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第53話

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「アランにも最低限のマナーはあったのですね」
「セリーヌも吹けば飛びそうな華奢きゃしゃな体のくせに口だけは立派じゃないか」

アランは正々堂々と戦うという武士道精神を持っていた。一時は聖女のステファニーに洗脳されていたけれど、元々は心根の優しい幼馴染だったことを思い出してセリーヌは愛想のいい笑顔をした。アランのほうも皮肉や嫌味を先に口にするが、爽やかな笑顔で歯を光らせる。

これから殴り合いの肉弾戦で戦おうとしている二人なのに何となく明るい雰囲気を振りまいている。様子を見守っていた元婚約者で王子のフレッドは何ともいえない目で観察していた。

「さあ、いくぞ!」

会話が終わって二人の間に張り詰めた空気の流れていた時、アランは勇ましい声を上げて猟犬のように走り出す。標的は数メートル先に立っている幼馴染のセリーヌ。過ぎ去った日々、無邪気に遊んだのことを考えながらアランはほんの数秒で接近してセリーヌに向かって拳を振り上げていた。

最初の一撃をセリーヌは上体を後ろに引いて拳をかわす。さらにアランは連続で拳を繰り出してくるが全て空を切った。セリーヌは落ち着きのある顔でふわっと左右に揺れて軽くかわす。

「アランなかなか良い攻撃ですよ。思ったより強いじゃないですか?」
「セリーヌも避けるのが上手いじゃないか。だがスピードだけでは俺には勝てないぞ?セリーヌが疲れて動きが鈍くなった時が終わりだ……それまでせいぜい逃げまわっていろ!」

アランの拳を舞い散る木の葉のようにふわふわとかわしながらセリーヌが言う。アランって結構強いんだね?強さを測っているようなその口ぶりには余裕が感じられる。

アランは穏やかな声で言った。セリーヌに全て拳をかわされているが、アランは自信たっぷりな態度で口元には微かに笑みが浮かんでいる。アランもセリーヌの力を確かめるために、最初はあくまで様子見といったところだろうか。どこまで本気を出していいのか?と考えながら少しずつ拳の速度を増していく。

「アラン本気を出してください。遠慮は無用と言いましたよね?」

セリーヌは薄々わかっていた。アランは全力を出していない。フレッドと婚約したので泣く泣く身を引いたが、幼馴染であるセリーヌにアランはずっと好意を持っていた。その相手に本気で戦うような事はできなかった。それにステファニーの片棒をかついで国を追放したセリーヌに対しては大きな負い目を感じていた。

「気づいていたか……いいだろう。でも本気を出してもセリーヌ泣かないでくれよ?」

アランは真の実力を隠していたがセリーヌの動きに内心驚いていた。このままでは勝負がつかないと思いセリーヌの言葉で迷いが消えて力を解放することを決めた。
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