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第13話
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「イザベラ嬢の手、振り払ってやろうかと思ったけど」
「……」
「お前がどんな顔するか、見たかった」
ひどい人。私の気持ちを知っていて、わざと試すようなことをするなんて。こんなふうに無神経に、私を追い詰めるなんて本当にひどい。悔しくて腹が立って、心の中でその感情がぐるぐると渦巻くけれど、それ以上に彼が愛おしくて、どうしようもなく胸が苦しくなる。
ふと、目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。こんなに切ない気持ちになるのは彼のせいなのに、どうしてこんなにも愛しく思えてしまうのだろう。
「……最低」
「ああ、最低だ」
カイルは、それを当然のように認めると、冷たい手で私の顎をくいっと持ち上げた。その動きには、どこか強引で支配的な力強さがあった。深緑の瞳が、月明かりに照らされながら、夜の闇よりもさらに深く私をじっと見つめる。
その瞳は、私をじっと見つめることで、私の一切を暴こうとしているかのように鋭く、またどこか不安を呼び起こす光を放っていた。視線が絡み合う度に、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、息を呑むことしかできなかった。彼の瞳に吸い込まれそうで、目をそらすことすらできない。
「でも、お前が悪いんだぞ。俺をこんなに夢中にさせる、お前が」
彼の言葉が耳元で響いた瞬間、私の胸が締め付けられた。無防備にその言葉を受け止めていると、彼の唇が私の唇に重なった。驚きで目を見開いたが、たちまち、その衝撃がすぐに深い感覚へと変わっていった。
それは初めてのキス。乱暴で、どこか焦ったような強引さがありながらも、どこまでも優しさを感じるものだった。彼の唇の温もり、その裏に隠された焦がれるような想いが、じわじわと私の心に流れ込んできて、どうしようもなく胸が熱くなった。
もうダメだ。抗おうと思うことすらできない。彼の存在が、私のすべてを包み込んでいるような感覚に陥っていく。目を閉じた私は、自然と手を彼の背中に回してぎゅっと引き寄せた。心の中で何もかもが解けていくような、ただ彼を求める気持ちだけが強くなっていった。
◇
キスをしてから、私たちの間に流れる空気は、以前よりもずっと甘くて心地よいものに変わった。
「……また、俺の顔見てにやけてる」
「にやけてないです」
公爵邸の私の部屋。すっかり自分の部屋みたいにくつろいでいるカイルが、ソファの向こうから呆れたように言う。私は読んでいた本から顔を上げて、むっと唇を尖らせてみせた。
「嘘つけ。絶対、俺との結婚式のことで妄想してたろ」
「してません。この歴史小説の主人公が、あまりに愚かで可哀想で、同情の笑みを浮かべていただけです」
「ふうん」
カイルは信じていない顔で、ぱらぱらとファッション雑誌のページをめくっている。彼が私の部屋にいること。それが、当たり前の日常になっている。学園では決して見せないリラックスした表情。少しだけ開かれたシャツの襟元。投げ出された長い脚。そのすべてが私だけのもの。その事実が、血液に砂糖を溶かしたみたいに私を甘く痺れさせる。
「なあ」
「はい」
「これくらいの髪の長さも、いいよな」
彼が指差したページには、肩のあたりでふわりと髪を揺らす、外国のモデルが写っていた。鎖骨のラインをなぞるような、軽やかなミディアムヘア。
「……そう、ですね」
その何気ない一言が、私の心臓に小さな石を投げ込んだ。波紋が、静かに広がっていく。私の髪は、胸の下まであるロングヘアだ。フレックスと婚約していた頃、彼が『エリーゼの長い髪は、金の絹糸のようだね』と褒めてくれたから、ずっと伸ばし続けていた。それはもう、過去の男から受けた見えない呪いのように感じられた。
「……」
「お前がどんな顔するか、見たかった」
ひどい人。私の気持ちを知っていて、わざと試すようなことをするなんて。こんなふうに無神経に、私を追い詰めるなんて本当にひどい。悔しくて腹が立って、心の中でその感情がぐるぐると渦巻くけれど、それ以上に彼が愛おしくて、どうしようもなく胸が苦しくなる。
ふと、目の奥が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。こんなに切ない気持ちになるのは彼のせいなのに、どうしてこんなにも愛しく思えてしまうのだろう。
「……最低」
「ああ、最低だ」
カイルは、それを当然のように認めると、冷たい手で私の顎をくいっと持ち上げた。その動きには、どこか強引で支配的な力強さがあった。深緑の瞳が、月明かりに照らされながら、夜の闇よりもさらに深く私をじっと見つめる。
その瞳は、私をじっと見つめることで、私の一切を暴こうとしているかのように鋭く、またどこか不安を呼び起こす光を放っていた。視線が絡み合う度に、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、息を呑むことしかできなかった。彼の瞳に吸い込まれそうで、目をそらすことすらできない。
「でも、お前が悪いんだぞ。俺をこんなに夢中にさせる、お前が」
彼の言葉が耳元で響いた瞬間、私の胸が締め付けられた。無防備にその言葉を受け止めていると、彼の唇が私の唇に重なった。驚きで目を見開いたが、たちまち、その衝撃がすぐに深い感覚へと変わっていった。
それは初めてのキス。乱暴で、どこか焦ったような強引さがありながらも、どこまでも優しさを感じるものだった。彼の唇の温もり、その裏に隠された焦がれるような想いが、じわじわと私の心に流れ込んできて、どうしようもなく胸が熱くなった。
もうダメだ。抗おうと思うことすらできない。彼の存在が、私のすべてを包み込んでいるような感覚に陥っていく。目を閉じた私は、自然と手を彼の背中に回してぎゅっと引き寄せた。心の中で何もかもが解けていくような、ただ彼を求める気持ちだけが強くなっていった。
◇
キスをしてから、私たちの間に流れる空気は、以前よりもずっと甘くて心地よいものに変わった。
「……また、俺の顔見てにやけてる」
「にやけてないです」
公爵邸の私の部屋。すっかり自分の部屋みたいにくつろいでいるカイルが、ソファの向こうから呆れたように言う。私は読んでいた本から顔を上げて、むっと唇を尖らせてみせた。
「嘘つけ。絶対、俺との結婚式のことで妄想してたろ」
「してません。この歴史小説の主人公が、あまりに愚かで可哀想で、同情の笑みを浮かべていただけです」
「ふうん」
カイルは信じていない顔で、ぱらぱらとファッション雑誌のページをめくっている。彼が私の部屋にいること。それが、当たり前の日常になっている。学園では決して見せないリラックスした表情。少しだけ開かれたシャツの襟元。投げ出された長い脚。そのすべてが私だけのもの。その事実が、血液に砂糖を溶かしたみたいに私を甘く痺れさせる。
「なあ」
「はい」
「これくらいの髪の長さも、いいよな」
彼が指差したページには、肩のあたりでふわりと髪を揺らす、外国のモデルが写っていた。鎖骨のラインをなぞるような、軽やかなミディアムヘア。
「……そう、ですね」
その何気ない一言が、私の心臓に小さな石を投げ込んだ。波紋が、静かに広がっていく。私の髪は、胸の下まであるロングヘアだ。フレックスと婚約していた頃、彼が『エリーゼの長い髪は、金の絹糸のようだね』と褒めてくれたから、ずっと伸ばし続けていた。それはもう、過去の男から受けた見えない呪いのように感じられた。
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