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第16話
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「願ってもない好機だと思います」
そんな私の、望みにすがる想いを、彼は冷たく打ち砕いた。
にこり。
効果音がつきそうなほど、完璧な笑顔で彼は言った。
「セシリア先生の実力を皆に知ってもらう、またとない機会だ。それでは、この勝負、ここにいる全員に、しっかりと見届けてもらいましょう」
え?
私の耳、おかしくなっちゃったのかな。今、この子、とんでもないこと言わなかった?
レオナールのその一言は、まるで号砲だった。静まり返っていた研修室は、一気に騒がしくなる。
「ねえ、聞いた? 新しい指南役の先生が、あのアナベルと勝負するらしい!」
「これは何の集まりですか? え、癒しの模擬治療の腕比べ!?」
「正直、アナベルが勝つでしょうね。相手は田舎から来た、ただの医療魔法師らしいし」
「そうよねぇ。学園を卒業したばかりとはいえ、アナベルの腕前は、並の正医療師を超えてるって、みんなが言ってるわ」
「補佐医療師の私じゃ、全然彼女の技術にはかなわなかったわ……」
噂は噂を呼び、研修室にはあっという間に人だかりができていた。上級医療師も、補佐医療師も、果ては事務方の人まで。もう、完全に後には引けない。公開処刑の舞台は、完璧に整えられてしまった。
無理もない。王国直属の医療魔法師団は、各地の学園において優秀な成績を収めた者や、貴族階級のエリートが激しい競争を経て、ようやく入団できるほどの名門組織である。本来なら、地方の医療魔法師が、試験なしに所属できるような組織ではない。ましてや、選りすぐりの才能を持つ彼らの指導的な立場など、なおさらあり得ない話だ。
「なんか、セシリア先生が心配になってきたっす……」
オルフェウスの顔には、隠しきれないほどの心配が浮かんでいて、そのまま静かに言った。ありがとう、オルフェウス。君だけが私の味方よ。
「アナベルは確かに優秀だ。だが、セシリア先生は、常識では到底測れない存在だ。あの人は、ただ一人、別の世界に立っている」
隣に立つレオナールは、涼しい顔で正気とは思えぬ発言をする。その顔からは、心配の影も形もなかった。それどころか、なぜか、ほんの少しだけ楽しそうに見える。その瞳は、まるでこれから始まる最高のエンターテイメントを待つ観客のように、キラキラと輝いていた。
なぜ? なんでこの子は、私が勝つって確信しているような顔をしているの?
その時、私はまだ知らなかった。彼が抱いている私への信頼が、私が思うよりずっと深くて、重くて、そして揺るぎないものであることを。
勝負を前にして、挑戦者であるアナベルさんは、静かに闘志を燃やしていた。
(大典医レオナール様に、かつて医療魔法を教えた方が、特別指南役として任命される――その報せを聞いた時、私の胸は期待に踊ったわ。あの方を育てた師とは、どれほど偉大な方なのだろう、と)
(けれど、実際に現れたセシリア・モントヴェールという女性は……。どこか気弱な挨拶に、自信なさげな目線。とてもじゃないけれど、あのレオナール様を育て、一目置かれるような人間には見えなかった)
(私は、ふと黒い疑惑を感じた。レオナール様は、誰に対しても優しく、恩や礼を決して忘れぬ誠実な方だ。もし、教えを受けた方に『指南役にしてほしい』と泣きつかれたら、その性格ゆえに、NOとは言えなかったのだろう)
(私の、ただの勘違いであればいい。けれど、万が一にも、あの方がレオナール様の名声を利用して医療魔法師団にすり寄る、品性に欠ける人なら……容赦はしない。この私が、レオナール様の名誉にかけて、成敗して差し上げますわ!)
アナベルさんの、そんな熱い決意を知る由もない私は、ただただ胃の痛みに耐えていた。
レオナールが、野次馬たちをかき分けて前に出る。
「では、これより、特別指南役セシリア・モントヴェール氏と、見習い医療師アナベル・クラウゼンによる、癒しの模擬治療試験を開始する! 勝負内容は、日頃から皆が行っている基本的なものだ。これならば、セシリア先生の実力が、誰の目にも明確にわかるだろう」
基本的な勝負。その言葉に、心の緊張が、わずかに和らいだ。でも、この国の基本が、私の知る基本と同じとは限らない。
やがて、二体の人型の模擬患者(マネキンみたいなもの)が、研修室の中央に運び込まれた。
「模擬患者にランダムで生成される模擬傷、及び模擬疾患を、同時に治療開始。より速く、より正確に、全ての治療を完了させた者を勝者とする!」
治癒スピードと、精度のバトル。医療魔法師団では、日常的に行われる腕試しの形式らしい。
「両者、準備はいいか?」
アナベルさんは、こくりと力強く頷く。私は、生返事しかできない。ああ、もう、本当にやるのね。
「始め!」
レオナールの張りのある声が、静まり返った研修室に響き渡った。
そんな私の、望みにすがる想いを、彼は冷たく打ち砕いた。
にこり。
効果音がつきそうなほど、完璧な笑顔で彼は言った。
「セシリア先生の実力を皆に知ってもらう、またとない機会だ。それでは、この勝負、ここにいる全員に、しっかりと見届けてもらいましょう」
え?
