蛙は嫌い

柏 サキ

文字の大きさ
11 / 13

8.過ぎた雨とアイスコーヒー

しおりを挟む









梅雨の間、本当に彼女【川井さん】の顔を見ることはなかった。


彼女のことを気にすることは減った。
というより、テスト期間に差し掛かるので自分の事で精一杯だったというのもある。



放課後は図書室や教室がいつもより長く解放され、自分はといえば図書室の仕事をしながら勉学に勤しんだ。


図書室にはいつもより人が入っていて、そのほとんどは上級生だ。

僕のすぐそばには向井、向こうには若宮と田嶋も見える。
田嶋は…寝てるな、ありゃ。

本城さんも勿論いる。
あの人聞く話によると学年1位レベルらしいからなんとか勉強教えてもらえないものだろうか。


おっと、周りに気を取られている場合ではない。
集中集中。




7月に入った。
頭はテスト真っ最中で、皆んな顔の表情が堅い。


「ぬあおあ。やっと終わったぜ。ほんっっと、勉強なんて二度としたくねえ。」

「じゃあしなくていいんじゃね?お前どうせ理解出来てないだろいつも教えても。」


「んだと!!!上からモノ言いやがって!!」


田嶋と若宮。
田嶋は性格的にも割とバカだが、勉学に関して言ってもバカ。
それでも持って集中力もない、救いようの無いバカ。
顔ばかり良い、運動神経のある…あれ、それだけ言えば田嶋に劣ってる部分が多い気がする。


ともあれ、やっと肩の荷が下りた気分だ。

今日はテスト最終日で下校時刻が早かった。
校舎を出るとやっと気付く。


そういえば、晴れてる。





梅雨が明けてからは気温は一変して真夏。
と言ってもきっとまだまだ暑くなるのだろうけど、暑いものは暑い、少し上がろうが下がろうが身体はもう悲鳴をあげている。


バイト先の喫茶店でアイスコーヒーを出してもらった。

自分は温かいブラックコーヒーは飲めないけど、冷たいのならブラックでも飲めた。
そう言った意味では夏も嫌いじゃないのかもしれない。
少し大人になった気分だ。



「私の奢りだかんね~。」

と、バイト先の先輩の宮内さん。
おちゃらけた態度で今日も働いている。


今日は別にバイトをしに来たわけではない。
普通にここのコーヒーが好きなので、読書のお供にと立ち寄ってみただけだ。
割と頻繁に利用する。
図書室よりは居心地がいい。

《カランカラン》

店のドアのベルが鳴ると、奥から店長も出て来た。

「いらっしゃいませ~。」

全てに濁点を付けたくなるような太い声の店長は、こちらからは見えない席へ来客を誘導した。


まだお昼過ぎなので人が思ったより多い。
時間をミスったか。
後ろのおっさん達がタバコをふかしまくってて煙たい。


読書に集中して、それからの時間はあっという間に過ぎた。
14時頃に入ったのに、もう18時を回ろうとしている。

さすがにもう帰ろうと席を立つと、さっきまで見えなかった奥の席の人影が見えた。
あちらも会計のようだ。


「アイスコーヒーが一つと、ミルクレープが一つね。アイスコーヒーは奢りだから430円ちょーだい。」

宮内さんはそう言って、レシートは要らないよね?と続けてそのまま流れるようにゴミ箱に捨てた。


「西尾くん…?」


横からの声に大分不意を突かれた。

だっているはずも無いと思っていた先入観があったので、驚きは通常の2倍、クリティカルヒットだ。



「川井…さん?」


「…あら、よく会うよね。偶然にしては出来過ぎよね、もしかしてストーカー?」


「ふざけたこと言うなよ、逆にそっちがそうなんじゃない?」


「…そうかもね。」


え。こわ。


「うそよ、此処って学校から近いじゃない?ここら辺のチェーン店の喫茶店だと同じ学校の人と会うからやなの。ここだったら静かに過ごせるでしょ。」


これについては同感。
なるほどね、と頷いた。


別々で店を出るのなんなので、2人で駅までは一緒に帰ることにした。
後ろでニヤニヤしているだろう宮内さんの目線が刺さる。
絶対誤解を生んでる。



「何飲んでたの?」

と川井さん。

「アイスコーヒーだよ、暑いからね、今日。」


「あら、また偶然ね。私もアイスコーヒー。暑いからね。」


「逆にコーヒーなんて夏の時期にアイスでしか飲まないけどね俺。」


「そうなの、私はホットも好きよ。」


たわいもない会話。
なんだ、胸が高鳴るぞ?
女子とこんなに普通に話したことそんなになかったな。



「よく来るの?」

今度は自分。


「まあ、割とね。読書にはうってつけでしょ。ほら、図書室もなんだかんだ生徒いるし。」


「当たり前だろ、学校なんだから。まあ俺はこの喫茶店でバイトしててさ、それで都合よく使わせてもらってる。」


「へぇ、意外。こんな所で働いてるの。」


あれ、なんで言ってしまったんだ。
まあいいか。


「稼ぎは良くないけどね。居心地はいいから。」


「良さそうね、店員さんも良さそうだし。私もバイト出来たらしたかったなあ。」


「しないの?すればいいのに。」


「身体がね、弱いからさ。」


ごめん、と言って俯いてしまった。
一気に気まずくなってしまったぞ。



もう駅に着く。
川井さんとは反対のホームなので自分が踏切を越えたらバイバイだ。


「ねえ、西尾くん。あの店はよく出勤するの?」


「ん?ああ、まあそうだね、ていうかもうすぐ夏休みだし、その間は結構入るかもね。」


「ふうん、気が向いたら遊びにでもあってあげるよ。」


「いつでもいらっしゃいませ~。」


そう言っておどけて見せるが、彼女はいつも通り冷静だ。


そんなところで踏切に到着。
じゃあねと、手を軽く振って別れようとすると、

「西尾くん。」


「ん?」


「早くあれ貸してくれない?」


「あれ?ああ、『凍てつく空の下 4巻』ね。もう読み終わるから次には貸せるよ。」


「次…ね。そうね、だったら来週の木曜日、ちょうど一週間後ね。その日にあの喫茶店でいただくわ。」


「ん、、いいけど。ん??え?」


「じゃあ私こっちだから。またね。」


何故か会う約束をしてしまった。
しかも学校以外で。

まあ、本貸すだけだし、いいか。





最後まで無表情だった彼女の足取りは、少しご機嫌に見えた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...