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第一曲「さえずりサンライズ」
1Aダッシュ
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あらかた話を聴いたところで、春香は奈々を玄関まで送り届けた。
「よろしくお願いします」と出て行ったあとも、何度か頭を下げながら立ち止まる。
角を曲がったあたりで、奈々の姿は見えなくなった。
ふと、ランドセルを背負った子供たちが、何人かが集まって押し問答している様子が目に止まった。
春香のことを見るなり、背後に立ったぽっちゃりした男の子が、いちばん背が低い男の子の背中を押しやる。
少しずれたメガネの奥から、その子は上目遣いに春香を見つめていた。
「ほ、ほら。早く行けよ」
「え~、でも……」
その少年がおどおどと歩み出てくる。ダンボール箱を、両手で大事そうに抱えていた。
「た、探偵事務所の方ですか?」
「そうだよ」春香が優しく微笑みかける。「どうかしたのかな。依頼ですか?」
少年はこくりと頷き、抱えていたダンボールを差し出す。
その平たいダンボールのオモテ面には「Geistlinie」と書かれていて、中身が「スタディリスニング」であることは瞬時にわかった。
すでにフタは開けられているらしく、ダンボールの中身をぶちまけないように平行を保ちながら、少年はなにかを探しているようだった。
少し経ってから、一枚のトールケースを取り出す。
無料視聴用CD。Welcome to Study Listening。そこには、そう大書されていた。
プロテニスプレイヤー金沢彩芽のCMでも有名な「スタディリスニング」は、外国語教材の企画・開発等を手がけるガイストリニエという会社が、販売も行っている。
無料視聴用CDを申し込むと、初回セットが送られてきてビックリすることがある。初回セットに同封されているのは、全四十八巻のうちの一巻と二巻だ。
気に入らなければ十日以内に返品すればいい。
そうすると費用は一切かからないが、初回セットを開封してしまえば、その時点で返品は受け付けられない。
間違っても、正式に購入を決めるまで開けてはならないのだ。
無料視聴用CDを試した結果、スタディリスニングを気に入った場合にのみ、同封されている冊子から購入手続きに進める。
そして一巻と二巻は、そのまま使用することができる。
春香は膝に手をついて、前かがみになりながら訊いた。
「これがどうかしたの?」
「パパとママが『英語の勉強をしなさい』って、コレを渡してきたんだけど……」
少年は視線を落とし、手にしたトールケースを見つめる。
「十日以内に買うかどうか決めなきゃいけないみたいで、どうしたらいいのかと思って」
それで、相談したいと春香のもとへ来たらしい。
春香は戸惑ったが、少年の困り顔を見ていると、放っておくこともできそうにない。
探偵としては専門外なのだが、スタディリスニングの噂はよく耳にしていた。
春香にとって、アドバイスできないこともない。
ただ、なぜその頼みごとを少年たちは、音無探偵事務所に持ち込んできたのかは謎だが。
スタディリスニングに関して、ネットのクチコミや評判を見る限り、決していいものばかりではない。
生まれたばかりの赤ん坊は、周りで話している言葉を聞き取る能力が備わっている。
まだ小学生ならいいかもしれないが、これが大人にも当てはまるかというと、それはまた別問題だ。
未発達で柔軟な脳は、そのままの形で言語を理解しようとするのに対して、大人の脳は慣れ親しんだ母国語を通して、英語の意味から理解しようとする。
「聞き流すだけ」を謳い文句にしているスタディリスニングは、「聞き流すだけ」で覚えられるほど頭のいい人か、勉強が得意な人に限られるのだろう。
CMや広告には「効果には個人差があります」というような注意書きがあるが、英語をある程度かじっていたことのある上級者向けの教材といえるかもしれない。
少年に対してどう言おうか、春香はしばし悩んだ。
同じ目線になるように、春香は屈んで言う。
