「幼馴染が妊娠したから結婚は無理」彼に嘘をつかれ、婚約破棄の責任を押しつけられた

佐藤 美奈

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第9話

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長い外遊から帰国した父――国王アルベルトと、母である王妃エレオノーラが待つ玉座の間へ向かう足取りは、まるで断頭台へ向かう罪人のように重かった。僕、エリック・フォン・アルハイムは、この国の第一王子でありながら、今や国一番の厄介者と成り果てていた。

玉座の間の重厚な扉が開かれる。そこに広がっていたのは、凍てつくような静寂だった。父と母は、玉座に並んで腰掛けていた。その表情は、能面のように固く、一切の感情を読み取らせない。だが、その静けさこそが、嵐の前の不気味さを物語っていた。

「……エリック」

先に口を開いたのは母だった。その声は、冬の湖面のように冷たく澄んでいた。

「あなたは一体何を考えているのですか! 国を滅ぼすつもりですか! 答えなさい、エリック!」

静かな問いが、轟音となって僕の鼓膜を打つ。僕は、ただ頭を垂れることしかできない。

「お前は何をしているんだ! 本当に情けない!」
 
今度は、父の雷のような声が玉座の間を震わせた。顔を上げることができない。父の怒りに満ちた視線が、頭のてっぺんに突き刺さるようだった。

「公爵令嬢イリアとの長年の婚約を、一方的に破棄。あまつさえ、その原因が別の女を孕ませたことにあると。それだけではない。こともあろうに、そのイリア嬢を悪者に仕立て上げ、衆目の前で辱めたそうだな! 全て、聞いているぞ!」

「……申し訳、ございません」

「謝って済むか!」

父が玉座から立ち上がった。その威圧感に思わず身がすくむ。

「お前のせいで我が名が汚される! 愚か者め! クライスト公爵家がどれほど我が国に貢献してきたか、忘れたとは言わせんぞ! 彼らの協力あってこその、この国の繁栄だ! その大恩ある家の令嬢に、泥を塗り、顔に唾を吐きかけるなど! こんな不始末をするとは、お前は生きてる資格はない!」

父の言葉は、剣のように鋭く僕の心を抉る。母も静かだが、その眼差しは父の激情よりも恐ろしかった。

「これから……イリアに謝りに……」

「あなたがこんな愚かなことをして、どうしてイリアが許すと思っているの? 彼女の心の傷は、どれほど深いか、考えたことがありますか? あなたは、ロザミアと一緒に地獄に堕ちるつもりなのか!」

「……っ」

「こんな愚か者に育てた覚えはない! お前の存在が恥ずかしい! 父として、こんなにも情けないことはない! 潔く、この世を去る覚悟でもしておれ!」

「エリック! このまま恥をさらし続けるより、潔く花と散った方がよほど立派よ!」
 
父の母の罵倒は、止まることなく続いていった。その声は冷徹で、まるで鋭い刃物が息子の心を切り裂いていくかのようだった。僕が、どれだけ反省しても両親には、一切の容赦がない。母の言葉は、無慈悲に響き渡り僕に向かって辛らつな軽べつをこめた声で叫んだ。

僕は唇を噛みしめ、床の一点を見つめるしかなかった。何を言っても、言い訳にしかならない。僕が犯した罪は、それほどまでに重い。

しばらく、父の荒い息遣いだけが響いていた。やがて、父は大きく息を吐くと、決定的な一言を告げた。

「……いいか、エリック。これは、命令だ」
 
僕は、弾かれたように顔を上げた。

「何としてでも、イリア嬢の許しを得てこい。彼女に許してもらわなければ、クライスト公爵家との関係は修復不可能となる。そうなれば、この国は……確実に、潰れる」

国が潰れる――その言葉が耳に入った瞬間、僕は何もかもが止まったような気がした。僕が犯したたった一つの愚かな行動が、こんなにも大きな影響を与え、国そのものを揺るがす事態に発展してしまっていた。自分の無力さ、愚かさを痛感し、胸が締め付けられるような思いが込み上げてきた。

「彼女が許してくれないのなら、許してもらえる行動を何でもしなさい! 土下座でも何でもするのです! それでも許してもらえないでしょうけど……何日でも土下座して謝り続ければ、少しは同情してもらえるかもしれないわね。それが、あなたの犯した罪に対する、唯一の償いなのですから!」

母の悲痛な声が、僕の背中を押すかのように響いた。その声には、言葉にならないほどの切なさと痛みが込められていて、僕はそれに耐えきれなくなった。僕は深く頭を下げた。自分がどれだけ無力で、父と母に対してどれだけの重荷を背負わせていたのか、今さらながらに痛感した。
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