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7.雨臭
しおりを挟む五月下旬。
ゴールデンウィークが遥か遠く昔のことに感じられる。
いつも通り学校へ行き、いつも通り放課後は委員会の仕事とバイトをこなして家に帰る。
相変わらず若宮はうるさいし、田嶋は部活でレギュラーの座に着けたのでそれを奪われまいと毎日練習に励んでいる。
いつも通りの日常に、それでも何かが変わった様な感覚はあった。
きっと、頭の隅に彼女【川井さん】のことが残っていたからだろう。
あれからまだ一度も顔を合わせていない。
保健室の桑山先生に聞いてみると、ニヤニヤしながら学校へは偶にちゃんと来ているとだけ教えてくれた。
どうやら、"あの事"があって学校へ来れなくなったわけではないらしい。
そう、ゴールデンウィークの初日のあの日から、彼女のことを考えない日はなかった。
と言っても変な意味ではない。
罪悪感から来た不安や、疑問符ばかり押し付けられてそれが気になっているというだけだ。
だから桑山先生のあの反応は鼻に付く。
今日は図書室の貸出口の当番だ。
座ってるいるだけなので楽には楽だが、そうそう人も来るわけないので暇である。
本でも読もうと、下に置いてある鞄の中から『凍てつく空の下 4巻』を取り出そうとした時、声がした。
「ちょっと、これ、いい?」
他クラスの【本城さん】だ。
この人もかなりの読者好きだし、何より図書室に篭って勉強ばかりしているから顔見知りくらいには必然的になる。
「はあい、二冊ね。二週間でいい?」
「いいよ。あ、あのさ西尾くん。余計なお世話だったら無視してくれて構わないんだけど、」
ん?
自分が言葉を口にしないので彼女は続けた。
「川井さん、っているじゃない?さっき保健室にいたからもしかしたらこっち来るかもね、本も読み終えたって言ってたし。」
え?何故本城さんが川井さんの事を?
まあ友達ということには違和感は覚えないが、何故それを僕に言ってくるのかが果てしなく疑問だった。
「彼女、きっとまたすぐ長い事学校来なくなるわよ。もうすぐ…ほら、梅雨じゃない?彼女ね…」
ん?梅雨だからどうしたんだ?
途中でやめてくれるなよ。
「まあいいわ。もし気にかかってるなら会ったらちゃんとお話しすることね。じゃあ本ありがと。」
そう言って本城さんは図書室を出て行った。
なんだってんだ。
女子ってみんなこうなのか?
男を惑わす悪魔なのか??
その後は誰1人本を借りにくる事もなく、委員会の仕事は終了した。
図書室の貸出口を閉めようとした時、背後とは反対側のドアが開く音がした。
図書室には二つ扉があって、背後のは貸出口から丸見えだが、もう一つは遠いし本棚に隠れてこちらからは伺えない。
だけど、誰だか予想をする事は出来た。
これが当たっていても、当たらなくても残念な気がするが。
同じ図書委員の向井は、今日は用事があると行って委員会の仕事をすっぽかした。
貸出口の当番が鍵当番となるので、図書室には自分と、奥にいると思われる人の2人だけだ。
貸出口を閉めて、本棚な方に目をやると、彼女の姿がそこにはあった。
何やら本を探しているようだ。
少し離れたところから、
「あのぅ、もう図書室閉めますけどー。」
と他人行儀っぽく放つとこちらに気付いたようで
「あら、そうなの、ごめんなさいね。」
なんて向こうも他人行儀っぽく返して来た。
背後のドアは閉めたので、反対のドアに向かっていくと、彼女と対面することになった。
「何か探してるの…?」
気まずいのでとりあえず話しかけてみた。
「んー、そうね。次は何を読もうかなって。最近は長編ばかり読んでたから短編もいいかなーって。」
そう言う彼女は確かに短編小説のコーナーに膝を抱えて座って、目でなぞるようにして本棚を隅から隅まで見ている。
本当に本が好きなのだろう。
「あ、そういえば、西尾くん。あれ、みた?」
「ん??あれって、小説?『凍てつく空の下 4巻』の話?」
「んー、それもそうだけど。違うよ、消しゴム。」
あ、そういえばそんな恥ずかしさ極まりない事件があったな。
そんなの見てるわけないじゃないか…自分が何を書いていたのかなんて今更知りたくもない…。、
「いや、見てないや。それがどうかしたの?」
「ふぅーん、そう。まあいいんだけど。」
何故か彼女は拗ねるような仕草で言った。
「あ、そうだ、もう何時間かしたら雨降るみたいな予報だったし、もう帰るね。」
雨?そうだ、本城さんがなんか言ってたな。
「本…、あ、いやなんか風の噂で聞いたんだけど、6月くらいって休みがちみたいだね…?」
何故本城さんをかばったのか分からないが、なんとなく口にするのはマズイと思った。
「あ、え…、うん。まあね。…私…雨嫌いだから…。」
嫌い?そんな理由で学校をサボるんじゃない。
なんてツッコミたかったが、もし身体の事かなんかだったらと思うと何も言えなかった。
「…誰かさんのせいでね。」
背筋が凍りついた。
この感覚は最近で2回目だ。
「それじゃ、帰るね、バイバイ。」
手は振らずに、言葉だけ残して彼女は去った。
重い言葉を残して。
やはり、根に持っているのだろうか。
まあ当然だよね。
自分は彼女の中では極悪人の顔に見えるに違いない。
また…、言えなかったな…。
校舎を出ると、微かに雨の匂いがした。
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