〔モンキー書房〕恋愛短編集

モンキー書房

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チョコレート、カカオ抜き

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 甘い香りが充満したキッチンの中で、湯煎してドロドロになったチョコレートを、わたしはハートの型に流し込む。初めてのことで慎重になっているわたしの隣りで、角張風月かどはりふづきちゃんは慣れた手つきで作業を続けていた。わたしがふたつの型に流し終えるとき、風月ちゃんは五つ目の型に取りかかっている。


「明日は支倉はせくらくんに告る!」


 わたし、森長智美もりながともみは、そう高らかに宣言した。「おぉー、頑張れー!」と風月ちゃんは拍手してくれたけど、本音を言うと怖い。一年生のときから、支倉くんのことは好きだった。でも、あと一歩のところで声をかける勇気すら出ずに、彼のことを遠くから見ているばかりで満足していた。


 でも、それも明日で終わる。バレンタインデーに手作りチョコを渡して、思い切って告白する。もちろん、玉砕覚悟で。


 正直フラれても構わなかった。このまま気持ちを伝えずに、高校を卒業するのが嫌だっただけで、オッケーをもらえるとは思っていない。せめて心残りがないように、高校生活最後のバレンタインデーで潔く恥を晒そう。


「もしフラれたときは、慰めなくていいから、一緒に笑ってくれる?」


 わたしと風月ちゃんは、そんな女の約束を交わした。風月ちゃんは笑って、「いいよ。トモミンが『もうやめて』って言うまで笑ってあげる」と冗談めかせた。


「支倉くんはモテるから、今年もたくさんチョコをもらうんだろうな」風月ちゃんはそう言って、不要になったエプロンを外す。常温に放置したチョコが固まるまでは、もうしばらくかかる。「でもさ……支倉くんってカッコイイと思うけど、ちょっと変わってるよね」


「そうかな」


 すると風月ちゃんは、目の前に両掌りょうてのひらを出して、それを広げて見せる。


「執事か暗殺者かくらいでしか見たことない白手袋をはめてるでしょ? 潔癖症なのかな。カッコイイだけに、余計『黒執事』感が……」


 白手袋……確かに外したところを、あまり見たことないかも。


「でも、潔癖症だったとしても、度が過ぎてなかったら……」


「なに言ってんの、盲目すぎ。手袋を普段からつけてる時点で、度が過ぎた潔癖症だと思うんだけど」


 確かに、そう言われればそうかも。


「素人が作ったチョコだと見た目が悪いし、『不潔』だなんて考える男子も意外といるみたいだよ。不出来な凹凸おうとつを見て、手でこねくり回しているところを想像するみたい」


「不潔……」


 風月ちゃんのその言葉に、わたしはショックを隠せなかった。支倉くんは、そうではないと信じたい。


 盛大な溜め息を吐いて、風月ちゃんは続けた。


「手作りのほうが気持ちを伝えられるっていう保証はないし、ましてやプロみたいに綺麗に作れる技術も、どこにもないし……それだったら、市販のものを買ったほうが、はるかに楽だね」


 なんか、悲しい。せっかく作っても、味や手作り感よりも見た目や衛生面なんて、そんな世知辛せちがらい世の中に、いつからなったの?


「要するに、可愛い子からもらえれば嬉しいんだよ、男子っていうのは」と風月ちゃんは手をひらひらさせて言う。「顔が可愛ければ、不潔だなんて思われないから。いくら出来が悪くても」


 可愛いは正義! と風月ちゃんは万歳をする。


 それでも、手作りのほうが嬉しい男子も一定数いるらしく、風月ちゃんによれば、市販のチョコをアレンジして手作りっぽく見せるのも、ひとつの手法なんだとか。


 相手によって渡すチョコを変えるというのも面倒……わたしはそんなふうに思ってしまうけど、彼氏がいる風月ちゃんのほうが正しいのかもしれない。相手の好みを見極めて、合わせる能力に長けているのかも。


 そんなことを話しているあいだに、一時間も経ってチョコは固まっていた。あとは冷蔵庫に入れて、明日まで保存しておけばいい。チョコは常温でも固まるらしく、むしろ冷凍庫や冷蔵庫に入れて急激に冷やすのは、固めるのに適していないんだとか。


 風月ちゃんは、自分が作った「義理」や「友」のチョコたちを、小分けしてジップロックの中に入れる。わたしも、「本命」と「本命以外」を分けてジップロックに入れた。「本命」だけハート型なんて、王道すぎて逆に引かれないだろうかと、心配になってしまう。


 でも、これでいいんだ。駄目でもともとなんだから。
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