幼馴染を溺愛する彼へ ~婚約破棄はご自由に~

佐藤 美奈

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第51話

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舞踏会が終わり、王城のゲストハウスに戻る馬車の中、私たちはどちらも口を開けずにいた。さっきまでの喧騒が嘘のように静かで、車輪が石畳を転がる音だけがやけに大きく響く。

(カイ様は、どう思っているんだろう……)

リディアの出現は、明らかに彼の心を乱したはずだ。彼女の言う通り、私には彼の本当の苦しみなんて分かっていないのかもしれない。彼が過去に囚われていないと言ってくれた言葉も、私を安心させるための優しい嘘だったのかもしれない。

そんな黒い考えが、ぐるぐると頭の中を巡る。

部屋に着き、カイ様が私のためにドアを開けてくれる。その紳士的な振る舞いが、今は逆に少しだけ距離を感じさせた。

「アイラ、疲れただろう。今日はもう……」
「カイ様!」

彼が部屋を出ていこうとするのを、私はたまらず呼び止めた。もう、黙ってなんていられない。

「あの……本当に、私でいいのですか……?」

声が、震える。みっともないと自分でも思う。カイ様は、あれだけはっきりと私のことを選んでくれたのに。それでも、不安でたまらなかった。

「リディアさんは、あなたのことを、私なんかよりもずっと深く知っている……。私では、あなたの本当の支えには、なれないんじゃ……」

言葉の最後は、涙声になって消えてしまった。俯いた私の視界が、涙で滲んで歪む。なんて情けないんだろう。

すると、ふわりと、優しい香りに包まれた。気づいた時には、カイ様の腕の中にいた。彼は、何も言わずに、壊れ物を抱きしめるように、私をしっかりと抱きしめてくれた。

「馬鹿だな、君は」

頭上から呆れたような、どうしようもなく優しい声が降ってくる。

「どうして、そう自分を卑下するんだ。私が、どれだけ君に救われているか、君は分かっていない」

「でも……」

「いいかい、アイラ。よく聞いて。リディアが知っているのは、『過去の私』だ。彼女に裏切られ、心を閉ざし、誰も信じられなくなった、あの頃の私だ。でも、君が知っているのは、『今の私』だろう?」

カイ様は、そっと私の体を離すと、私の濡れた頬を両手で包み込み、涙を親指で優しく拭ってくれた。その真剣な瞳から、目が逸らせない。

「君と出会って、人を信じることの温かさを思い出した。君が笑ってくれるだけで、世界が輝いて見えることを知った。君が淹れてくれるお茶が、どんな高級なワインよりも美味しいことも知っている。君が、俺の知らないところで、俺のために一生懸命になってくれていることも、全部知っているんだ」

「カイ、様……」

「だから、比べる必要なんてない。リディアとの愛が偽りだったとは思わない。でも、あれはもう終わった物語なんだ。君との愛は、今まさに始まって、これから続いていく物語だ。私が共にページをめくりたいと願うのは、他の誰でもない。君だけだ、アイラ。君じゃなきゃ、ダメなんだ」

まっすぐな言葉が、私の心の奥底まで届いて、不安という名の氷をゆっくりと溶かしていく。ああ、私はなんて馬鹿だったんだろう。この人を、信じなくてどうするの。

「……ごめんなさい。私、どうかしてました」
「いいや。不安にさせてしまった、私のせいだ」

そう言って、カイ様は再び私を優しく抱きしめた。今度は、さっきよりもっと近くに、彼の心臓の音が聞こえる。トクン、トクン、という規則正しいリズムが、私にこの上ない安心感を与えてくれた。
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