「幼馴染が妊娠したから結婚は無理」彼に嘘をつかれ、婚約破棄の責任を押しつけられた

佐藤 美奈

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第1話

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「――というわけで、イリア。君との婚約は、なかったことにしてほしい」

告げられた言葉の意味が、すぐには分からなかった。目の前には、私の婚約者であるはずのエリック王子が、ひどく気まずそうに眉を下げて立っている。完璧な美貌に浮かんだその情けない表情は、彼の魅力を少しも損なわないのだから、神様は不公平だ。

「……今、なんて?」

聞き返した声が、自分でも驚くほど乾いていた。ここは王宮の一室。窓の外では、小鳥が楽しげにさえずり、空は憎らしいほどに青く晴れ渡っている。こんな、世界中の幸福を煮詰めたような日に、私は何を言われているのだろう。

「だから、婚約を破棄したい。すまない」
「理由を、お聞かせ願えますか」

震える声を必死に抑え込み、なんとか言葉を絞り出す。公爵令嬢としての誇りが、かろうじて私をその場に立たせていた。もし今、涙を流して彼にすがりついたりしたら、自分がどれだけ恥ずかしい存在になるか考えるだけで身の毛がよだつ。それだけは絶対に嫌だった。どんなに辛くても、どんなに心が引き裂かれそうでも、私はここで倒れたくない。

エリックはしばらく私を見つめることなく、視線をあちこちに泳がせていた。その様子から、何かを言い出すのをためらっているように見えたが、やがて彼は深く息を吐き、自分の決断を受け入れるかのように、肩を落として静かに目を閉じた。

「ロザミアが、僕の子を身ごもったんだ」

ロザミア。その名前を耳にした瞬間、私の心臓は氷のように冷たく凍りついた。長い間、私のたった一人の親友だと信じていた伯爵令嬢の名前。幼い頃から、いつも一緒に過ごしてきた。私と、エリックと、そして彼女と。三人で過ごした楽しい日々が、今は嘘のように遠く感じられ、心に深い影を落としていた。

「……そう」

頭が真っ白だった。思考が停止し、感情さえもどこかへ消えてしまったみたいに何も感じない。ただ、目の前の現実が、まるで他人事のようにぼんやりと霞んで見えた。

「彼女と、結婚する。王位継承権は放棄することになるだろうが、それでも僕は彼女と、生まれてくる子を守りたい」

「……」

「本当に、すまないと思っている。君を裏切る形になった」

謝罪の言葉が、やけに軽く聞こえる。彼の視線は私を通り越して、どこか遠くを見ている。きっと、彼の頭の中はもう、ロザミアと生まれてくる子供のことでいっぱいなのだろう。そこに、私の居場所はもうない。

「殿下、おめでとうございます。どうぞ、お幸せに」

唇の端を無理やり引き上げて、完璧な淑女の笑みを作る。声が震えなかったのは、奇跡だったかもしれない。エリックは一瞬、驚いたように目を見開いた。

私が泣き叫び、感情的になって彼を責め立てるとでも思っていたのだろうか。だが、残念なことに、今の私にはそのようなエネルギーを持っている余裕など、全く残されていなかった。

心の中で湧き上がる怒りや悲しみはあったものの、それらを表に出す力すら失ってしまった。疲れ果てた心と体が、ただ静かに、冷静にその現実を受け入れようとしているだけだった。

「イリア……心から謝る。全部僕の責任だ」
「失礼いたします」

私は背筋をまっすぐに伸ばし、完璧なカーテシーを一つ決めてから、静かに彼に背を向けた。そのまま、ゆっくりと一歩、また一歩と扉に向かって歩き始める。だが、足元がふらつき、まるで自分の足ではないかのように不安定で、心の中に重い不安が広がる。
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