ポーカーフェイスとキラースマイル

五月雨 雫

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誰のための感情か

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マナーモードを切っていたら、スマートフォンの通知音が鳴った。チャット用に設定している、ホルンの通知音だ。少年団で小学6年生から一緒に合気道を続けている友人がホルン演奏経験者だったから、その音色に設定していた。金管楽器なのにやわらかくて、綺麗な音だ。
通知を見ると、『君山洸』と送り主に書いてある。
あの君山が友達登録を?と思って、綾音は思わず自分の頭を叩いた。失礼だと思ったのだ。

≪電話したいんだけど、今日暇?いい時間教えて。すぐ終わる≫

月曜日、火曜日と学園祭二日間の代休で、学校は休みだった。
綾音の父親と母親はもちろん出勤しているので、綾音は自宅で数学の問題集を解いているところだった。
君山といえば、美青とのことはどうなっただろう。『決着』はついたのだろうか。
色々なことを脳裏に浮かべながら、綾音は返信をした。

≪家に一人でいるので暇です。今すぐでも大丈夫です≫

≪分かった。じゃあ俺からすぐにかける。時間は取らせない≫

君山からすぐに返事が来たと思ったら、着信音が鳴る。
誰かと自分から関わろうとしない性分の彼が、なんの用事なのだろうかと唾をゴクリと飲み込みながらボタンを押した。

「・・・はい、小松です」

「時間取らせて悪い。マジですぐに終わるから」

雑な口調に反して、恭しい態度である。

「俺さ、勘違いしてたから謝ろうと思って」

「・・・え?」

一体なんのことか分からず、綾音は眉をひそめた。君山の話は、結論から出てくるので、よく分からない。

「前に『黒瀬はやめとけ』って言ったろ。あれ、取り消す」

「どうして?」

「池田いるだろ?俺はずっと池田は黒瀬が好きなんだと思ってた。だから、黒瀬に意味で近付かれたくなかったんだよ。黒瀬、お前のことは大丈夫らしいし。池田はいつも欲しいものが取れない質だから、心配だったんだよ」

「うん」

「でも、池田が好きなのは別な奴らしいから」

「あの・・・大変失礼なんだけど、その人の名前は聞けた?」

恐る恐る綾音は質問する。

「随分と図太くなったもんだな」

君山は多少呆れたような、どこか諦めたような声を出した。
全て綾音にはお見通し、いや、美青が綾音を信頼して事情を説明していたのだと君山は考えた。

「昨日聞いたよ。ちゃんと分かったから、心配すんな」

「・・・聞けたんだ。ならよかった」

二人の関係性は変わらないままなのか、形を変えたのかについては綾音は気にしていなかった。
ただ、君山の声が酷く優しくなった気がして、なんとなく事の顛末が分かった気がした。
君山はその後少し沈黙した。綾音はとくに話題を無理に探さず、部屋で正座しながら君山を待つ。

「なぁ、俺の親は俺が3歳までにどっちも死んでて、父親のことも母親のことも、何ひとつ覚えてないって聞いたら、お前はどう思う?」

「え?なんとも思わないけど」

迷わず綾音は即答した。
試されているのかもしれない、ということは答えてから思いついた。

「へえ」

君山はそれだけ言うが、なんだか声が笑っている気がする。綾音は言葉を続けた。

「・・・可哀想って散々勘違いされてきたと思うから、私はそんな酷いこと言わないよ。決めるのは君山くんだから。それに、君山くんは全然気にしてないと思うし」

電話口から君山の小さな笑い声が聞こえてきた。普段から大きな足音で周囲を威嚇しているのと同じ人物と思えないような、控えめな笑い方だった。
綾音は初めて君山がまともに笑っているところを聞いた気がして、心がざわざわとした。
誰かの新たな一面を目の当たりにするのは嬉しい反面、知らない人といるようで緊張してしまう。

「池田と黒瀬がなんでお前を連れてきたかようやく分かったわ。ありがと。で、『黒瀬は手に負えない』って方だけど」

「うん」

「お前、黒瀬のこと『怖い』って思ったことある?」

「・・・あるよ。何回も」

「へえ。ならいいや。だったらあいつのことは煮るなり焼くなり好きにしろ。俺はもうどうでもいい」

軽やかな問答だった。君山がいつになく堰を切ったように話すのだ。
彼がその言葉を紡ぎ終えたとき、綾音の中でずっと気になっていたことが勝手に脳裏へと上がってきた。暑さを十分に蓄えたはずの綾音の部屋の温度が、少し下がった気がする。

