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第8話
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「わ、私が…この私が、あなたに紹介したあの男が…そんな、そんな人でなしの、破廉恥な漢だったなんて!」
扇が床に滑り落ちる。クローディアはわなわなと震え、その目は怒りと混乱で見開かれていた。
「叔母様…私は、あの男の言葉を信じ、叔母様のお見立てを信じ、結婚いたしました。その結果が…これです」
フローラの声は、抑えようもなく震えていた。責めているわけではない。しかし、その言葉には、隠しきれない絶望と、やり場のない怒りが滲んでいた。
次の瞬間、クローディアはフローラの前に勢いよくひざまずき深々と頭を垂れた。
「フローラ! 許してくれとは言わないわ! この愚かな叔母を、どうか…どうか罵ってちょうだい!」
その声は涙でかすれ、床にはらはらと涙の粒が落ちる。
「私の…私の大馬鹿な見込み違いで、あなたを…清らかで、誇り高いあなたを、あんなハイエナどもの巣窟に…! ああ、神よ! 私はなんて取り返しのつかないことをしてしまったのでしょう!」
クローディアは、床に額をこすりつけんばかりの勢いで謝罪し、その肩は激しい後悔の念に打ち震えていた。それは、社交界の華と謳われた侯爵夫人の姿からは想像もつかなく、真摯で痛々しいほどの謝罪だった。
「あの男! 結婚前は、あんなにも殊勝で、真面目くさった顔をして! まさか、あの全てが、計算ずくの芝居だったなんて! 私の目は、完全に曇っていたのね! いいえ、節穴だったという方が正しいわ! あの男の薄っぺらな誠実さの仮面を、この私が見抜けなかったばかりに……」
クローディアは顔を上げ、涙に濡れた目でフローラを見つめた。その瞳には自己嫌悪と、ドレイクに対する燃えるような怒りが宿っていた。
叔母は魂ごと泣いているようだった。取り繕うことのない謝罪の言葉に、フローラの心の中で硬く凍り付いていた何かが、少しずつ溶け出していくのを感じた。ずっと一人で抱え込んできた苦しみと怒りが和らぐような気がした。
(叔母様も……苦しんでいる)
この人もまた、ドレイクという役者に騙された被害者の一人なのかもしれない。
「叔母様…もう、お顔をお上げください。叔母様のお気持ちは…痛いほどわかりましたから」
フローラは、静かにクローディアの肩に手を置いた。その声は、まだ微かに震えていたが、先程までの刺々しさは消えていた。
クローディアは、それでもしばらく顔を上げられずにいたが、やがてゆっくりと体を起こした。その目元は赤く腫れていたが、瞳の奥には決意にも似た強い光が灯り始めていた。
「フローラ…こんな言葉では、あなたの苦しみの万分の一も償えないことはわかっているわ。でも…でも、このまま黙って引き下がる私ではないことだけは、誓って言える」
叔母は、ハンカチで涙を拭うとフローラの手を強く握りしめた。
「あのドレイクという男と、その図々しい家族、そしてどこから湧いて出たのか知らないけれど、その愛人! 全員まとめて、この私が、社交界から…いいえ、この国から叩き出してやるわ! 私の名誉にかけて!」
その声には、さっきまでの謝罪の悲しみや弱々しさはなく、侯爵夫人としての誇りと猛々しい怒りが込められていた。それは、フローラが今まで見たことのないクローディアの一面だった。
(ああ…叔母様は、ただ謝るだけの人ではなかったのね)
フローラの胸に、確かな希望の灯がともった気がした。孤独な戦いだと思っていた。しかし、今、目の前には、強力な味方になってくれそうな人物がいる。
心の氷が溶けた後に残ったのは怒りだけではない。共に戦う者を得たことによる安心と、これから始まる反撃への新たな覚悟だった。
「叔母様…ありがとうございます。そのお言葉だけで…私は、戦える気がします」
