぽの妖精が教えてくれたの…。でも、私のお気に入りを殺したのはラヴァル達よ…。今でも忘れないわ…。だから会うつもりも話すつもりもない。でも、ミラとそこのかわいい子が巻き込まれたら嫌だから、忠告しにきたの…。」
「そうだったのね。ありがとうザナ。それにしても貴方。ララちゃんをかわいい子って呼ぶなんて、いつの間に二人は面識があったの?」
ザナさんは私を見て微笑み、何も言わず私の頭を撫でた。

「わたしは人の心から生まれたのよ…。だから人間の心の機微には聡いつもり…。かわいい子が頑張り屋さんだって知っているわ…。もっと肩の力を抜くの…。大丈夫、きっと貴方の望むようになるわ…。」
不思議な包容力のある人だと感じた。初対面だけど抱き締めてほしいと思う私は、彼女にもう会えないであろう母を重ねてしまっているのだろうか。言われた言葉が何故か胸に染みて涙が滲んだ。誰かに自分の頑張りを認めて貰えることは、自分の居場所として認められたみたいで誇らしい気持ちで胸が一杯になる。ここまで頑張り続けて良かった。

一瞬、ストーカーという言葉が脳裏に浮かんだが、記憶の箱に幾重にも鎖を巻いて二度と浮かび上がらないように沈めた。ただ嘘という性質上、人のいる所なら世界中どこでも自由に行き来出来るだけなのだ。こんなに素敵な人を一瞬でも変質者と思うなんて、きっと美人を前に緊張していただけに違いない。

「大方、ザナを利用して群衆を扇動でもしようとしたのじゃろう。ザナの協力を得られれば、正義感を煽られ協力に乗り出す魔族も多くなるだろうからの。」
とアノーリオン。
「奮い立たせるのはザナの領域だものね。それと、ラヴァルは嘘の精霊達を利用して目をつけた種族を混乱させた後、その混乱に乗じて一部を残して殲滅する手を好んでいたわ。残された一部の魔族達は隷属されたも同然…。逆らえるはずもなく言いなりってところね。」
とカーミラさん。

『ギルミア、もっと、残虐。魔術の研究、お試しで、殺す。』
精霊さんのお食事のために殺された方がまだ納得出来る。人間だって食べるために動物を殺生しているからそれと同じことだろう。だがお試しは駄目だ。

「気をつけて…。疑心暗鬼は嘘の精霊に魅入られている証よ…。作戦を立てるなら失敗したときのことまで詳細に決めておくことね…。私は暫く放浪でもしているから、またどこかで会ったらよろしくね…。」
ザナさんは、なんと私の額と両頬にキスをして旅立っていった。
「はうぅっっ…。にゃ、にゃんて美人さんなんでしょぅ……。」
真っ赤になってへろへろになった私に、三人がおたおたと慌てていたのが微笑ましくて、可笑しかった。そして、以前より自然な雰囲気のカーミラさんが眩しかった。カーミラさん、思ったより毒舌だった。

私の知らない異世界種族がたくさん出てきて、少し不安になるものの、ラヴァルさん達は、特にギルミアさんはぎゃふんと言っても足りないくらいに叩きのめすと密かに意気込む。









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