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第14話
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重苦しい空気が、研修室にずしりと圧し掛かる。どうしよう。何か言わないと。でも、何を?
その時だった。
「先生! お久しぶりっす!」
その空気を、まるでサッカーボールみたいに軽々と蹴り飛ばすような、明るくて元気な声が響いた。声のした方を見ると、小柄な青年が、人混みをかき分けてこちらに走ってくるところだった。
彼の顔を見て、私の心にぱっと光が灯る。
「もしかして……オルフェウス?」
「そうっす! やっとセシリア先生に挨拶ができました!」
にぱっと笑う顔は、少年の頃と少しも変わっていなかった。オルフェウス。彼は昔から、クラスのムードメーカーだった。小柄で、いつも元気で、太陽みたいな子。今は《上級医療師》として、ここで活躍していると聞いている。
「オルフェウス……。立派になって。今は上級医療師なんですってね。私も、嬉しいわ」
「そんな! 俺なんてまだまだっすよ!」
私が褒めると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。その仕草も、昔のままだ。
「また先生に教えてもらえるなんて、最高っす! 先生に言われた通り、ストイックに毎日を積み重ねてるっす!」
私の心の、一番柔らかい場所を、優しく叩いた。その、曇りのない真っ直ぐな言葉。吸い込まれてしまうほど、かわいい笑顔。その裏の、誰にも知られなかった地道な歩みが、ついに実を結んだ。上級医療師は、不屈の鍛錬が生んだ彼の勝利の証。
『僕、先生に褒めてもらったこの努力で、王都で一番すごい医療師になるっす! そしたら、レオやアレリオなんかに負けないで、僕が先生と結婚するっすから!』
そうだ! 思い出した。この子も、言っていた。
王都へ旅立つ日。レオナールやアレリオを真似するように、でも、彼らとは違う彼自身の言葉で。体の小ささや、才能の伸びに悩んでいた彼に、私が『あなたは誰よりも努力家よ』と言った。ただそれだけのこと。それを、彼はこんなにも大切に覚えていてくれたなんて。
レオナールも、アレリオも、そして、オルフェウスも。
みんな、私の知らないところで、こんなに立派に、強く、成長して。
それなのに、私はどうだ。
いつまでも過去に囚われて、うじうじして、教え子たちに助けられてばかりで。その時、ふと、妹のローラと、私の婚約者だったエリオットの顔を思い浮かべた。
二人は結婚して王都で幸せに暮らしているんだ。伯爵夫人になったローラは、今ごろ豪華な館で、何不自由ない夢のような生活をしているんでしょうね。
妹のことを思い出すたび、胸が締めつけられるように苦しくなる。でも、それ以上に、どうしようもなく、教え子たちが立派に育ってくれたことが、心からうれしくてならない。
ぽろり、と。私の目から、まつげの先で震えた雫が、静かに落ちていった。
「えっ!? せ、先生、どうなされましたか!?」
「セシリア先生、大丈夫っすか!?」
私の突然の涙に、レオナールとオルフェウスが、どうしていいかわからない様子だった。周りの見習いたちも、困惑した顔でこちらを見ている。あの人、突然泣き出したわ? そんな顔をしている。
「ご、ごめんなさい……。なんでもないの。ただ……みんな、本当に大きくなったなって、気づけば、しみじみとした気持ちになってしまって……」
涙声で、つっかえながらも思いを伝えた。いつまでも、こんな風に助けられてばかりじゃいけない。私は、この子たちの先生なんだから。ちゃんと、しなくちゃ。
私は、ただの田舎の医療魔法師だ。それでいい。今の私にできることを、心をこめて最後までやり抜こう。
そう覚悟を決めて、涙を拭い、顔を上げた。その時だった。
「失礼いたします、大典医様、オルフェウス様」
