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教師の特権。

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(今日は野崎くん、呼びに来ないな・・・。)


3時間目が終わるころ、私は1組の野崎くんが私を呼びに来ないことに疑問を感じていた。

昨日は毎時間呼びに来てたのに急にぱったりと来なくなったことが不安でたまらない。


「ちょっとみんな、黒板に書いた内容をノートに書いておいて?一番きれいな字で書いてね?」


そう言って私はそっとクラスの扉を開けて廊下に出た。

足音を立てないようにして1組の扉の近くまで行き、耳を澄ませると今川先生の声が聞こえてきたのだ。


「・・・漢字はここまで習ってるよね?次はえーと・・・あ、ここまで覚えてきてね?次の国語の時間にテストするからー。」


ちゃんと授業をしてるような声に、私は驚きながらも少し安心していた。

教育実習を終えてるだけのことはあったみたいだ。


(よかった。実習時代を思い出してくれたのかな?)


私はまた足音を立てないようにして自分のクラスに戻り、自分の授業を続けていったのだった。




ーーーーー



「お先に失礼しまぁす。」


無事に一日の授業を終えたあと、今川先生は17時に帰って行った。

残ってる雑務のことは少しずつ教えることにし、とりあえず今日の授業が無事に終わったことに私は安堵しかなかった。


「明日は今川先生の自己紹介書いたクラスだよりを作ってもらって配布してもらって・・・あ、修学旅行は今川先生と行くことになるからその説明もしとかないと・・・」


1日過ぎればまた新たな雑務が現れる。

教育実習じゃわからないことが、実際の現場ではあることを覚えていってもらわないといけないのだ。


「よし。」


私の指導係としての任は意外と早く終わるかもしれないと思いながら私は翌日の準備に取り掛かった。

学校だよりの作成や子供たちの提出物のチェック、それに他の雑務を機嫌よくこなしていく。


「♪~・・・」


サクサクと進む業務に私は近い未来が明るく見えていた。



今川先生の本質を見抜くこともできずに・・・。




ーーーーー



そして翌日の放課後。

今日は今川先生に居残ってもらい、私は雑務の説明をすることにした。

嫌そうな顔をしてる今川先生に板書の書き方や、ノートの取らせ方を教えていく。


「黒板はノートみたいに書いてくださいね?生徒たちは改行まで黒板と同じように書くんで文字数に気を付けてください。」

「はぁい・・・。」

「これが明日の授業の板書ノートなんで、自分のノートに写してください。それが終わったら保護者に配る今川先生の自己紹介だよりを作ってください。あとで輪転機の使い方を教えるんで。」


そう伝えて自分の作業に取り掛かろうとした時、ノートを写しながら今川先生が言った。


「自己紹介だよりなんて必要ですかぁ?」

「保護者は今川先生のことを知りません。大切なお子さんの担任が誰なのかは気になるところです。だから作ってください。」


学年が変わると担任も変わる。

知らない先生が担任に着くと不安に思う保護者も少なくないのだ。

ましてや産休代理の先生なんて、気になって仕方ないことだろう。


「それ・・・羽柴せんせがやってくださいよぉ。」


そんな言葉が聞こえてきて、私は走らせていた自分のペンを止めた。


「は・・・?」

「そんな大変なこと、私わからないんでぇ、羽柴せんせが作ってください!」

「え?え?・・・あなたの自己紹介よ?私が作れるわけない・・・・」


何を言ってるのだと思いながら断ろうとした時、今川先生はとてつもない速さで自分のことを話し始めた。


「今川希星でぇす!好きな色はピンク!好きな食べ物はタピオカ!将来の夢はお嫁さん!お金持ちの男の人が大好きでぇす!」


とんでもない自己紹介に、私は持っていたペンを落としてしまった。

近くにいた他の先生たちも口をぽかんと開けて見てる始末だ。


「ちょ・・・そういうのは書けない・・・かな・・・」

「えぇぇー?じゃあテキトーに書いといてくださいよぉ!」

「いやいや・・・だから自分で・・・・」


どうにかして初めてのクラスだよりを作ってもらおうと思ってる私をおいて、今川先生は腰を上げて荷物を鞄に入れ始めてしまった。


「私っ疲れたんで帰りますぅっ!」

「へ!?」

「あとは羽柴せんせにお願いします!じゃ!」


そう言って今川先生は職員室を飛び出していってしまった。


「は!?ちょ・・・!待っ・・・!!」


呼び止めようにも走って出て行ってしまった今川先生を止めることができず、私はその場で深いため息をつくことしかできなかった。


「はぁー・・・・嘘でしょ・・・。」


困りながらも一気に疲れてしまった私はこれ以上仕事をする気になれず、荷物をまとめ始めた。

あとは家で作業するしかない。


「お先に失礼しますー・・・・。」


そう言って私は学校を後にした。

駅までの道をとぼとぼと歩いて行く。


(明日の朝なら作ってくれるかなぁ・・。ある程度作っといて、自己紹介をちょっと入れるだけならしてくれるかなぁ・・・。)


そんなことを考えながら歩いてると、背中側から私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「万桜(まお)せんせ!」

「?・・・あ!三村さん・・・。」


振り返るとそこに、1組の三村さんが立っていたのだ。

ピアノ教室の帰りなのか音符がたくさん描かれたバックを手に提げてる。


「どうしたの?ピアノの帰り?」

「うん!万桜せんせの教えてくれた言葉、まだ忘れてないから続けてるよ!」

「ふふっ・・・。」


前に私が受け持ったクラスにいた三村さんは、習ってるピアノの曲が難しいところに入ったらしくて『もう辞めたい』とぼやくことが多かった。

クラスの友達たちは彼女の味方だから『もう辞めなよー』と言う子が多かったけど、私は違う言葉を彼女に伝えたのだった。


「『続けることは難しいことなんだよ、辞めるのは一瞬でできることだから、本当に限界になるまで続けてみたらどう?』って言われて私、いっぱい考えたの。ピアノは8年してるけど、中学生になってから8年続けたら21歳でしょ?その年齢まで続けれることってないかもって思ったから・・・頑張ることにした!」

