私よりも幼馴染を選んだ王子の末路

佐藤 美奈

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第29話

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そして、まだ一人、決定的な役割を担う者が残されていた。アーロンのすべての言い逃れを打ち砕く者。その時、空気の奥底にわずかな変化が生まれた――沈黙の中から“何か”が動き出した。

「……これ以上、私の前で無様を晒さないでいただきたい」

その声は低く、静かに放たれたにもかかわらず、広間にいた誰一人として聞き逃すことができなかった。響いたのは音ではなく意志そのものだった。

大広間の最奥に設けられた来賓専用の扉が、音もなくゆっくりと開いた。その奥から現れた人物を見たとたん、広間にいた者たちは一斉に息を止めた。空気が凍りつき、誰もが声を出すことすら忘れていた。

玉座にいる王もまた衝撃に打たれた。ふと怯えた子供のように、目に映ったその人物に明らかな恐れが走る。肩がわずかに揺れ呼吸が浅くなり、王の威厳という仮面を支えきれず、崩れ落ちるのをただ耐えていた。

黒のドレスは光を吸い込むように重たく揺れ、侍従たちに支えられながらも、その老婦人の歩みは確かなものだった。長い年月を背負いながら、それでもなお揺るがぬ存在感を放っていた。

王太后。先代の国王の妃にして、現国王の母。そして、アーロンの祖母。病のため、十年以上も公の場に姿を見せていなかったが、この国の影の支配者だった。

まるで舞台の主役が登場したかのように、広間の空気が変わった。彼女は一礼もせず、誰にも構うことなく歩を進め、玉座の脇の椅子に深く腰を沈める。そこから放たれた視線は、冷酷さと判断力を兼ね備えた鋭い光――壇上のアーロンとカタリーナが、それを受け止めるにはあまりにも脆すぎることが、見る者すべての目に明らかだった。

「……あなたたちは、いったいどこまで堕ちれば気が済むのです?」

ひときわ静かなその声が、大広間の壁という壁を震わせた。抑えた語調には不思議な力があった。叫ばずとも、怒らずとも、それがすべてを圧する。その声を聞いた二人は、まるで心の芯に冷たい刃を突き立てられたかのように動きを止めた。

ほんの一瞬、王太后のまなざしが国王の顔に注がれた。だがその視線には、王家の誇りと長年の憂い、そして母としての深い失望が澄んだ怒りとなって織り込まれていた。

「そしてそなたもだ! 親としての責務を果たさず、甘やかすばかり。これでは王家の未来が危うい!」

母としての視線と、支配者としての威圧。王太后の言葉は一つずつ、確実に王の尊厳を削ぎ落としていった。国王は反論の一つも許されぬ気配を前に、ただ無言で視線を落とし深々と頭を垂れるしかなかった。

王太后は静かに目を細め、ふたたび壇上に立つ若きふたりへと視線を戻した。その眼差しは、正義を測る審判の目のように、彼らの心の奥底に隠された罪まで見通しているかのようだった。そして次に来る裁きの予兆を告げていた。

「殺人未遂に手を染めた者をかばい、罪を封じるために、被害者に沈黙を強いた。そんな者に、王の名を継ぐ資格などあるものか! お前が守ったのは愛ではない。お前自身の愚かで歪んだ誇りだ!」

その言葉がアーロンの耳に届いた瞬間、彼の胸の奥にある何かが確かに砕けた。立っていることすらできず、重力に引きずられるように膝をつく。

アーロンの姿が崩れ落ちたその瞬間、それまで必死に保っていた理性がぷつんと弾け飛び、彼女の心を押さえていた全ての感情が一気に溢れ出す。

「アーロン様! しっかりして! お願いだから、目を覚まして! あなたは私を守ってくれるって、誓ってくれたじゃない! 私を、最後まで……守ってくれるって……アーロン様!!」

カタリーナの叫びは、音を立てて崩れていく現実への拒絶だった。泣きじゃくりながらアーロンにすがりつき、揺さぶって必死にその名前を呼び続けた。

けれどアーロンは、王太后の一言で心の灯りがふっと吹き消されたかのように、視線は宙を漂って彼という存在は、ただの抜け殻となってそこにいるだけだった。

カタリーナの存在を目の前にしながらも、その瞳はもう彼女を映していない。まるで霧の中をさまようように、彼は何かを失った者だけが持つ瞳で、どこか遠くをぼんやりと見つめていた。
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