「あの」

「なんだ」

「黒瀬くんのご家族って元気?」

『仲がいいんだな』
車の中で話をしたときの開の様子が、綾音はどうしても頭から離れなかった。蝶子と綾音のやり取りを見て、一体何を思ったのだろうか。
言葉以上の含みがあった気がして仕方がなかったのだ。

「黒瀬の家族?超元気だけど。みんないい人だし」

綾音は君山の不思議そうな声で、杞憂なのかと息をついた。

「ならいいの。ありがとう」

「・・・それなのにだから怖いんだよ」

君山の声色が暗くなった気がした。
きっと、君山も綾音も開に同じ怖さを抱えている。君山の言葉をひとつも取り逃してはいけない気がした。

「『生きててもいいことがないから、40で交通事故に遭って死にたい』んだってよ」

「・・・え?」

「あと、そういや中学のとき・・・」

君山は言葉を詰まらせて、綾音も身体がこわばった。

「これ以上聞く気あるか?無いなら終わる」

綾音は、ここで聞くのを辞めたらいけないと思った。開の知らない部分を、君山は知っている。

「聞かせてください」

「・・・たしか中2だ。ヤバい上級生が何故か黒瀬をボコりだしたんだよ。人違いでな。でも黒瀬のほうは『代わりに俺が殴られてよかった』って言っててさ。見かけてすぐ連れ出したけど、俺はあん時の黒瀬が怖かった。ヤバい奴だと思ったんだ。それに、交通事故に遭いそうになるガキがいると、平気で飛び出すし、溺れそうな奴のことも助けに行くんだよ。怖いもの知らずっていうか、自分の命を大事にする気がねぇのか知らねぇけどな、普通にしてれば分かんないけど、なんか怖いんだよ、アイツ」

「そうなんだ」

「あと、40で死にたいらしい」

「え?」

「家庭科でライフプランを立てるっているつまんねぇグループワークがあって、黒瀬だけ老後が真っ白だったんだよ。なんでか訊いたら、『40で死にたいから』って笑って言った。そういうのもあって、俺はとにかくアイツが怖い」

君山の声は、何時になく真剣だった。いつもの人を威圧するような口調ではなかった。
綾音は血の気が引く気がしたけれど、なんとなく開から感じる恐ろしさの原因が解った気がして、合点がいった気がする。

開は自分の好きなように振る舞っているようでいて、実際は他人中心の考えで生きているのだ。だから、誰かの為に動けるし、相手の思っていることが手に取るように解ってしまう。その特性は、果たして幸せなものなのだろうか。開の周りには人がいつもいた。けれど、開は孤独なのではないだろうか。開の優しい言葉の中にある影のようなものの正体が見えてきたような気がして、綾音は目蓋をぎゅっと閉じた。

「君山くんは、黒瀬くんが心配なんだね」

目を開いてから、君山に告げる。

「・・・わかったような口を聞くんじゃねぇ」

君山はきっと図星なのだろう、急に早口になって、いつもの乱暴で威圧的な声がしてきた。

「君山くん、色々教えてくれてありがとう。後は私がなんとかする。煮るなり焼くなり好きにしていいんだよね?」

「お前って結構根性あるのな」

「それ、よく言われる」

綾音は視界がぱっと明るくなった気がしていた。どうしてだろうか。開の抱える大きな闇が明るみになっていくのに、全く嫌悪感を抱くことが出来なかった。むしろ、あの言動をしておきながら何も抱えていないほうがおかしいと綾音は思ってしまった。
自分も大概性格が悪い、と綾音は脳内で自分を笑う。

「長電話して悪かったな、切る」

「うん。ありがとう」

綾音は笑って言って、君山がぶつりと電話を切る音を聴いた。
煮るなり焼くなり好きにする、とは言ったものの、何をどうするべきかは全く解らない。
けれど、あの打ち上げの続きをしなければならないと思った。
開に告げられなかった想いを感謝と共に。
綾音はスマートフォンを仕舞って、頬を両手でパチリと叩いた。
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