私の耳、おかしくなっちゃったのかな。今、この子、とんでもないこと言わなかった?
レオナールのその一言は、まるで号砲だった。静まり返っていた研修室は、一気に騒がしくなる。
「ねえ、聞いた? 新しい指南役の先生が、あのアナベルと勝負するらしい!」
「これは何の集まりですか? え、癒しの模擬治療の腕比べ!?」
「正直、アナベルが勝つでしょうね。相手は田舎から来た、ただの医療魔法師らしいし」
「そうよねぇ。学園を卒業したばかりとはいえ、アナベルの腕前は、並の正医療師を超えてるって、みんなが言ってるわ」
「補佐医療師の私じゃ、全然彼女の技術にはかなわなかったわ……」
噂は噂を呼び、研修室にはあっという間に人だかりができていた。上級医療師も、補佐医療師も、果ては事務方の人まで。もう、完全に後には引けない。公開処刑の舞台は、完璧に整えられてしまった。
無理もない。王国直属の医療魔法師団は、各地の学園において優秀な成績を収めた者や、貴族階級のエリートが激しい競争を経て、ようやく入団できるほどの名門組織である。本来なら、地方の医療魔法師が、試験なしに所属できるような組織ではない。ましてや、選りすぐりの才能を持つ彼らの指導的な立場など、なおさらあり得ない話だ。
「なんか、セシリア先生が心配になってきたっす……」
オルフェウスの顔には、隠しきれないほどの心配が浮かんでいて、そのまま静かに言った。ありがとう、オルフェウス。君だけが私の味方よ。
「アナベルは確かに優秀だ。だが、セシリア先生は、常識では到底測れない存在だ。あの人は、ただ一人、別の世界に立っている」
隣に立つレオナールは、涼しい顔で正気とは思えぬ発言をする。その顔からは、心配の影も形もなかった。それどころか、なぜか、ほんの少しだけ楽しそうに見える。その瞳は、まるでこれから始まる最高のエンターテイメントを待つ観客のように、キラキラと輝いていた。
なぜ? なんでこの子は、私が勝つって確信しているような顔をしているの?
その時、私はまだ知らなかった。彼が抱いている私への信頼が、私が思うよりずっと深くて、重くて、そして揺るぎないものであることを。
勝負を前にして、挑戦者であるアナベルさんは、静かに闘志を燃やしていた。
(大典医レオナール様に、かつて医療魔法を教えた方が、特別指南役として任命される――その報せを聞いた時、私の胸は期待に踊ったわ。あの方を育てた師とは、どれほど偉大な方なのだろう、と)
(けれど、実際に現れたセシリア・モントヴェールという女性は……。どこか気弱な挨拶に、自信なさげな目線。とてもじゃないけれど、あのレオナール様を育て、一目置かれるような人間には見えなかった)
(私は、ふと黒い疑惑を感じた。レオナール様は、誰に対しても優しく、恩や礼を決して忘れぬ誠実な方だ。もし、教えを受けた方に『指南役にしてほしい』と泣きつかれたら、その性格ゆえに、NOとは言えなかったのだろう)
(私の、ただの勘違いであればいい。けれど、万が一にも、あの方がレオナール様の名声を利用して医療魔法師団にすり寄る、品性に欠ける人なら……容赦はしない。この私が、レオナール様の名誉にかけて、成敗して差し上げますわ!)
アナベルさんの、そんな熱い決意を知る由もない私は、ただただ胃の痛みに耐えていた。
レオナールが、野次馬たちをかき分けて前に出る。
「では、これより、特別指南役セシリア・モントヴェール氏と、見習い医療師アナベル・クラウゼンによる、癒しの模擬治療試験を開始する! 勝負内容は、日頃から皆が行っている基本的なものだ。これならば、セシリア先生の実力が、誰の目にも明確にわかるだろう」
基本的な勝負。その言葉に、心の緊張が、わずかに和らいだ。でも、この国の基本が、私の知る基本と同じとは限らない。
やがて、二体の人型の模擬患者(マネキンみたいなもの)が、研修室の中央に運び込まれた。
「模擬患者にランダムで生成される模擬傷、及び模擬疾患を、同時に治療開始。より速く、より正確に、全ての治療を完了させた者を勝者とする!」
治癒スピードと、精度のバトル。医療魔法師団では、日常的に行われる腕試しの形式らしい。
「両者、準備はいいか?」
アナベルさんは、こくりと力強く頷く。私は、生返事しかできない。ああ、もう、本当にやるのね。
「始め!」
レオナールの張りのある声が、静まり返った研修室に響き渡った。
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