「愛も信頼も消えた」妻を苦しめた夫一家の結末

佐藤 美奈

文字の大きさ
42 / 46

奥様たちの悩み

しおりを挟む
この国の筆頭公爵家、アルフィナ公爵の愛娘シャルロット嬢だ。彼女は魔法のように周囲の雰囲気を華やかに染め上げた。ゴルドンは驚いて足がぴたりと止まり、釘付けにされたかのように動きを封じられた。

「シ、シャルロット様……?」

シャルロット嬢はゴルドンなど目に入らない様子で、真っ直ぐに私の方へ歩み寄ってきた。そして、あろうことか私の手を取ったのだ。

「探しましたわ、マリアンナ様! この前は本当にありがとうございました!」

彼女の瞳は、尊敬と感謝で輝いていた。

「……ああ、あの時の」

私は思い出した。以前の夜会で、呼吸困難を起こしていた彼女を介抱し、白粉おしろいの毒性を指摘した件だ。

「あのアドバイスのおかげで、私の肌荒れは嘘のように治りましたの! それに、あのまま白粉を使い続けていたら、鉛中毒で倒れていたと医師に言われましたわ。マリアンナ様はですわ!」

シャルロット嬢の声は、会場の隅々まで響き渡った。公爵令嬢の命の恩人という言葉には、計り知れない重みが込められていた。

「そ、そんな……公爵令嬢のだと!?」
「あのマリアンナが?」
「馬鹿な、ただの田舎娘じゃなかったのか?」
「毒を見抜いたですって?」
「やはり、なのか!?」

周囲の評価がガラガラと音を立てて崩れ去り、新たな形で再構築されていく。『没落貴族の捨てられた妻』から、『公爵家と辺境伯家に太いパイプを持つ、有能な薬師』へ。

「お礼を申し上げたくて、ずっと探しておりましたの。……今度、ぜひ我が家のお茶会にいらしてくださいな。父も、あなたに会いたがっておりますの」

公爵家からの招待。これは、社交界における最高ランクの通行手形を手に入れたに等しい。

「光栄ですわ、シャルロット様。喜んでお伺いします」

私が微笑んで答えると、シャルロット嬢は花が咲いたように笑った。そして、ふと横にいたゴルドンに目を向けた。

「……あら? そちらは赤蛇商会の方ですわね? 父が申しておりましたわ。『最近、強引な地上げをしている商会があるようで、目に余る』と。……まさか、私の恩人の方に無礼な真似はしておりませんわよね?」

シャルロット嬢の声色が、一瞬で容赦のない貴族のものへと変わった。その変化の速さに周囲が息を呑む。さすがは公爵家の令嬢。ただの可憐さにとどまらず、強さをも備えている。

「ひ、ひぃっ! め、滅相もございません! た、ただのご挨拶で!」

ゴルドンは顔面蒼白になり、身体を震わせながらその場に立ちすくんだ。公爵家の怒りを買えば、商会など一夜で消し飛ぶのは目に見えている。彼は一瞬のうちに判断を下し、「失礼します!」と叫び声を上げると、命からがら逃げるように会場を後にした。

「……素敵な援護射撃だったな」
「ええ。蒔いた種が、こんなに早く花開くとは」

アレクセイが私の耳元でささやいた。私は改めてシャルロット嬢に感謝の気持ちを伝えた。ゴルドンがこのまま引き下がることを願うが、彼が諦めたとは限らない。今後、彼女との強固なコネクションは、赤蛇商会との戦いにおいて最強武器となるはずだ。

その後、私の周りには黒山の人だかりができた。かつて私を無視していた夫人たちが、媚びへつらいながら近づいてくる。

「マリアンナ様、お久しぶりですわ! 以前から素敵だと思っておりましたの!」
「今度、その素晴らしい美容の秘訣を教えていただけません?」
「あの白粉の件、私も相談に乗っていただきたくて……」
「夫に少々、お灸を据えるためのお薬を、いただければと存じますの」
「最近、少しふっくらしてきたようでして……もしよろしければ、痩せるお薬をご用意いただけませんか?」

夫人たちの掌返しは、まさに見事というほかない。私は扇子で口元を隠しながら、冷静に彼女たちをあしらった。彼女たちは顧客としては非常に優秀だが、友人としての価値は微塵も感じない。それでも、必死に相談し合う姿には、どこか愛嬌を感じてしまう自分がいた。

