27 / 29
第27話
しおりを挟む
「国民の皆様、そして来賓の皆様。今宵は、私の快復を祝う席に、ようこそおいでくださいました」
エリアス殿下の、よく通る声が響き渡る。
「私が原因不明の病に倒れ、生死の境をさまよっていたことは、皆様もご存知のことと思う。国中から最高の医療魔法師を集めても、私の命の灯火は消えかかっていた。私は、絶望の淵に立たされていた」
会場が、しんと静まり返る。
「その絶望から、私を救い出してくれた者がいる。彼女こそ、医療魔法師団の新たな指南役、セシリア嬢である!」
エリアス殿下がセシリア嬢の手を取り、高々と掲げた。
その瞬間、割れんばかりの拍手と喝采が、ホール全体を揺るがした。
セシリアは、深々と頭を下げる。その姿は、どこまでも謙虚で、美しかった。
「セシリア嬢。あなたには、なんと礼を言えばいいかわからない。あなたは、王家にとって、いや、この国にとっての宝だ。本当に、ありがとう」
王太子直々の、最大級の賛辞。
セシリアの名声は、今、この瞬間、揺るぎないものになった。
人々は彼女を『光の祝福者』と呼び、その功績を称えた。
エリオットは、その光景を、ただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。
「あれが、俺が隣を歩くはずだった女」
「……嘘よ」
隣から、か細い、信じられないという声が聞こえた。ローラだ。
彼女は、わなわなと震えながら、壇上のセシリアを睨みつけていた。
喝采が少しずつ鳴り止み、再び静寂が訪れようとした。その時だった。
「嘘よ! あんなの、全部嘘っぱちよ!」
ローラの金切り声が、静まりかけた会場に響き渡った。
しまった! と思ったが、もう遅い。
すべての視線が、一斉にエリオットとローラに突き刺さる。冷徹な視線に鋭さを加え、非難の意が滲み出ていた。
「あんな女に、王子様の病気が治せるはずないわ! きっと、王家に取り入るために、何か汚い手を使ったのよ! あいつはそういう女なの! 昔から、人のものを盗んでばかりの、泥棒猫なのよ!」
もう、誰もローラに同情しない。
王太子殿下が高く評価した人物を、公然と根拠もなく批判する。
それは、王家への侮辱と同義だ。
貴婦人たちは扇で口元を隠し、くすくすと笑い声を漏らす。男性貴族たちは、呆れたように首を振っている。
「ローラ! もうやめるんだ!」
エリオットは彼女の腕を掴み、無理やり黙らせようとした。
だが、ローラはそれを振り払い、さらに叫んだ。
「離して、エリオット様! あなたも騙されてるのよ! 私の方が、あの女より、私の方がずっと……」
「エリオット伯爵。奥方のご気分が優れないようだ。そろそろ、お引き取り願おうか」
冷たい声が、頭上から降ってきた。
見ると、近衛騎士団の団長が、氷のような目つきでエリオットを見下ろしている。
それは、命令だった。
これ以上、この場を汚すなという、無言の圧力。
エリオットは、もはや抵抗する気力も失せ、ローラの体を無理やり抱えるようにして、その場から逃げ出した。人々の冷徹な笑い声と哀れみの目を背中に受けながら歩く。大階段を転がるように降りていく途中、一度だけ、振り返ってしまった。
壇上に立つセシリアは、微かに困った表情を浮かべ、少し悲しそうな目で見ていた。
その隣で、レオナール大典医が、汚物でも見るかのような冷え切った目で、エリオットとローラに短く視線を投げかけた。
そして、彼はセシリアの肩を優しく抱き寄せると、彼女に何かを囁いた。セシリアはこくりと頷き、もうこちらを見ることはなかった。
「ああ、終わった……俺の人生も、伯爵家の名誉も、すべて」
エリオットは、ローラの細い体が必死に暴れる度に、その重みが自分の選んだ現実を象徴しているように感じていた。
エリアス殿下の、よく通る声が響き渡る。
「私が原因不明の病に倒れ、生死の境をさまよっていたことは、皆様もご存知のことと思う。国中から最高の医療魔法師を集めても、私の命の灯火は消えかかっていた。私は、絶望の淵に立たされていた」
会場が、しんと静まり返る。
「その絶望から、私を救い出してくれた者がいる。彼女こそ、医療魔法師団の新たな指南役、セシリア嬢である!」
エリアス殿下がセシリア嬢の手を取り、高々と掲げた。
その瞬間、割れんばかりの拍手と喝采が、ホール全体を揺るがした。
セシリアは、深々と頭を下げる。その姿は、どこまでも謙虚で、美しかった。
「セシリア嬢。あなたには、なんと礼を言えばいいかわからない。あなたは、王家にとって、いや、この国にとっての宝だ。本当に、ありがとう」
王太子直々の、最大級の賛辞。
セシリアの名声は、今、この瞬間、揺るぎないものになった。
人々は彼女を『光の祝福者』と呼び、その功績を称えた。
エリオットは、その光景を、ただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。