「少なくとも、リスニング能力は上がるかもしれないけど、だからといって会話ができたり、スペルが書けたりするわけではないと思う」
テキストもなし。日本語と英語が交互に流れるだけのCD。
日本人にとって難関とされるRとLの違いは、実際に舌の動きを見て学ばないと発音するのは難しい。
DVDが付属されているならまだしも、音を聞き流しただけでは、習得は困難と言える。
しかし春香は、スタディリスニングを購入したことがあるわけではない。
効果も人それぞれというからには、一概に不可能とは言えないだろう。
ネットを閲覧しただけの知識で、買ったほうがいいか買わないほうがいいかのアドバイスは、あまりにも無責任すぎる。
春香は少年に謝った。
「ごめんね。お姉ちゃんにはわからないなあ……」
「なんだ~……ここに来れば、なにか教えてくれるかと思ったのに」
ふと春香は、引っかかるのを感じた。
「でも、どうしてここに来たの?」
少年は無料視聴用CDをダンボールの中に仕舞いながら、春香の質問に答えてくれる。
「『音の探偵事務所』っていう看板があったから、CDに詳しいのかと思った」
「音の……?」
直樹と目を合わせる。「わからない」と、直樹は首を傾げていた。
子供たちに連れられて、春香は外へ出ていく。直樹もあとに続いていくと、玄関前に掲げられた小さな看板が目に映った。
子供たちが指さす向こう、そこにあるボロボロになった看板には、判別できる文字が六文字だけ連なっていた。
「音 探偵事務所」
「本当だ。『無』がなくなってる」
それで、音「の」探偵事務所と当てはめて、勘違いしてしまったのか。
もともとあった看板をそのまま使っていたから、すでに寿命を迎えていたのに気づかなかったのだろう。
もうそろそろ、新しい看板に換えよう。
「これって、春香の父さんが作ったものだっけ?」
直樹が小声で尋ねてくる。春香は首を縦に振った。
それから、子供たちに向き直って、春香は自己紹介する。
「はじめまして。音無探偵事務所の音無春香といいます」
周りと顔を見合わせた子供たちは、口をぽかんと開けたまま目を丸くした。
「音無……?」ひとりの男の子が声を上げた。「変わった名前!」
集団の中から女の子がふたり前に出てきて、春香に問いかけてくる。
「探偵のお姉さんは、英語って得意なの?」
「得意っていうわけじゃないけど、一応……」
そのあとに春香は、最低限の日常会話くらいは、と付け足した。それから子供たちは、探偵事務所の中を覗き込む。
そこには、探偵事務所としては場違いなほど、大きな茶褐色の塊が幅を取っていた。
その上部には、金色に光るラッパのような物体が乗っている。「ホーン」と呼ばれる部分で、ここから音が出る仕組みだ。
女の子の一人が声を上げる。「これって『ちくおんき』っていうんだよね。初めて見た!」
別の男の子は、キョトンとした表情で眺める。「チクオンキ……?」
「そう。使い方は知ってる?」
春香の問いかけに、子供たちは一様に首を横に振る。
机の上に置いていたレコードジャケットの中から、黒光りする円盤を取り出て蓄音機にセッティングした。
春香は微笑んで、子供たちを室内に招き入れると、静かに針を落とす。
軽快でポップな音色が響き出すと、一人の男の子が、蓄音機を指差しながら笑った。
「え~、変なの! あるじゃん、音!」
その男の子につられて、春香もくすりと笑った。
「たしかに。なんでだろ?」
物珍しそうに聴き入っていた別の子が、前のめりになりながら蓄音機を観察していた首を、春香のほうに向ける。
「これで音楽が聴けるの?」
春香は、キラキラと瞳を輝かせた。
「そう! 一八〇〇年代に発明された、音を録音・再生できる初めての機械。みんなは、エジソンって知ってる? 世界初の録音が、トーマス・エジソンが自身の肉声で歌った『メリーさんのひつじ』なの。『メリーさんのひつじ』は知ってるよね? 英題は『Mary Had a Little Lamb』っていうんだけど……」
そこまで一気に捲し立てると、直樹の咳払いが聞こえて、春香は我に返った。