「うんうん、先生、8年も続けてることなんて何もないから・・・三村さんは本当にすごいよ。」

「へへっ。」


継続は力であり、困難なこと。

小さいころに培ったものはやがて大人になった時にきっと役に立つ。

だから大切にしてほしくてそう伝えたんだった。


「あ・・・せんせ、ちょっといい?わからないことあるんだけど・・・」

「ふふ、また算数でつまづいたな?」

「!!・・・なんでわかるのっ。」

「わかるよ、1年見てたんだから。・・・あ、そこの公園に行こうか。砂の地面に式書けるから。」


私たちは公園に入り、小枝を拾って砂場の近くでしゃがみ込んだ。


「今習ってる『文字と式』でつまづいてるんだよね?」

「!!・・・そう!」

「じゃあまず、値段がわからない鉛筆が1本あったとします。これの金額がわからないから『x』って書くよ?鉛筆10本の値段はどう計算する?」

「えーと・・・えーっと・・・?」

「じゃあもし、鉛筆の値段が10円だったとしたら10本でいくらになる?」

「100円!」

「お!速いなぁ。そう、100円だよね?その式は?」

「10×10!」

「うんうん。値段×本数だよね。じゃあ最初の話に戻すよ?値段はわからないから何にするって言ったかな?」

「・・・x!!」

「そう!なら式はどうなるかな?」


順を追って説明すると、三村さんはすんなりわかってくれて式を導き出すことができるようになっていった。

ちょっと複雑な計算問題を出しても解けるようになってくれ、彼女の輝く目に自然を笑みがこぼれていく。


(ふふ、そうだよね、わかんなかったことがわかるってすごく楽しいことだよね。)


『理解する』ということの手助けがしたくて就いた教員という仕事。

子供たちのこの表情を見ることが私の喜びなのだ。


「わかった!!万桜せんせ、ありがとう!!」

「ふふ、どういたしまして。・・・さ、もう遅くなるから気をつけて帰るんだよ?」

「うん!せんせも気をつけてねー!!」

「ありがとう。」


手を振りながら家に向かって駆けていく彼女を見送り、私も駅に向かって歩き始めた。

この喜びを今川先生にも味わってほしいと思いつつも、反対に『無理かもしれない』という気持ちが押し寄せてくる。


「とりあえず明日、雑務を全部説明しよう。無理だったらしばらく手伝う旨を伝えて・・・・」


そんなことを考えながら歩くけど、ふと自分が仕事に追われすぎてないかと疑問を抱いた。

好きな仕事だけど、雑務が鬼のようにあるのがおかしい気がしてきてしまったのだ。


「あー・・無理、・・・ちょっと電話しよ。」


辛くなりそうなとき、私はいつも実家に電話をかけることにしていた。

スマホを取り出して履歴から母親に電話をかける。


「・・・あ、もしもし?・・・うん、元気だよ。そっちは?みんな変わりない?・・ははっ。」


電話の向こう側では母親が家事をしていたのか、ジャージャーと水が流れる音があった。

その音に加え、わんわんっと犬の鳴き声も聞こえてくる。


「ふふっ、『レンヤ』も元気そうじゃん。私のこと、まだ覚えてくれてるかな?」


レンヤは私が実家を出るときに買った犬だ。

一人っ子の私が就職で家を出るときに私の代わりとして買ったのだ。


『覚えてるんじゃない?だってほら、スマホから聞こえる万桜の声に反応して鳴いてるみたいよ?』

「えー、本当?・・・レンヤー!レンヤーっ!」


犬の名前を呼んでみると、わんわんっと返事が聞こえてきた。


「ふふっ。かわいいなぁ。」


母親の声と犬の声に癒され、私は少しの時間子供に戻った。

仕事中は大人であって教師だけど、親と電話するときは子供に戻るのだ。


「・・・ありがとう、お母さん。・・・あ、そういえばさ、昔、枝垂れ桜見に行ったことあったじゃん?国内最大級のやつ。」

『え?・・・あぁ、そういえばそんなこともあったわねぇ。』

「あの時さ、確か折れた枝を持って帰って庭に植えたと思うんだけど・・・あの桜の枝ってどうなったの?」


そう聞くと電話の向こう側から『母じゃない声』が一瞬聞こえてきた。


【・・・ココダヨ】


「?・・・え?なんて言ったの?お母さん。」


音声がバグったのかと思って聞き返すと、母は何も無かったかのように話していた。


『桜の枝?そんなのあったっけ?』

「え?私の記憶違い?」

『そうじゃない?昔のことだし。』


確かに子供のころの記憶なんて曖昧なものだ。

忘れていたり、勝手にねつ造していたりしてしまってるかもしれない。

でも私の記憶の中にハッキリと残ってる気がしてるのだ。


「・・・そうかな。・・・まぁ、また電話するね。」

『体に気を付けて毎日楽しく過ごしてね、いつでも電話しておいで。』


私は電話を切り、少し視線を上げて歩き始めた。

この大変な時期は今だけだと思い、いつか終わりが来ると自分に言い聞かせていく。


「ゆっくりできる日が来たら・・・どこか旅行とか行きたいな。」


何も考えずに休みの日を過ごせる日が来るのだろうかと思いながら私は帰路についたのだった。



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