ひんやりとした透明感のある声が、場の空気を引き締めた。私は、その声を耳にした瞬間、思わず姿勢を正してしまった。見習いの一人である。栗色の髪をきっちりと結い上げた知的な雰囲気の少女が、すっと前に進み出てきた。
その時だった。
「先生! お久しぶりっす!」
その空気を、まるでサッカーボールみたいに軽々と蹴り飛ばすような、明るくて元気な声が響いた。声のした方を見ると、小柄な青年が、人混みをかき分けてこちらに走ってくるところだった。
彼の顔を見て、私の心にぱっと光が灯る。
「もしかして……オルフェウス?」
「そうっす! やっとセシリア先生に挨拶ができました!」
にぱっと笑う顔は、少年の頃と少しも変わっていなかった。オルフェウス。彼は昔から、クラスのムードメーカーだった。小柄で、いつも元気で、太陽みたいな子。今は《上級医療師》として、ここで活躍していると聞いている。
「オルフェウス……。立派になって。今は上級医療師なんですってね。私も、嬉しいわ」
「そんな! 俺なんてまだまだっすよ!」
私が褒めると、彼は照れくさそうに頭を掻いた。その仕草も、昔のままだ。
「また先生に教えてもらえるなんて、最高っす! 先生に言われた通り、ストイックに毎日を積み重ねてるっす!」
私の心の、一番柔らかい場所を、優しく叩いた。その、曇りのない真っ直ぐな言葉。吸い込まれてしまうほど、かわいい笑顔。その裏の、誰にも知られなかった地道な歩みが、ついに実を結んだ。上級医療師は、不屈の鍛錬が生んだ彼の勝利の証。
『僕、先生に褒めてもらったこの努力で、王都で一番すごい医療師になるっす! そしたら、レオやアレリオなんかに負けないで、僕が先生と結婚するっすから!』
そうだ! 思い出した。この子も、言っていた。
王都へ旅立つ日。レオナールやアレリオを真似するように、でも、彼らとは違う彼自身の言葉で。体の小ささや、才能の伸びに悩んでいた彼に、私が『あなたは誰よりも努力家よ』と言った。ただそれだけのこと。それを、彼はこんなにも大切に覚えていてくれたなんて。
レオナールも、アレリオも、そして、オルフェウスも。
みんな、私の知らないところで、こんなに立派に、強く、成長して。
それなのに、私はどうだ。
いつまでも過去に囚われて、うじうじして、教え子たちに助けられてばかりで。その時、ふと、妹のローラと、私の婚約者だったエリオットの顔を思い浮かべた。
二人は結婚して王都で幸せに暮らしているんだ。伯爵夫人になったローラは、今ごろ豪華な館で、何不自由ない夢のような生活をしているんでしょうね。
妹のことを思い出すたび、胸が締めつけられるように苦しくなる。でも、それ以上に、どうしようもなく、教え子たちが立派に育ってくれたことが、心からうれしくてならない。
ぽろり、と。私の目から、まつげの先で震えた雫が、静かに落ちていった。
「えっ!? せ、先生、どうなされましたか!?」
「セシリア先生、大丈夫っすか!?」
私の突然の涙に、レオナールとオルフェウスが、どうしていいかわからない様子だった。周りの見習いたちも、困惑した顔でこちらを見ている。あの人、突然泣き出したわ? そんな顔をしている。
「ご、ごめんなさい……。なんでもないの。ただ……みんな、本当に大きくなったなって、気づけば、しみじみとした気持ちになってしまって……」
涙声で、つっかえながらも思いを伝えた。いつまでも、こんな風に助けられてばかりじゃいけない。私は、この子たちの先生なんだから。ちゃんと、しなくちゃ。
私は、ただの田舎の医療魔法師だ。それでいい。今の私にできることを、心をこめて最後までやり抜こう。
そう覚悟を決めて、涙を拭い、顔を上げた。その時だった。
「失礼いたします、大典医様、オルフェウス様」
ひんやりとした透明感のある声が、場の空気を引き締めた。私は、その声を耳にした瞬間、思わず姿勢を正してしまった。見習いの一人である。栗色の髪をきっちりと結い上げた知的な雰囲気の少女が、すっと前に進み出てきた。
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