キョトンとした子供たちを見て、春香は顔を真っ赤にしながら「ごめん」と謝る。
そんなキョトン顔の中で、一人だけ興味深げに聴き入っている女の子がいた。
その子が口を開く。
「これ、なんて曲?」
「『汽車ポッポ』だよ」
春香はしゃがみこんで、膝の上に肘を置く。両手の平を頬に添えるようにして、目を閉じながら説明を続けた。
「一九四五年に発表された童謡で、二〇〇七年に『日本の歌百選』にも選ばれている名曲。これは、年末にあった『紅白歌合戦』のために変えられた歌詞で、もともとは一九三〇年代後半に……」
ごほん。
本日二度目の咳払いによって、現実世界に引き戻された春香は「あ、ごめん。また……」と申し訳なさそうに頭を掻いた。
蓄音機の上部に取りつけられたラッパ部分から、女の子の歌声で「汽車ポッポ」が流れ続けている。
児童合唱団の可愛らしい歌声が、雑音混じりのリズムに乗って耳に届く。
途切れ途切れに聞こえるメロディーは、今にも消えてしまいそうな不安定さを帯びていた。
子供たちが小首を傾げて、口々に言う。
「なにこれ。壊れてんの?」
「違うよ。これはこういう音なの」
「え~、やっぱCDのほうがいいよ。音がキレイだもんね」
「それに、今はダウンロードできるしぃ。『ぶんめいのりき』ってやつ!」
「……ブンメイノリキってなに?」
直樹が自分の腕時計に目を向ける。「これから学校じゃないのか?」
そうだった! 登校の途中だった!
そう口々に言って、子供たちは急いで走っていく。
レコードの素晴らしさはわからないか……
春香は独りごちていると、ひとり残った女の子が立ち去り際、春香のほうを振り返った。
控えめな笑顔を覗かせ、「またレコード、聴きにきてもいい?」と尋ねる。
レコードに興味を持つ子供というのも珍しい。春香は微笑み返した。
「もちろん。いつでも遊びにおいで」
「うん!」
嬉しそうに走っていく女の子を春香は眺めていたが、ふと事務所内に備えられた壁かけ時計に目を止める。
午前八時になるところだった。
ここからミューゼス・プロダクションまでは、電車を乗り継いで三十分弱。
もうそろそろ出かけようと思い、留守を直樹に任せて、春香は音無探偵事務所をあとにした。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
「よろしくお願いします」と出て行ったあとも、何度か頭を下げながら立ち止まる。
角を曲がったあたりで、奈々の姿は見えなくなった。
ふと、ランドセルを背負った子供たちが、何人かが集まって押し問答している様子が目に止まった。
春香のことを見るなり、背後に立ったぽっちゃりした男の子が、いちばん背が低い男の子の背中を押しやる。
少しずれたメガネの奥から、その子は上目遣いに春香を見つめていた。
「ほ、ほら。早く行けよ」
「え~、でも……」
その少年がおどおどと歩み出てくる。ダンボール箱を、両手で大事そうに抱えていた。
「た、探偵事務所の方ですか?」
「そうだよ」春香が優しく微笑みかける。「どうかしたのかな。依頼ですか?」
少年はこくりと頷き、抱えていたダンボールを差し出す。
その平たいダンボールのオモテ面には「Geistlinie」と書かれていて、中身が「スタディリスニング」であることは瞬時にわかった。
すでにフタは開けられているらしく、ダンボールの中身をぶちまけないように平行を保ちながら、少年はなにかを探しているようだった。
少し経ってから、一枚のトールケースを取り出す。
無料視聴用CD。Welcome to Study Listening。そこには、そう大書されていた。
プロテニスプレイヤー金沢彩芽のCMでも有名な「スタディリスニング」は、外国語教材の企画・開発等を手がけるガイストリニエという会社が、販売も行っている。
無料視聴用CDを申し込むと、初回セットが送られてきてビックリすることがある。初回セットに同封されているのは、全四十八巻のうちの一巻と二巻だ。
気に入らなければ十日以内に返品すればいい。
そうすると費用は一切かからないが、初回セットを開封してしまえば、その時点で返品は受け付けられない。
