「幼馴染が妊娠したから結婚は無理」彼に嘘をつかれ、婚約破棄の責任を押しつけられた

第21話

華やかな言葉や誇張された求愛に埋もれていた中で、ふと現れる一瞬の真実。それは、あらゆる装飾を剥がした後に見えるひとしずくの透明な水のように清らかだった。イリアの心は、その言葉を待ち望んでいたかのように、無意識のうちに受け入れた。

その瞬間、深い湖にひと粒の水滴が落ちるように、心の中に静かな波紋が広がり、それは次第に深く隅々まで届いていった。波紋が広がるたび、心の奥で新たな火花がきらめき、彼女の内面に眠っていた感情がそっと目を覚ました。それはまるで、長い間閉ざされていた扉が開かれた瞬間のように、心地よい驚きと興奮をもたらした。

「アラン様……」

「もし、話したくなったら、いつでも聞きます。私は、あなたの味方です」

それから、二人は自然と会う時間が増えていった。温室で新しい品種の薔薇ばらについて語り合ったり、書庫で古い歴史書を紐解いたり。アランとの会話は、刺激的でありながらも、なぜか心が安らぐような不思議な感覚を与えてくれた。

「君は、本当にすごい人だ」
　
ある日、アランが感心したように言った。その言葉には、彼の驚きと共に、深い尊敬の気持ちが滲んでいた。

「あの状況から、領地の改革を成し遂げ、国を救った。私には、とても真似できない」

「いいえ。私は、ただ、自分の足で立ちたかっただけですわ」

「その強さが、眩しいんだ」

彼は少し間を置いてから続けた。その言葉に、イリアは少し驚きながらも、胸の奥で何か温かいものが広がるのを感じた。彼の眼差しが、ただの称賛ではなく、真摯な興味と感謝から来ていることが伝わってきたからだ。

アランは、そう言うと、静かにイリアの手を取った。その手は、驚くほど大きく温かかった。冷えた空気を一瞬で溶かしてしまうような、心地よいぬくもりが伝わってきた。

イリアはその感触に一瞬戸惑いながらも、自然と彼の手のひらに自分の手を預けていた。その瞬間、二人の間に言葉では表現しきれないほどの深い繋がりを感じ、心が少しだけ穏やかに甘く震えた。
　
「イリア。私は、君を愛している。これからの人生、君の隣で、君を支え、共に歩んでいきたい」

まっすぐな瞳、そして誠実な言葉。アランの真摯な眼差しとその心からの言葉が、イリアの胸を強く打った。思わず息を呑み、彼の目を見つめ返すと、心の奥で何かがきゅんと鳴るような感覚に包まれる。その瞬間、エリックとの過去の痛みが、アランの優しさによって少しずつ溶けていくのを感じた。傷ついた心が癒されていく。
　
「……はい」
　
イリアが頷くと、アランは嬉しそうに微笑み、その表情が柔らかな光を放った。彼は、何の躊躇もなく優しくイリアを抱きしめた。その温かさが、全てを包み込んでくれるように感じられた。

イリアはその瞬間、心の中で何かが解き放たれるのを感じた。これまでの時間の中で、どれほどの不安や痛みを抱えてきたことだろう。しかし今、ようやく訪れたこの穏やかで幸せな時間にイリアは心から思った。

（今度こそ、私は本当の幸せを掴むことができるかもしれない）

彼の温もりに包まれながら、未来が少しずつ輝き始めたように感じた。

◇
　
全てを失ったエリックは、懺悔の行脚を終えた後、王都から追放された。住む家も、金も、身分もない彼は、文字通り乞食同然の姿で街の裏通りを彷徨っていた。イリアへの未練、自分を破滅させたロザミアへの憎しみが、彼の心を深く蝕んでいく中で、最も耐えがたかったのは全てを失ったという絶望感だった。それは、彼の心を夜の闇のように押し潰して未来を見失わせた。

そんなある日、運命は無情にもエリックに更なる試練を与えた。彼は、街の目抜き通りで、思わず目を見開く光景を目撃してしまった。イリアが美しいドレスをまとい、夢の中のようにアランと腕を組んで、幸せそうに微笑みながら歩いているのを見た。

その姿は、婚約者だった頃のイリアの面影を残しつつ、別人のように輝いていた。彼の心の中に、言葉にできないほどの怒りと嫉妬、無力感が一気に湧き上がった。その瞬間、エリックの正気は奪われ、心は激しい嵐のように翻弄されることとなった。あまりにも鮮明で痛烈な現実だった。

「イリア……っ！」

嫉妬と焦燥に駆られたエリックは、冷静さを失っていた。心の中で渦巻く激しい感情を抑えきれず、彼は無我夢中で人々の制止を振り切り、二人の前に飛び出した。