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第12話
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私とカイルの関係は、屋敷の使用人たちの間では公然の秘密になりつつあった。でも、誰も何も言わない。みんな、傷ついた私を心配してくれていたし、カイルの真剣さを感じ取っていたからだろう。
学園では冷徹な氷の王子、家では温情な優しい王子。そのギャップを知っているのは、世界で私だけ。その事実が、くすぐったいような誇らしいような気持ちにさせた。
学園からの帰り道、突然の夕立に見舞われた。雨宿りできる場所もなく、ずぶ濡れになるのを覚悟した瞬間、ふわりと大きな影に包まれた。
「エリーゼ、入れ」
カイルが、自分のマントを傘のようにして、私を中に入れてくれた。二人で寄り添うと、マントの中は不思議な安心感に包まれる。雨の音と、彼の心臓の音だけが聞こえる。
「……ありがとう」
「風邪、ぶり返すだろ」
周りの生徒たちは、王子の奇行に驚いて遠巻きに見ているだけ。カイルはそんな視線、気にも留めていない。マントの下で、彼がそっと私の手を握った。誰にも見えない二人だけの秘密。繋がれた手から伝わる温もりが、雨の冷たさを忘れさせてくれた。
◇
学園の設立記念パーティーの日がやってきた。きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑している。私は壁の花になるつもりで、隅の方でグラスを傾けていた。
主役は、もちろんカイルだ。純白の軍服に身を包んだ彼は、まさしく物語の中の王子様で、次から次へと令嬢たちが彼に群がっていく。その中の一人、侯爵令嬢のイザベラが特に積極的だった。カイルの腕に自分の腕を絡ませて、甘えた声で話しかけている。
カイルは、あからさまに迷惑そうな顔をしているけれど、それでも無下に追い払うことはしない。彼が誰かと話しているその様子が、私には耐えられなくて、胸がちりちりと焦げるように痛んだ。
嫉妬。なんて醜い感情だろう。それでも、どうしてもその感情を抑えることができない。私の心の中で、火が燃え広がるように苦しさが広がっていった。
その場にいることが耐えられなくなり、私は足を踏み出してバルコニーに向かった。ひんやりとした夜風が、火照った頬を優しく撫でていく。その冷たさが、少しだけ心を落ち着けてくれるような気がした。でも、胸の痛みはまだ消えない。
「――ヤキモチ、妬いた?」
背後から、意地悪そうな声がした。カイルだ。
「……別に」
「ふーん、顔に書いてあるけどな。『私のカイルに気安く触らないで』って」
「……書いてない」
むきになって言い返すと、カイルはくすくすと笑いながら私に近づいてきた。その笑い声は、どこか挑発的で私をからかうように響く。私は足を一歩後ろに引いたが、すぐにそれが無駄だと気づく。
逃げ場のないバルコニーの隅に、カイルはじわじわと近づき私を追い詰めた。背後には冷たい石壁が背を押し、目の前には彼の姿が迫ってきて呼吸が乱れるのを感じた。その圧迫感に、思わず心臓が速く跳ね上がる。逃げることも避けることもできない。
学園では冷徹な氷の王子、家では温情な優しい王子。そのギャップを知っているのは、世界で私だけ。その事実が、くすぐったいような誇らしいような気持ちにさせた。
学園からの帰り道、突然の夕立に見舞われた。雨宿りできる場所もなく、ずぶ濡れになるのを覚悟した瞬間、ふわりと大きな影に包まれた。
「エリーゼ、入れ」
カイルが、自分のマントを傘のようにして、私を中に入れてくれた。二人で寄り添うと、マントの中は不思議な安心感に包まれる。雨の音と、彼の心臓の音だけが聞こえる。
「……ありがとう」
「風邪、ぶり返すだろ」
周りの生徒たちは、王子の奇行に驚いて遠巻きに見ているだけ。カイルはそんな視線、気にも留めていない。マントの下で、彼がそっと私の手を握った。誰にも見えない二人だけの秘密。繋がれた手から伝わる温もりが、雨の冷たさを忘れさせてくれた。
◇
学園の設立記念パーティーの日がやってきた。きらびやかなシャンデリアの下、着飾った貴族たちが談笑している。私は壁の花になるつもりで、隅の方でグラスを傾けていた。
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カイルは、あからさまに迷惑そうな顔をしているけれど、それでも無下に追い払うことはしない。彼が誰かと話しているその様子が、私には耐えられなくて、胸がちりちりと焦げるように痛んだ。
嫉妬。なんて醜い感情だろう。それでも、どうしてもその感情を抑えることができない。私の心の中で、火が燃え広がるように苦しさが広がっていった。
その場にいることが耐えられなくなり、私は足を踏み出してバルコニーに向かった。ひんやりとした夜風が、火照った頬を優しく撫でていく。その冷たさが、少しだけ心を落ち着けてくれるような気がした。でも、胸の痛みはまだ消えない。
「――ヤキモチ、妬いた?」
背後から、意地悪そうな声がした。カイルだ。
「……別に」
「ふーん、顔に書いてあるけどな。『私のカイルに気安く触らないで』って」
「……書いてない」
むきになって言い返すと、カイルはくすくすと笑いながら私に近づいてきた。その笑い声は、どこか挑発的で私をからかうように響く。私は足を一歩後ろに引いたが、すぐにそれが無駄だと気づく。
逃げ場のないバルコニーの隅に、カイルはじわじわと近づき私を追い詰めた。背後には冷たい石壁が背を押し、目の前には彼の姿が迫ってきて呼吸が乱れるのを感じた。その圧迫感に、思わず心臓が速く跳ね上がる。逃げることも避けることもできない。
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