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ご新規さん。

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お見合いから数日後・・・

会社に出勤した時、所長が私のところに駆け寄ってきて『新規顧客』の用紙を手渡してきた。


「ご新規さんですか?」

「そうなのー。『おためし』をされたいってことだから、うちで一番人気の千冬ちゃんに行って欲しくて・・・。」

「いいですよ?いつです?」

「明日っ。休みでしょ?返上してくれる?」

「もちろん。その代わり明後日休みにしてくださいね?用事があるんで。」

「おっけ。」


二つ返事でOKすると、所長は私にお客のデータを渡してくれた。


「『二階堂 春美』さま?住所は・・・ここから駅で5つ分くらいのとこか。」


『おためし』はお客立ち合いのもと、仕事をすることに決まってる。


「休みを返上してもらうんだから出社はしなくていいよ?直接行ってそのまま帰ってくれていいから。」

「助かります。うちからのほうが近いんで。」


見た住所では会社まで来てから向かうと遠回りになる。

『おためし』は様子見の作業になるため、大型の機械も必要ない。

雑巾とバケツ、洗剤くらいだったら家から持って行けるのだ。


(折り畳みのバケツならかさばらないし、大きいバッグ一つで行けそうね。)


私はお客のデータを鞄にしまい、今日の仕事に取り掛かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



翌日・・・


「・・・ここか。」


指定された住所の家にたどり着いた私。

大きいマンションの前でほぼ真上を見るような形で見上げていた。


「マンション・・・うちと一緒だ。」


このマンションは20階建て。

住所から考えたらその最上階、2001号室がお客の家のようだ。


「エレベーターの場所は・・・。」


キョロキョロ辺りを見ながらエレベーターを探し、乗り込む。

そして最上階の20階のボタンを押した。


「20階って・・・景色きれいなんだろうなー。」


そんなことを思いながらぐんぐん上がっていくエレベーター。

私はあっという間に20階に到着した。


「すごい・・・私、ペントハウスって初めてだ・・・。」


エレベーターを降りると、すぐ目の前にドアがあった。

廊下とかは無く、ちょっと広めの空間があるだけだ。

『マンションの最上階を丸まる使った部屋』。

その存在は知ってたけど、見るのは初めてだった。


「掃除するのが楽しみだなー・・・。」


そんなことを思いながら私は玄関ドアの横にあるインターホンを押した。


ピンポーン・・・・


「ハウスキーパーの八重樫です。ご依頼を受けて参りました。」


そう言うと玄関の鍵が開く音が聞こえた。

ガチャンという音と共に、ドアが開かれる。


(笑顔、笑顔。)


ドアが開くのを待ちながら営業用の笑顔を作っていく。

でもその作った笑顔は・・・すぐに崩れることになった。


「よろしく。」


なんとドアを開けて出てきたのはこの前お見合いした『笹倉さん』だったのだ。


「!?・・・笹倉さん!?え!?」

「どうぞ。」

「し・・失礼します・・?」


玄関に入りながら、私はお客のデータを取り出して読み返してみる。


(『二階堂 春美』って書いてあるよね!?なのになんで笹倉さんがいるの!?)


わけがわからないまま笹倉さんの後ろをついて歩き、私はリビングに案内された。


「・・・あの。」

「うん?」

「掃除する必要ないくらいキレイですけど・・・?」


案内されたリビングはだだっ広かった。

オシャレなソファー。

窓際には観葉植物。

スッキリとした物の配置に、床にゴミは一つも落ちてない。

『家政婦』を呼ぶ意味なんてないように見えるのだ。


「座って?コーヒー淹れるから。」

「!?・・・いや、私は仕事を・・・・・・」

「『俺と話すこと』が仕事。依頼した名前が違うことも気になるだろ?」

「まぁ・・・。」

「だから座って。」

「・・・・。」


仕方なくソファーに座った私。

ほどなくしてコーヒーを持った笹倉さんが私の目の前に座った。


「どうぞ。」

「ありがとうございます。・・・あの、『二階堂 春美』さんって名前は・・・・」

「俺の姉。結婚して名字が違うんだよ。」

「あー・・・・。」


依頼者の名前が笹倉さんと違うことに合点がいった。

でもまだ疑問は全て解消されてはいない。


「・・・なんで『依頼』を?」


どうして家政婦を呼んだのかがわからないところだ。

仕事をしなくていいくらいきれいな部屋はに家政婦は必要ない。


「もうちょっと話をしてみたくて。」


そう言って笹倉さんはコーヒーを口に入れた。


「・・・私、お断りしましたよね?」


明らかに『私』が来ることが分かった上での言葉。

断ったことを理解してくれてなかったのかと疑問に思う。


「うん。でも俺のことを少しも知らないで断るのは失礼じゃない?」


にこっと笑いながら言われ、確かに一方的だったことに気がついた。

断るなら早い方がいいと思ったのが失礼にあたってしまったようだ。


「まぁ・・・。」


少し申し訳なく思い、私は強く言えなかった。

言葉を無くした私に、笹倉さんは続けて話していく。


「それに・・・俺は八重樫さん、いい子だと思うし。」

「?・・・なんでそう思うんですか?」

「お店の人に頭を下げてたから。」


笹倉さんとの待ち合わせを店員さんに言ったときのことだ。

確かに頭は下げたけど、それほどすごいことではない。


「あれは・・・笹倉さんに私のことを教えてもらったから・・・ですよ。」


待ち合わせ相手を教えてくれた店員さんにお礼のつもりで頭を下げただけのことなのだ。

なのに笹倉さんは私を買いかぶるように言った。


「『客』って立場を利用して偉そうにするやつもいる。八重樫さんはそれを『あたりまえ』と思わずに『ありがとう』って思った。それだけでいい子ってわかるよ。」


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