「あれが、俺が隣を歩くはずだった女」
「……嘘よ」
隣から、か細い、信じられないという声が聞こえた。ローラだ。
彼女は、わなわなと震えながら、壇上のセシリアを睨みつけていた。
喝采が少しずつ鳴り止み、再び静寂が訪れようとした。その時だった。
「嘘よ! あんなの、全部嘘っぱちよ!」
ローラの金切り声が、静まりかけた会場に響き渡った。
しまった! と思ったが、もう遅い。
すべての視線が、一斉にエリオットとローラに突き刺さる。冷徹な視線に鋭さを加え、非難の意が滲み出ていた。
「あんな女に、王子様の病気が治せるはずないわ! きっと、王家に取り入るために、何か汚い手を使ったのよ! あいつはそういう女なの! 昔から、人のものを盗んでばかりの、泥棒猫なのよ!」
もう、誰もローラに同情しない。
王太子殿下が高く評価した人物を、公然と根拠もなく批判する。
それは、王家への侮辱と同義だ。
貴婦人たちは扇で口元を隠し、くすくすと笑い声を漏らす。男性貴族たちは、呆れたように首を振っている。
「ローラ! もうやめるんだ!」
エリオットは彼女の腕を掴み、無理やり黙らせようとした。
だが、ローラはそれを振り払い、さらに叫んだ。
「離して、エリオット様! あなたも騙されてるのよ! 私の方が、あの女より、私の方がずっと……」
「エリオット伯爵。奥方のご気分が優れないようだ。そろそろ、お引き取り願おうか」
冷たい声が、頭上から降ってきた。
見ると、近衛騎士団の団長が、氷のような目つきでエリオットを見下ろしている。
それは、命令だった。
これ以上、この場を汚すなという、無言の圧力。
エリオットは、もはや抵抗する気力も失せ、ローラの体を無理やり抱えるようにして、その場から逃げ出した。人々の冷徹な笑い声と哀れみの目を背中に受けながら歩く。大階段を転がるように降りていく途中、一度だけ、振り返ってしまった。
壇上に立つセシリアは、微かに困った表情を浮かべ、少し悲しそうな目で見ていた。
その隣で、レオナール大典医が、汚物でも見るかのような冷え切った目で、エリオットとローラに短く視線を投げかけた。
そして、彼はセシリアの肩を優しく抱き寄せると、彼女に何かを囁いた。セシリアはこくりと頷き、もうこちらを見ることはなかった。
「ああ、終わった……俺の人生も、伯爵家の名誉も、すべて」
エリオットは、ローラの細い体が必死に暴れる度に、その重みが自分の選んだ現実を象徴しているように感じていた。
553
あなたにおすすめの小説
義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜
有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。
「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」
本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。
けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。
おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。
貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。
「ふふ、気づいた時には遅いのよ」
優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。
ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇!
勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅
みこと。
恋愛
アーノルド・ロッキムは裕福な伯爵家の当主だ。我が世の春を楽しみ、憂いなく遊び暮らしていたところ、引退中の親から子爵家の娘を嫁にと勧められる。
美人だと伝え聞く子爵の娘を娶ってみれば、田舎臭い冴えない女。
アーノルドは妻を離れに押し込み、顧みることなく、大切な約束も無視してしまった。
この縁談に秘められた、真の意味にも気づかずに──。
※全7話で完結。「小説家になろう」様でも掲載しています。
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)
みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです
顔文字があるけどウザかったらすみません
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる