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第12話
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数日後、ようやくたどり着いたクライスト公爵家の古い屋敷は、予想していたよりもずっと質素でありながら、手入れが行き届いている場所だった。庭には、馬の手入れをしている女性が一人、静かに作業をしていた。
彼女は、シンプルな乗馬服に身を包み、太陽の光を浴びながら健康的に輝く肌を見せていた。風に揺れる栗色の髪が美しく、その横顔を見た瞬間、エリックの心臓は大きく跳ね上がった。
「……イリア」
エリックの声に反応して、彼女はゆっくりと振り返った。数ヶ月ぶりに見る彼女は、以前とは比べ物にならないほど変わっていた。元々美しかった彼女だが、今はその美しさにさらに洗練された鋭さが加わっていた。顔立ちの一つ一つが、以前よりも引き締まり、まるで年月を経て磨かれた宝石のようだった。
そして、何よりもその瞳の中に宿る光が、以前とは全く違っていることに気づいた。その瞳には、穏やかで静かな印象が漂っていたが、同時に何者にも揺るがない強い意志の色がしっかりと宿っており、その姿を見たエリックは、彼女がどれだけ成長したのかを感じずにはいられなかった。
「……何の御用でしょうか、殿下」
その声は、ひどく冷ややかで、他人に話すような距離感を感じさせた。エリックは、無言で馬から降りると、少し迷いながらも彼女に向かって歩み寄った。その足取りは、以前のように軽快ではなく、何かを確かめるように慎重だった。彼女との距離が縮まるにつれて、彼の心には複雑な感情が渦巻き胸が重くなるのを感じた。
「イリア、君に、謝りたくて……」
「謝罪、ですか。今更、何をおっしゃるのか分かりかねますわ」
彼女は、馬のたてがみを梳かす手を止めずに淡々と言う。
「私は、婚約を破棄された上に、大勢の前で寄ってたかって〝悪女に仕立て上げられ、ワインをぶっかけられた〟惨めな女ですもの。謝罪の一つや二つ、受けたところで、何かが変わるとも思えません」
皮肉を含んだその言葉は、細い針のようにエリックの胸を静かに刺し、じわじわと心に痛みを広げていった。その言葉がひとしずくずつ胸の奥に響き渡り、抑えきれないほどの切なさと辛さが心を包み込んでいった。
「……すまなかった。僕が、愚かだったんだ」
「ええ、そうでしょうね。存じ上げております」
イリアは、ようやくエリックの方に顔を向けた。その目には、仲が良かった時のような愛情のかけらも見当たらなかった。その代わりに、目に映るのは深い軽蔑と哀れみだけだった。
その視線を受けた瞬間、胸の中で何かが崩れるような感覚が広がった。それもすべて、今の彼女をこうさせたのは、他でもない自分のせいだということは痛いほど分かっていた。
「それで? 謝罪は済みましたか? 遠路はるばるご苦労様でした。さようなら」
「待ってくれ!」
イリアが背を向けようとした瞬間、思わずその腕を掴んでしまった。その瞬間、彼女の体が一瞬でびくりと強張るのが、手のひらを通してはっきりと感じ取れた。彼女が動きを止め、緊張が走ったのをエリックは感じることができた。
「……離して」
「僕は『最低な男』だ。自分でも耐えられないほど恥ずかしい。どうしようもない『クズ野郎』だ。こんな僕が君に頼むなんて、胸が痛むけど、それでもお願いしたいんだ」
「離してください!」
「頼む、イリア! 王都に、僕のところに戻ってきてくれ! 君が必要なんだ! イリアがいなければ、僕はもうダメなんだ!」
彼女の低い拒絶の声が耳に届いた。しかし、エリックの声には必死さが込められていて、自分を抑えきれないかのようだった。みっともない男で生き恥と分かっていても、それでも言わなければならなかった。
彼女は、シンプルな乗馬服に身を包み、太陽の光を浴びながら健康的に輝く肌を見せていた。風に揺れる栗色の髪が美しく、その横顔を見た瞬間、エリックの心臓は大きく跳ね上がった。
「……イリア」
エリックの声に反応して、彼女はゆっくりと振り返った。数ヶ月ぶりに見る彼女は、以前とは比べ物にならないほど変わっていた。元々美しかった彼女だが、今はその美しさにさらに洗練された鋭さが加わっていた。顔立ちの一つ一つが、以前よりも引き締まり、まるで年月を経て磨かれた宝石のようだった。
そして、何よりもその瞳の中に宿る光が、以前とは全く違っていることに気づいた。その瞳には、穏やかで静かな印象が漂っていたが、同時に何者にも揺るがない強い意志の色がしっかりと宿っており、その姿を見たエリックは、彼女がどれだけ成長したのかを感じずにはいられなかった。
「……何の御用でしょうか、殿下」
その声は、ひどく冷ややかで、他人に話すような距離感を感じさせた。エリックは、無言で馬から降りると、少し迷いながらも彼女に向かって歩み寄った。その足取りは、以前のように軽快ではなく、何かを確かめるように慎重だった。彼女との距離が縮まるにつれて、彼の心には複雑な感情が渦巻き胸が重くなるのを感じた。
「イリア、君に、謝りたくて……」
「謝罪、ですか。今更、何をおっしゃるのか分かりかねますわ」
彼女は、馬のたてがみを梳かす手を止めずに淡々と言う。
「私は、婚約を破棄された上に、大勢の前で寄ってたかって〝悪女に仕立て上げられ、ワインをぶっかけられた〟惨めな女ですもの。謝罪の一つや二つ、受けたところで、何かが変わるとも思えません」
皮肉を含んだその言葉は、細い針のようにエリックの胸を静かに刺し、じわじわと心に痛みを広げていった。その言葉がひとしずくずつ胸の奥に響き渡り、抑えきれないほどの切なさと辛さが心を包み込んでいった。
「……すまなかった。僕が、愚かだったんだ」
「ええ、そうでしょうね。存じ上げております」
イリアは、ようやくエリックの方に顔を向けた。その目には、仲が良かった時のような愛情のかけらも見当たらなかった。その代わりに、目に映るのは深い軽蔑と哀れみだけだった。
その視線を受けた瞬間、胸の中で何かが崩れるような感覚が広がった。それもすべて、今の彼女をこうさせたのは、他でもない自分のせいだということは痛いほど分かっていた。
「それで? 謝罪は済みましたか? 遠路はるばるご苦労様でした。さようなら」
「待ってくれ!」
イリアが背を向けようとした瞬間、思わずその腕を掴んでしまった。その瞬間、彼女の体が一瞬でびくりと強張るのが、手のひらを通してはっきりと感じ取れた。彼女が動きを止め、緊張が走ったのをエリックは感じることができた。
「……離して」
「僕は『最低な男』だ。自分でも耐えられないほど恥ずかしい。どうしようもない『クズ野郎』だ。こんな僕が君に頼むなんて、胸が痛むけど、それでもお願いしたいんだ」
「離してください!」
「頼む、イリア! 王都に、僕のところに戻ってきてくれ! 君が必要なんだ! イリアがいなければ、僕はもうダメなんだ!」
彼女の低い拒絶の声が耳に届いた。しかし、エリックの声には必死さが込められていて、自分を抑えきれないかのようだった。みっともない男で生き恥と分かっていても、それでも言わなければならなかった。
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ホットランキング入りありがとうございます
2021/08/08
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