病気で療養生活を送っていたら親友と浮気されて婚約破棄を決意。私を捨てたあの人は――人生のどん底に落とします。

３１話

「アイリスありがとう」
「ラウル様、お恥ずかしいこと言わないでください。むしろ当然のことですわ」

体の具合が良くなったラウルは立ち上がって、再度アイリスに助けられた感謝の言葉を言いたくなった。ラウルにお礼を言われたアイリスは当たり前のことをしただけだと言って媚びるような微笑を見せた。ラウルはアイリスに尊さを覚えてまた涙が溢れてくるような思いになった。

（アイリスは優しくて気遣いができる女性だな。それに比べてナタリアはどうだ？可愛げがないし僕を殴っても謝らないし……アイリスと婚約したほうが良かったかな？でも国の財政を考えると仕方なかったんだよな）

ラウルはほのぼのとした感動が心に湧いて、改めてアイリスは心温かい性格の持ち主なのだとラウルはしみじみと感じていた。それと比較してナタリアはどうだろうと思い始める。デート中に食事をしてたらいきなり婚約解消したいと言ってくるし、理不尽な暴力を振るっても謝罪の言葉すらない。

今もナタリアは恨みのこもった眼差しで見つめている。親切心のかけらもない女性なのかと思いながら、ナタリアとの婚約に一瞬だけ後悔したが国の財政的な問題もあって、選択の余地なく泣き寝入りの婚約をするしかなったと心が切なく苦しくなる。

「今日はニ度も暴行されるなんて運が悪いな……ナタリアどうして僕を殴るんだ？訳が分からないよ。やっぱりまだ精神が不安定なのかな？」

ラウルは今日だけでニ度も体に暴行を受けたと悲しそうな顔でいった。一度目はクラウドに顔を殴られ、二度目はナタリアから腹に膝蹴り。仮にこの世界の神が正しい判断を下した場合、彼には自業自得じごうじとくという言葉が返ってくる。二人から受けたラウルに対する暴力行為は正当と処理されることになる。

ラウルが不当な判決だと神に不満を言ったら、正当な理由があると言われるだけだ。ラウルはそんなこと知る由もないので、ふてくされて神にぶつぶつ文句を言うかもしれない。だが神の気分しだいで罰当たりな人間だと怒られて神罰が与えられるだろう。

「ラウル、お前はもういい加減にナタリアとの結婚は諦めろ」
「な、何を言うか！？クラウドお前はもう黙れ！声を出すな！」
「ナタリアの態度を見れば分かるだろう？それにラウルのナタリアへの愛は偽りの愛だ。お前にはナタリアに対して真実の愛はない」
「クラウド！これ以上は口を開くな！この頭のおかしな異常な障害者が！そもそもお前には関係ないだろう！」

クラウドが呆れたようにため息をついて、ナタリアを婚約という束縛から解放してやれと言う。ラウルは恐ろしい剣幕で食ってかかる。ナタリアに対して愛情はないと指摘されると、激高したラウルは王子という高貴な身分の者とは思えない悪党丸出しの暴言を繰り返した。

「そういうわけにはいかない。僕がナタリアと結婚するからだ」
「えっ……！？クラウド様？」
「――ナタリア、ラウルを捨てて僕と結婚しよう」

ラウルに強く反論したクラウドはナタリアと結婚したいと言い出す。ナタリアの頭は大混乱が起きてしまった。クラウドはナタリアの手を握ると真剣な顔でじっと見つめていて結婚しようと言う。いきなりプロポーズを受けた。ナタリアは自分の心臓の音が聞こえてきそうなくらいドキドキしていた。

「何を言っているの？クラウド様は私と結婚してくれるはずでは？」
「アイリス、君とは結婚するつもりはないと言ったはずだが？」
「そんな、ひどい……」

アイリスは焦った様子で言った。クラウドとは自分が結婚出来るものと思い込んでいた。クラウドに結婚を断られたことなど記憶から抜け落ちていた。アイリスは自分の都合の悪いことは忘れてしまう性格だった。アイリスは床にしゃがみ込み声を殺して泣いていた。

「ロマリア王国の王太子ウィンドウ・クラウドはナタリア公爵令嬢と結婚することを今ここに宣言する！」

クラウドは小綺麗な喫茶店の中心でナタリアと結婚することを高らかに宣言した。店にいた数十人の客たちは、ナタリアたちのことを何か騒いでいるおかしな客がいると注目して熱心に聞き耳を立てていた。これだけ騒げば当然だが露骨に迷惑そうな顔をする客もいた。あのうるさい奴らをつまみ出せと店員に注意を要求する客もいた。

アイリスが現れる前にラウルが泣き叫んだ時に、クラウドとナタリアが客に向けて申し訳ありませんと頭を下げたこともあった。しかし今はクラウドの結婚宣言を聞いて客たちはお祝い気分で惜しみない拍手と声援を送ってくれていた。