間違っても、正式に購入を決めるまで開けてはならないのだ。
無料視聴用CDを試した結果、スタディリスニングを気に入った場合にのみ、同封されている冊子から購入手続きに進める。
そして一巻と二巻は、そのまま使用することができる。
春香は膝に手をついて、前かがみになりながら訊いた。
「これがどうかしたの?」
「パパとママが『英語の勉強をしなさい』って、コレを渡してきたんだけど……」
少年は視線を落とし、手にしたトールケースを見つめる。
「十日以内に買うかどうか決めなきゃいけないみたいで、どうしたらいいのかと思って」
それで、相談したいと春香のもとへ来たらしい。
春香は戸惑ったが、少年の困り顔を見ていると、放っておくこともできそうにない。
探偵としては専門外なのだが、スタディリスニングの噂はよく耳にしていた。
春香にとって、アドバイスできないこともない。
ただ、なぜその頼みごとを少年たちは、音無探偵事務所に持ち込んできたのかは謎だが。
スタディリスニングに関して、ネットのクチコミや評判を見る限り、決していいものばかりではない。
生まれたばかりの赤ん坊は、周りで話している言葉を聞き取る能力が備わっている。
まだ小学生ならいいかもしれないが、これが大人にも当てはまるかというと、それはまた別問題だ。
未発達で柔軟な脳は、そのままの形で言語を理解しようとするのに対して、大人の脳は慣れ親しんだ母国語を通して、英語の意味から理解しようとする。
「聞き流すだけ」を謳い文句にしているスタディリスニングは、「聞き流すだけ」で覚えられるほど頭のいい人か、勉強が得意な人に限られるのだろう。
CMや広告には「効果には個人差があります」というような注意書きがあるが、英語をある程度かじっていたことのある上級者向けの教材といえるかもしれない。
少年に対してどう言おうか、春香はしばし悩んだ。
同じ目線になるように、春香は屈んで言う。
「少なくとも、リスニング能力は上がるかもしれないけど、だからといって会話ができたり、スペルが書けたりするわけではないと思う」
テキストもなし。日本語と英語が交互に流れるだけのCD。
日本人にとって難関とされるRとLの違いは、実際に舌の動きを見て学ばないと発音するのは難しい。
DVDが付属されているならまだしも、音を聞き流しただけでは、習得は困難と言える。
しかし春香は、スタディリスニングを購入したことがあるわけではない。
効果も人それぞれというからには、一概に不可能とは言えないだろう。
ネットを閲覧しただけの知識で、買ったほうがいいか買わないほうがいいかのアドバイスは、あまりにも無責任すぎる。
春香は少年に謝った。
「ごめんね。お姉ちゃんにはわからないなあ……」
「なんだ~……ここに来れば、なにか教えてくれるかと思ったのに」
ふと春香は、引っかかるのを感じた。
「でも、どうしてここに来たの?」
少年は無料視聴用CDをダンボールの中に仕舞いながら、春香の質問に答えてくれる。
「『音の探偵事務所』っていう看板があったから、CDに詳しいのかと思った」
「音の……?」
直樹と目を合わせる。「わからない」と、直樹は首を傾げていた。
子供たちに連れられて、春香は外へ出ていく。直樹もあとに続いていくと、玄関前に掲げられた小さな看板が目に映った。
子供たちが指さす向こう、そこにあるボロボロになった看板には、判別できる文字が六文字だけ連なっていた。
「音 探偵事務所」
「本当だ。『無』がなくなってる」
それで、音「の」探偵事務所と当てはめて、勘違いしてしまったのか。
もともとあった看板をそのまま使っていたから、すでに寿命を迎えていたのに気づかなかったのだろう。
もうそろそろ、新しい看板に換えよう。
「これって、春香の父さんが作ったものだっけ?」
直樹が小声で尋ねてくる。春香は首を縦に振った。
それから、子供たちに向き直って、春香は自己紹介する。
「はじめまして。音無探偵事務所の音無春香といいます」
周りと顔を見合わせた子供たちは、口をぽかんと開けたまま目を丸くした。
