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第8話
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王都ノクスヘルムまでの道のりは、思った以上に長かった。
私の住んでいた田舎町から、馬車に揺られて、揺られて、何日経っただろう。景色は少しずつ緑の多い田園風景から、石造りの建物が目立つ賑やかな街並みへと変わっていった。
「先生、疲れていませんか? もう少しで次の宿場町に着きますから」
向かいの席に座るレオナールが、心配そうに私の顔を覗き込む。揺れる馬車の中でも、彼は少しも姿勢を崩さない。さすが、昔から体幹が良かっただけのことはある、なんて、どうでもいいことを考えてしまう。
「だ、大丈夫よ。これくらい平気」
強がってはみたものの、慣れない長旅は確実に私の体力を奪っていた。背中も腰も、もう自分のものじゃないみたいにバキバキだ。
その夜、宿場町で一番良いとされる宿屋に泊まることになった。もちろん、レオナールが王家の紋章を見せて手配してくれた、最高級の部屋だ。一人で使うには広すぎるベッドに倒れ込みたい衝動を抑え、まずは夕食のために階下の食堂へ向かう。
「先生、こちらへ」
レオナールが、さりげなく私のために椅子を引いてくれる。そんな紳士的な振る舞いに、いちいち心臓がきゅっと音を立てるのが恥ずかしい。彼は、私が知っているやんちゃな少年では、もうないのだ。
運ばれてきた料理は、どれも王都風の洗練されたものばかり。美味しいけれど、なんだか少し落ち着かない。そんな私の心情を見透かしたように、レオナールがふっと笑った。
「先生の作るポトフが恋しいですか?」
「えっ!? なんで分かったの?」
「顔に書いてありましたから」
彼はそう言うと、私の皿に乗っていた私が少し苦手なキノコのソテーを、自分の皿へと黙って移した。あまりにも自然な仕草で。
「……レオ、あなた、私がこれ苦手なの覚えててくれたの?」
「もちろんです。先生のことなら、何でも」
当たり前のように言ってのける彼の横顔は、食堂の柔らかな光に照らされて、息をするのも惜しいほど綺麗だった。だめだ、心臓がもたない。この旅が終わる頃には、私の心臓はすり減ってなくなってしまうんじゃないだろうか。
食事の後、部屋に戻る前に、宿屋のバルコニーで少しだけ夜風に当たっていた。満月の澄んだ光が、夜空いっぱいに広がっていた。
「先生」
隣に立ったレオナールが、静かな声で言った。
「先生が王都に来てくれて、本当に嬉しいんです。あの日……僕が王都へ旅立つ日、先生に誓った約束を、ずっと忘れたことはありませんでしたから」
『偉くなったら、先生と結婚します!』
あの時の言葉が、鮮明に思い出される。彼の声は、あの頃よりもずっと低く、そして甘く響く。
「子供の戯言だって、笑って忘れてくれてもよかったのに。僕は、本気でした。今も、本気です」
彼の蒼い瞳が、私に向けられた瞬間、時間が止まったようだった。その真剣な眼差しに、私は何も言えなくなってしまう。ただ、頬が熱くなるのを感じながら、俯くことしかできなかった。
そんな甘くて、少し気まずいような時間が、王都までの長い旅路、馬車の揺れの中でも宿屋の静けさの中でも、何日も続いた。そして、私たちはついに、アルセヴィア王国の首都、ノクスヘルムに到着したのだ。
私の住んでいた田舎町から、馬車に揺られて、揺られて、何日経っただろう。景色は少しずつ緑の多い田園風景から、石造りの建物が目立つ賑やかな街並みへと変わっていった。
「先生、疲れていませんか? もう少しで次の宿場町に着きますから」
向かいの席に座るレオナールが、心配そうに私の顔を覗き込む。揺れる馬車の中でも、彼は少しも姿勢を崩さない。さすが、昔から体幹が良かっただけのことはある、なんて、どうでもいいことを考えてしまう。
「だ、大丈夫よ。これくらい平気」
強がってはみたものの、慣れない長旅は確実に私の体力を奪っていた。背中も腰も、もう自分のものじゃないみたいにバキバキだ。
その夜、宿場町で一番良いとされる宿屋に泊まることになった。もちろん、レオナールが王家の紋章を見せて手配してくれた、最高級の部屋だ。一人で使うには広すぎるベッドに倒れ込みたい衝動を抑え、まずは夕食のために階下の食堂へ向かう。
「先生、こちらへ」
レオナールが、さりげなく私のために椅子を引いてくれる。そんな紳士的な振る舞いに、いちいち心臓がきゅっと音を立てるのが恥ずかしい。彼は、私が知っているやんちゃな少年では、もうないのだ。
運ばれてきた料理は、どれも王都風の洗練されたものばかり。美味しいけれど、なんだか少し落ち着かない。そんな私の心情を見透かしたように、レオナールがふっと笑った。
「先生の作るポトフが恋しいですか?」
「えっ!? なんで分かったの?」
「顔に書いてありましたから」
彼はそう言うと、私の皿に乗っていた私が少し苦手なキノコのソテーを、自分の皿へと黙って移した。あまりにも自然な仕草で。
「……レオ、あなた、私がこれ苦手なの覚えててくれたの?」
「もちろんです。先生のことなら、何でも」
当たり前のように言ってのける彼の横顔は、食堂の柔らかな光に照らされて、息をするのも惜しいほど綺麗だった。だめだ、心臓がもたない。この旅が終わる頃には、私の心臓はすり減ってなくなってしまうんじゃないだろうか。
食事の後、部屋に戻る前に、宿屋のバルコニーで少しだけ夜風に当たっていた。満月の澄んだ光が、夜空いっぱいに広がっていた。
「先生」
隣に立ったレオナールが、静かな声で言った。
「先生が王都に来てくれて、本当に嬉しいんです。あの日……僕が王都へ旅立つ日、先生に誓った約束を、ずっと忘れたことはありませんでしたから」
『偉くなったら、先生と結婚します!』
あの時の言葉が、鮮明に思い出される。彼の声は、あの頃よりもずっと低く、そして甘く響く。
「子供の戯言だって、笑って忘れてくれてもよかったのに。僕は、本気でした。今も、本気です」
彼の蒼い瞳が、私に向けられた瞬間、時間が止まったようだった。その真剣な眼差しに、私は何も言えなくなってしまう。ただ、頬が熱くなるのを感じながら、俯くことしかできなかった。
そんな甘くて、少し気まずいような時間が、王都までの長い旅路、馬車の揺れの中でも宿屋の静けさの中でも、何日も続いた。そして、私たちはついに、アルセヴィア王国の首都、ノクスヘルムに到着したのだ。
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