「……大丈夫か?」
「御婦人方との会話は疲れましたわ……毒にも薬にもならない会話ばかりで」
「では、気分転換といこう。一曲、踊ろうか?」

私がため息をつくと、アレクセイが余裕そうに声をかけてきた。その瞬間、音楽が華やかなワルツへと変わった。私は彼の差し出した手を取ると、自然に引き寄せられるようにしてダンスフロアへと足を踏み入れた。彼の手は力強くて私の腰をしっかりと引き寄せ、二人だけの世界が広がっていくような感覚に包まれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので公爵令嬢やめます〜私を見下した殿下と元婚約者が膝をつく頃、愛を囁くのは冷酷公爵でした〜

nacat
恋愛
婚約者に裏切られ、蔑まれ、全てを失った公爵令嬢リリアナ。 「あなたのような女、誰が愛すると?」そう言い放った王太子と元友人に嘲られても、彼女は涙を見せなかった。 だが、冷たく美しい隣国の公爵セドリックと出会った瞬間、運命は静かに動き出す。 冷酷と噂された男の腕のなかで、彼女は再び自分を取り戻していく。 そして――彼女を捨てた者たちは、彼女の眩い幸福の前に膝をつく。 「これは、ざまぁを通り越して愛された令嬢の物語。」

婚約破棄されたので、自由に生きたら王太子が失脚しましたあ

鍛高譚
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢 ロザリー・フォン・アーデン は、王太子 エドワード・カミル・レグノード の婚約者として誰もが認める完璧な貴族令嬢だった。 しかしある日、王太子は突如 “聖女” を名乗る平民の少女 セシリア・ブランシュ に夢中になり、ロザリーに無情な婚約破棄を言い渡す。 「これは神の導きだ! 私の本当の運命の相手はセシリアなんだ!」 「ロザリー様、あなたは王太子妃にふさわしくありませんわ」 ──ふたりの言葉を前に、ロザリーは静かに微笑んだ。 「……そうですか。では、私も自由に生きさせていただきますわね?」 だが、これがロザリーの “ざまぁ” 逆転劇の幕開けだった! 神託と称して王太子を操る “聖女” の正体は、なんと偽者!? さらに王室財政を私物化する 汚職貴族との黒い繋がり も発覚!? 次々と暴かれる陰謀の数々に、王宮は大混乱。 そして、すべての証拠が王の手に渡ったとき──王太子 エドワードは王太子の地位を剥奪され、偽の聖女と共に国外追放 となる! 「ロザリー様を捨てた王太子は大馬鹿者だ!」 「やっぱり王妃にふさわしかったのはロザリー様だったのよ!」 社交界ではロザリーへの称賛が止まらない。 そしてそんな彼女のもとに、なんと隣国の 若き王クラウス・アレクサンドル から正式な求婚が──!? 「私はあなたの聡明さと誇り高き心に惹かれました。私の王妃になっていただけませんか?」 かつての婚約破棄が嘘のように、今度は 本物の愛と自由を手にするチャンス が巡ってくる。 しかし、ロザリーはすぐに頷かない。 「私はもう、誰かに振り回されるだけの人生は選びません」 王妃となる道を選ぶのか、それとも公爵家の令嬢として新たな未来を切り開くのか──?

愛に代えて鮮やかな花を

ono
恋愛
公爵令嬢エリシア・グローヴナーは、舞踏会の場で王太子アリステアより婚約破棄を言い渡される。 彼の隣には無垢な平民の娘、エヴァンジェリンがいた。 王太子の真実の愛を前にしてエリシアの苦い復讐が叶うまで。 ※ハッピーエンドですが、スカッとはしません。

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ
恋愛
「働いていない?――いいえ、舞踏会も社交も重労働ですわ!」 前世で“働きすぎて壊れた”記憶を持ったまま、 異世界の公爵令嬢ルナ・ルクスとして転生したヒロイン。 生まれながらにして働く必要のない身分。 理想のスローライフが始まる――はずだった。 しかし現実は、 舞踏会、社交、芸術鑑賞、気配り、微笑み、評価、期待。 貴族社会は、想像以上の超・ブラック企業だった。 「ノブレス・オブリージュ?  それ、長時間無償労働の言い換えですわよね?」 働かないために、あえて“何もしない”を選ぶルナ。 倹約を拒み、金を回し、 孤児院さえも「未来への投資」と割り切って運営する。 やがて王都は混乱し、 なぜか彼女の領地だけが安定していく――。 称賛され、基準にされ、 善意を押し付けられ、 正義を振りかざされ、 人格まで語られる。 それでもルナは、動かない。 「期待されなくなった瞬間が、いちばん自由ですわ」 誰とも戦わず、誰も論破せず、 ただ“巻き込まれない”ことを貫いた先に待つのは、 何も起きない、静かで満たされた日常。 これは―― 世界を救わない。 誰かに尽くさない。 それでも確かに幸せな、 働かない公爵令嬢の勝利の物語。 「何も起きない毎日こそ、私が選び取った結末ですわ」

白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』

鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...