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第13話
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「……至れり尽くせり、だわ」
その夜、広すぎるベッドの上で、私は一人ぽつりと呟いた。
この立派な肩書きも、この豪華な宿も、全部教え子たちのお膳立て。今日の食事だって、彼らに奢ってもらった。
申し訳ない。情けない。そして、怖い。
こんな田舎の医療魔法師を、特別指南役にまで推薦して、レオナールは一体どうしたいんだろう。彼は、私の何にそんな価値を見出してくれているの?
「期待に、応えられないよ……」
枕に顔を埋めて、弱々しい小言を漏らす。不安で、胸が押しつぶされそうだった。
そして次の日。
私は、レオナールと並んで、改めて医療魔法師団の施設を案内されていた。
「ここは研修室で、回復術の実技講習が行われています。あそこで指導しているのが、上級医療師のロデリックです」
ガラス張りの向こうでは、何人もの若い医療魔法師たちが、真剣な顔で訓練に励んでいる。ロデリック……あの子も、私の教え子だ。昔は引っ込み思案だったのに、今では堂々と後輩を指導している。
「あちらの演習棟では、日々、より高度な治療魔法の応用訓練が積まれています」
レオナールが指さす先では、目も眩むような光が飛び交っていた。あれは、私が教科書でしか見たことのないような、高難易度の術式だ。
すごい! すごい、としか言いようがない。
こんな、才能と努力の結晶みたいな子たちに、私が教えられることなんて、本当に一つでもあるのだろうか? 私の知識なんて、もうとっくに時代遅れの、古臭いものなのに。
そう思っていた、その時だった。
「みんな、少し手を止めて、こちらに注目してほしい」
レオナールの声が、訓練場に響き渡る。訓練をしていた見習い医療師たちが、一斉にこちらを向いた。
「今日は本来の予定を少し変更して、昨日着任されたセシリア先生、モントヴェール氏に、特別にご指南いただくことになった。昨日も言ったが、くれぐれも失礼のないように」
……はい?
今、何か、ものすごく聞き捨てならないことを言われたような気がする。特別に、ご指南? 私が? この優秀な子たちに?
「先生、それでは、よろしくお願いします」
レオナールが、私の方を向いて深々と頭を下げた。
「ここにいるのは、まだ医療師団に入ったばかりの見習いたちです。どうか、お手柔らかに、ご指導いただければ……」
待って。待って待って、聞いてない!
何がお手柔らかによ! 見習いとはいえ、医療魔法の専門学園をトップクラスの成績で卒業した、才能の塊みたいな子たちなんでしょ!? そんなエリートたちを、私が教え導けっていうの!? 無理! 絶対無理! 無理ゲーって、こういう時に使う言葉なのね!
私が内心で絶叫していると、レオナールがそっと顔を上げた。その頬が、なぜか少しだけ赤らんでいる。私に向けられる瞳は、絶対的な信頼と、それ以上の熱を帯びていて、私は何も言えなくなってしまった。
ああ、もう。この子は、本気で私に期待しているんだ。その気持ちを、裏切るわけには……。
でも、私の決意とは裏腹に、見習いたちの間からは、案の定、厳しいささやき声が聞こえてきた。
「レオナール様の言葉を疑うわけじゃないけど……」
「大典医様が、まだお小さかった頃に、偶然教えてもらったっていうだけの田舎の医療魔法師に、私たちが教わることがあるのかしら」
「ねぇ、どう見ても、そんなにすごそうには見えないよね……」
うん。うんうん。君たちの気持ち、痛いほどよく分かる。もっともな意見だ。私だって、逆の立場なら絶対にそう思うもの。君たちの、視線が本当に痛い。
身の置きどころがないとは、こういう気持ちを言うのだろう。恥ずかしさが込み上げ、できることならこの場から姿を消してしまいたかった。地面にでも沈んでしまいたい――そんな思いで胸がいっぱいだった。
その夜、広すぎるベッドの上で、私は一人ぽつりと呟いた。
この立派な肩書きも、この豪華な宿も、全部教え子たちのお膳立て。今日の食事だって、彼らに奢ってもらった。
申し訳ない。情けない。そして、怖い。
こんな田舎の医療魔法師を、特別指南役にまで推薦して、レオナールは一体どうしたいんだろう。彼は、私の何にそんな価値を見出してくれているの?
「期待に、応えられないよ……」
枕に顔を埋めて、弱々しい小言を漏らす。不安で、胸が押しつぶされそうだった。
そして次の日。
私は、レオナールと並んで、改めて医療魔法師団の施設を案内されていた。
「ここは研修室で、回復術の実技講習が行われています。あそこで指導しているのが、上級医療師のロデリックです」
ガラス張りの向こうでは、何人もの若い医療魔法師たちが、真剣な顔で訓練に励んでいる。ロデリック……あの子も、私の教え子だ。昔は引っ込み思案だったのに、今では堂々と後輩を指導している。
「あちらの演習棟では、日々、より高度な治療魔法の応用訓練が積まれています」
レオナールが指さす先では、目も眩むような光が飛び交っていた。あれは、私が教科書でしか見たことのないような、高難易度の術式だ。
すごい! すごい、としか言いようがない。
こんな、才能と努力の結晶みたいな子たちに、私が教えられることなんて、本当に一つでもあるのだろうか? 私の知識なんて、もうとっくに時代遅れの、古臭いものなのに。
そう思っていた、その時だった。
「みんな、少し手を止めて、こちらに注目してほしい」
レオナールの声が、訓練場に響き渡る。訓練をしていた見習い医療師たちが、一斉にこちらを向いた。
「今日は本来の予定を少し変更して、昨日着任されたセシリア先生、モントヴェール氏に、特別にご指南いただくことになった。昨日も言ったが、くれぐれも失礼のないように」
……はい?
今、何か、ものすごく聞き捨てならないことを言われたような気がする。特別に、ご指南? 私が? この優秀な子たちに?
「先生、それでは、よろしくお願いします」
レオナールが、私の方を向いて深々と頭を下げた。
「ここにいるのは、まだ医療師団に入ったばかりの見習いたちです。どうか、お手柔らかに、ご指導いただければ……」
待って。待って待って、聞いてない!
何がお手柔らかによ! 見習いとはいえ、医療魔法の専門学園をトップクラスの成績で卒業した、才能の塊みたいな子たちなんでしょ!? そんなエリートたちを、私が教え導けっていうの!? 無理! 絶対無理! 無理ゲーって、こういう時に使う言葉なのね!
私が内心で絶叫していると、レオナールがそっと顔を上げた。その頬が、なぜか少しだけ赤らんでいる。私に向けられる瞳は、絶対的な信頼と、それ以上の熱を帯びていて、私は何も言えなくなってしまった。
ああ、もう。この子は、本気で私に期待しているんだ。その気持ちを、裏切るわけには……。
でも、私の決意とは裏腹に、見習いたちの間からは、案の定、厳しいささやき声が聞こえてきた。
「レオナール様の言葉を疑うわけじゃないけど……」
「大典医様が、まだお小さかった頃に、偶然教えてもらったっていうだけの田舎の医療魔法師に、私たちが教わることがあるのかしら」
「ねぇ、どう見ても、そんなにすごそうには見えないよね……」
うん。うんうん。君たちの気持ち、痛いほどよく分かる。もっともな意見だ。私だって、逆の立場なら絶対にそう思うもの。君たちの、視線が本当に痛い。
身の置きどころがないとは、こういう気持ちを言うのだろう。恥ずかしさが込み上げ、できることならこの場から姿を消してしまいたかった。地面にでも沈んでしまいたい――そんな思いで胸がいっぱいだった。
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