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8.過ぎた雨とアイスコーヒー
しおりを挟む梅雨の間、本当に彼女【川井さん】の顔を見ることはなかった。
彼女のことを気にすることは減った。
というより、テスト期間に差し掛かるので自分の事で精一杯だったというのもある。
放課後は図書室や教室がいつもより長く解放され、自分はといえば図書室の仕事をしながら勉学に勤しんだ。
図書室にはいつもより人が入っていて、そのほとんどは上級生だ。
僕のすぐそばには向井、向こうには若宮と田嶋も見える。
田嶋は…寝てるな、ありゃ。
本城さんも勿論いる。
あの人聞く話によると学年1位レベルらしいからなんとか勉強教えてもらえないものだろうか。
おっと、周りに気を取られている場合ではない。
集中集中。
7月に入った。
頭はテスト真っ最中で、皆んな顔の表情が堅い。
「ぬあおあ。やっと終わったぜ。ほんっっと、勉強なんて二度としたくねえ。」
「じゃあしなくていいんじゃね?お前どうせ理解出来てないだろいつも教えても。」
「んだと!!!上からモノ言いやがって!!」
田嶋と若宮。
田嶋は性格的にも割とバカだが、勉学に関して言ってもバカ。
それでも持って集中力もない、救いようの無いバカ。
顔ばかり良い、運動神経のある…あれ、それだけ言えば田嶋に劣ってる部分が多い気がする。
ともあれ、やっと肩の荷が下りた気分だ。
今日はテスト最終日で下校時刻が早かった。
校舎を出るとやっと気付く。
そういえば、晴れてる。
梅雨が明けてからは気温は一変して真夏。
と言ってもきっとまだまだ暑くなるのだろうけど、暑いものは暑い、少し上がろうが下がろうが身体はもう悲鳴をあげている。
バイト先の喫茶店でアイスコーヒーを出してもらった。
自分は温かいブラックコーヒーは飲めないけど、冷たいのならブラックでも飲めた。
そう言った意味では夏も嫌いじゃないのかもしれない。
少し大人になった気分だ。
「私の奢りだかんね~。」
と、バイト先の先輩の宮内さん。
おちゃらけた態度で今日も働いている。
今日は別にバイトをしに来たわけではない。
普通にここのコーヒーが好きなので、読書のお供にと立ち寄ってみただけだ。
割と頻繁に利用する。
図書室よりは居心地がいい。
《カランカラン》
店のドアのベルが鳴ると、奥から店長も出て来た。
「いらっしゃいませ~。」
全てに濁点を付けたくなるような太い声の店長は、こちらからは見えない席へ来客を誘導した。
まだお昼過ぎなので人が思ったより多い。
時間をミスったか。
後ろのおっさん達がタバコをふかしまくってて煙たい。
読書に集中して、それからの時間はあっという間に過ぎた。
14時頃に入ったのに、もう18時を回ろうとしている。
さすがにもう帰ろうと席を立つと、さっきまで見えなかった奥の席の人影が見えた。
あちらも会計のようだ。
「アイスコーヒーが一つと、ミルクレープが一つね。アイスコーヒーは奢りだから430円ちょーだい。」
宮内さんはそう言って、レシートは要らないよね?と続けてそのまま流れるようにゴミ箱に捨てた。
「西尾くん…?」
横からの声に大分不意を突かれた。
だっているはずも無いと思っていた先入観があったので、驚きは通常の2倍、クリティカルヒットだ。
「川井…さん?」
「…あら、よく会うよね。偶然にしては出来過ぎよね、もしかしてストーカー?」
「ふざけたこと言うなよ、逆にそっちがそうなんじゃない?」
「…そうかもね。」
え。こわ。
「うそよ、此処って学校から近いじゃない?ここら辺のチェーン店の喫茶店だと同じ学校の人と会うからやなの。ここだったら静かに過ごせるでしょ。」
これについては同感。
なるほどね、と頷いた。
別々で店を出るのなんなので、2人で駅までは一緒に帰ることにした。
後ろでニヤニヤしているだろう宮内さんの目線が刺さる。
絶対誤解を生んでる。
「何飲んでたの?」
と川井さん。
「アイスコーヒーだよ、暑いからね、今日。」
「あら、また偶然ね。私もアイスコーヒー。暑いからね。」
「逆にコーヒーなんて夏の時期にアイスでしか飲まないけどね俺。」
「そうなの、私はホットも好きよ。」
たわいもない会話。
なんだ、胸が高鳴るぞ?
女子とこんなに普通に話したことそんなになかったな。
「よく来るの?」
今度は自分。
「まあ、割とね。読書にはうってつけでしょ。ほら、図書室もなんだかんだ生徒いるし。」
「当たり前だろ、学校なんだから。まあ俺はこの喫茶店でバイトしててさ、それで都合よく使わせてもらってる。」
「へぇ、意外。こんな所で働いてるの。」
あれ、なんで言ってしまったんだ。
まあいいか。
「稼ぎは良くないけどね。居心地はいいから。」
「良さそうね、店員さんも良さそうだし。私もバイト出来たらしたかったなあ。」
「しないの?すればいいのに。」
「身体がね、弱いからさ。」
ごめん、と言って俯いてしまった。
一気に気まずくなってしまったぞ。
もう駅に着く。
川井さんとは反対のホームなので自分が踏切を越えたらバイバイだ。
「ねえ、西尾くん。あの店はよく出勤するの?」
「ん?ああ、まあそうだね、ていうかもうすぐ夏休みだし、その間は結構入るかもね。」
「ふうん、気が向いたら遊びにでもあってあげるよ。」
「いつでもいらっしゃいませ~。」
そう言っておどけて見せるが、彼女はいつも通り冷静だ。
そんなところで踏切に到着。
じゃあねと、手を軽く振って別れようとすると、
「西尾くん。」
「ん?」
「早くあれ貸してくれない?」
「あれ?ああ、『凍てつく空の下 4巻』ね。もう読み終わるから次には貸せるよ。」
「次…ね。そうね、だったら来週の木曜日、ちょうど一週間後ね。その日にあの喫茶店でいただくわ。」
「ん、、いいけど。ん??え?」
「じゃあ私こっちだから。またね。」
何故か会う約束をしてしまった。
しかも学校以外で。
まあ、本貸すだけだし、いいか。
最後まで無表情だった彼女の足取りは、少しご機嫌に見えた。
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