フローラの瞳にも再び力が戻り始めていた。二人の女性の間に、連帯感が生まれようとしていた。それは、裏切りと絶望から生まれた何よりも強い絆となるかもしれなかった。
扇が床に滑り落ちる。クローディアはわなわなと震え、その目は怒りと混乱で見開かれていた。
「叔母様…私は、あの男の言葉を信じ、叔母様のお見立てを信じ、結婚いたしました。その結果が…これです」
フローラの声は、抑えようもなく震えていた。責めているわけではない。しかし、その言葉には、隠しきれない絶望と、やり場のない怒りが滲んでいた。
次の瞬間、クローディアはフローラの前に勢いよくひざまずき深々と頭を垂れた。
「フローラ! 許してくれとは言わないわ! この愚かな叔母を、どうか…どうか罵ってちょうだい!」
その声は涙でかすれ、床にはらはらと涙の粒が落ちる。
「私の…私の大馬鹿な見込み違いで、あなたを…清らかで、誇り高いあなたを、あんなハイエナどもの巣窟に…! ああ、神よ! 私はなんて取り返しのつかないことをしてしまったのでしょう!」
クローディアは、床に額をこすりつけんばかりの勢いで謝罪し、その肩は激しい後悔の念に打ち震えていた。それは、社交界の華と謳われた侯爵夫人の姿からは想像もつかなく、真摯で痛々しいほどの謝罪だった。
「あの男! 結婚前は、あんなにも殊勝で、真面目くさった顔をして! まさか、あの全てが、計算ずくの芝居だったなんて! 私の目は、完全に曇っていたのね! いいえ、節穴だったという方が正しいわ! あの男の薄っぺらな誠実さの仮面を、この私が見抜けなかったばかりに……」
クローディアは顔を上げ、涙に濡れた目でフローラを見つめた。その瞳には自己嫌悪と、ドレイクに対する燃えるような怒りが宿っていた。
叔母は魂ごと泣いているようだった。取り繕うことのない謝罪の言葉に、フローラの心の中で硬く凍り付いていた何かが、少しずつ溶け出していくのを感じた。ずっと一人で抱え込んできた苦しみと怒りが和らぐような気がした。
(叔母様も……苦しんでいる)
この人もまた、ドレイクという役者に騙された被害者の一人なのかもしれない。
「叔母様…もう、お顔をお上げください。叔母様のお気持ちは…痛いほどわかりましたから」
フローラは、静かにクローディアの肩に手を置いた。その声は、まだ微かに震えていたが、先程までの刺々しさは消えていた。
クローディアは、それでもしばらく顔を上げられずにいたが、やがてゆっくりと体を起こした。その目元は赤く腫れていたが、瞳の奥には決意にも似た強い光が灯り始めていた。
「フローラ…こんな言葉では、あなたの苦しみの万分の一も償えないことはわかっているわ。でも…でも、このまま黙って引き下がる私ではないことだけは、誓って言える」
叔母は、ハンカチで涙を拭うとフローラの手を強く握りしめた。
「あのドレイクという男と、その図々しい家族、そしてどこから湧いて出たのか知らないけれど、その愛人! 全員まとめて、この私が、社交界から…いいえ、この国から叩き出してやるわ! 私の名誉にかけて!」
その声には、さっきまでの謝罪の悲しみや弱々しさはなく、侯爵夫人としての誇りと猛々しい怒りが込められていた。それは、フローラが今まで見たことのないクローディアの一面だった。
(ああ…叔母様は、ただ謝るだけの人ではなかったのね)
フローラの胸に、確かな希望の灯がともった気がした。孤独な戦いだと思っていた。しかし、今、目の前には、強力な味方になってくれそうな人物がいる。
心の氷が溶けた後に残ったのは怒りだけではない。共に戦う者を得たことによる安心と、これから始まる反撃への新たな覚悟だった。
「叔母様…ありがとうございます。そのお言葉だけで…私は、戦える気がします」
フローラの瞳にも再び力が戻り始めていた。二人の女性の間に、連帯感が生まれようとしていた。それは、裏切りと絶望から生まれた何よりも強い絆となるかもしれなかった。
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