「音無……?」ひとりの男の子が声を上げた。「変わった名前!」
集団の中から女の子がふたり前に出てきて、春香に問いかけてくる。
「探偵のお姉さんは、英語って得意なの?」
「得意っていうわけじゃないけど、一応……」
そのあとに春香は、最低限の日常会話くらいは、と付け足した。それから子供たちは、探偵事務所の中を覗き込む。
そこには、探偵事務所としては場違いなほど、大きな茶褐色の塊が幅を取っていた。
その上部には、金色に光るラッパのような物体が乗っている。「ホーン」と呼ばれる部分で、ここから音が出る仕組みだ。
女の子の一人が声を上げる。「これって『ちくおんき』っていうんだよね。初めて見た!」
別の男の子は、キョトンとした表情で眺める。「チクオンキ……?」
「そう。使い方は知ってる?」
春香の問いかけに、子供たちは一様に首を横に振る。
机の上に置いていたレコードジャケットの中から、黒光りする円盤を取り出て蓄音機にセッティングした。
春香は微笑んで、子供たちを室内に招き入れると、静かに針を落とす。
軽快でポップな音色が響き出すと、一人の男の子が、蓄音機を指差しながら笑った。
「え~、変なの! あるじゃん、音!」
その男の子につられて、春香もくすりと笑った。
「たしかに。なんでだろ?」
物珍しそうに聴き入っていた別の子が、前のめりになりながら蓄音機を観察していた首を、春香のほうに向ける。
「これで音楽が聴けるの?」
春香は、キラキラと瞳を輝かせた。
「そう! 一八〇〇年代に発明された、音を録音・再生できる初めての機械。みんなは、エジソンって知ってる? 世界初の録音が、トーマス・エジソンが自身の肉声で歌った『メリーさんのひつじ』なの。『メリーさんのひつじ』は知ってるよね? 英題は『Mary Had a Little Lamb』っていうんだけど……」
そこまで一気に捲し立てると、直樹の咳払いが聞こえて、春香は我に返った。
キョトンとした子供たちを見て、春香は顔を真っ赤にしながら「ごめん」と謝る。
そんなキョトン顔の中で、一人だけ興味深げに聴き入っている女の子がいた。
その子が口を開く。
「これ、なんて曲?」
「『汽車ポッポ』だよ」
春香はしゃがみこんで、膝の上に肘を置く。両手の平を頬に添えるようにして、目を閉じながら説明を続けた。
「一九四五年に発表された童謡で、二〇〇七年に『日本の歌百選』にも選ばれている名曲。これは、年末にあった『紅白歌合戦』のために変えられた歌詞で、もともとは一九三〇年代後半に……」
ごほん。
本日二度目の咳払いによって、現実世界に引き戻された春香は「あ、ごめん。また……」と申し訳なさそうに頭を掻いた。
蓄音機の上部に取りつけられたラッパ部分から、女の子の歌声で「汽車ポッポ」が流れ続けている。
児童合唱団の可愛らしい歌声が、雑音混じりのリズムに乗って耳に届く。
途切れ途切れに聞こえるメロディーは、今にも消えてしまいそうな不安定さを帯びていた。
子供たちが小首を傾げて、口々に言う。
「なにこれ。壊れてんの?」
「違うよ。これはこういう音なの」
「え~、やっぱCDのほうがいいよ。音がキレイだもんね」
「それに、今はダウンロードできるしぃ。『ぶんめいのりき』ってやつ!」
「……ブンメイノリキってなに?」
直樹が自分の腕時計に目を向ける。「これから学校じゃないのか?」
そうだった! 登校の途中だった!
そう口々に言って、子供たちは急いで走っていく。
レコードの素晴らしさはわからないか……
春香は独りごちていると、ひとり残った女の子が立ち去り際、春香のほうを振り返った。
控えめな笑顔を覗かせ、「またレコード、聴きにきてもいい?」と尋ねる。
レコードに興味を持つ子供というのも珍しい。春香は微笑み返した。
「もちろん。いつでも遊びにおいで」
「うん!」
嬉しそうに走っていく女の子を春香は眺めていたが、ふと事務所内に備えられた壁かけ時計に目を止める。
午前八時になるところだった。
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