病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

王子との婚約に彼は焦る

アルディンとの日々で低くなってしまった自己肯定感が、少しずつ癒されていくのを感じる。シャールと一緒にいると自然と笑顔になれた。

その日の帰り際、シャールは馬車の中でセフィーナの手をそっと取り、真剣な眼差しで彼女を見つめた。

「セフィーナ。私の隣で、未来を歩んでくれませんか。私が必ず、君を生涯幸せにすると誓う」

それは、セフィーナがずっと夢見ていた誠実な愛に満ちたプロポーズだった。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。それは悲しみの涙ではなく、温かい喜びに満ちた涙だった。

「はい……喜んで」

セフィーナは、涙で濡れた顔で最高の笑顔で頷いた。

セフィーナ令嬢とシャール王子の婚約は、瞬く間に王都中の知るところとなった。その報せは、もちろんアルディンの耳にも届いた。

新聞に並んで写る幸せそうな二人の写真。シャール王子の隣で、はにかむように微笑むセフィーナの顔は、アルディンが見たこともないほど輝いていた。

その瞬間、彼の心を支配したのは、絶望と身を焦がすような激しい嫉妬だった。

「セフィーナは、俺のものだ……」

誰にも知られたくなかった真実が、乾いた唇からこぼれ落ちる。

「シャール王子なんかに、渡してたまるか！」

彼は、自分がどれほど愚かだったかを思い知った。財産も家名も、そして何より愛すべき女性も、すべて自分の手で壊してしまった。リーシャとの関係は破綻し、両親からの信頼も失った。今の彼には、もう何も残っていない。

残っているのは、セフィーナへの執着だけ。

今更になって、自分が本当に愛していたのは誰だったのかを悟ったのだ。病弱なリーシャを守りたいという気持ちは、ただの同情や自分への酔いしれ、または長年の義務感から来ていたのだと気づいた。そして、セフィーナが隣にいた時の、あの穏やかで満たされた感覚こそが愛だったのだ。

プライドも何もかも捨て、セフィーナを取り戻す覚悟を決めた。アルディンは、狂気にも似た強い決意を胸に行動を開始した。

結婚式を数日後に控えた夕暮れ時。セフィーナがグラディウス家の庭園を散策していると、一人の男が息を切らして彼女の前に現れた。

やつれ、活力を失ったその姿は、かつての傲慢なまでの自信に満ちていたアルディン・オルステリアの面影を微塵も感じさせなかった。

「セフィーナ！」

彼は、縋るような目でセフィーナの名前を呼んだ。

「話がある。頼む、少しだけ時間をくれ！」

セフィーナは驚きに目を見開いたが、逃げることはしなかった。この関係に、ここでけじめをつけるべきだと感じたからだ。

アルディンは必死だった。膝をつき、彼女の手を取ろうとする。セフィーナが静かにそれを避けると、彼は傷ついたように顔を歪め、抑えきれなかった感情が爆発するように言葉が溢れた。

「すまなかった！　私が、私がすべて間違っていた。君がどれだけ辛い思いをしていたか、私は何も分かっていなかったんだ。君がいなくなって、初めて気づいた。それと、リーシャがずっと君に嫌がらせをしていたこと、彼女自身から聞いて初めて知ったんだ。あんなに意地悪な女だったなんて、思いもしなかったよ」

彼は必死に謝罪し、そして震える声で愛を告白した。

「君がいなければ、私はもうダメなんだ。伯爵家も取り潰される運命だ……セフィーナ、助けてくれ！　私が本当に愛していたのは、リーシャじゃない、君だけだったんだ。どうか、お願いだ。戻ってきてくれ、セフィーナ！」

その言葉は、十年間、セフィーナが心の底から聞きたかった言葉だった。もし、少しでも早く彼がこの気持ちに気づいていたなら、何かが変わっていたはずだ。