12 / 13
9.風鈴
しおりを挟む会う約束してしまった、女子と。
これはデートなのか、デートじゃないのか。
なんてことを考えていると背後から声がした。
「おーい、きいてんのか?暑さで脳がショートしたか?」
田嶋は汗をもみあげあたりに滲ませている。
「そうよっ、ちゃんと話し合いに参加しなさい、西尾くん」
委員長の小高が言う。
今はホームルームで修学旅行の話を進めている。
研修グループのメンバーがランダムで4人一組で決められた。
クラスに1人欠席がいるので、自分らの班だけ3人。
田嶋と小高が一緒だ。
今回若宮が別の班になってしまった。
彼は時々こちらを伺っているようだ、寂しがりやか。
「もうよくね?広島の美味しいものについて纏めれば。」
と田嶋。
「賛成~。」
「いい加減にしなさい!このバカども!」
中々話が進まないので委員長は呆れている。
結局話し合いは次回のホームルームに持ち越された。
修学旅行は夏休みが明けてからの9月の話なのでまだ先といえば先だ。
今日は木曜日。
先週から一週間後の、木曜日だ。
そして夏休みは来週から始まる。
とりあえず自分は『凍てつく空の下 4巻』を忘れてないか確認、バイト先へ向かう。
今日はバイトはない。
なんとなくだが、別にすっぽかされるのが怖かったわけではないが、保健室に寄って桑山先生に彼女が今日登校してたかを聞いてみた。
「来てたよ来てたよ~。お、なんだい?今日はデートかい?あははー。」
痛いところを突かれたが、別にデートではないけど否定するのも面倒だったので、ありがとうございますとだけ言って急いで喫茶店に向かった。
《カランカラン》
「いらっしゃいませー。お、なんだ西尾か。やっときたか。」
店長がいた。
すると店長は親指を立てて、背後の席をクイクイッと指差した。
どうやら遅刻してしまったようだ。
と言っても時間まで指定されてはなかったのでそんなに悔やむことはないのだが、女子を待たせてしまうというのはやはり心持ちが良くない。
「待たせた。」
向かいの椅子に腰掛けながら言うと、
「いいよ。あ、やっぱ嫌。奢ってちょうだいね。」
「は!なんでそうなんの!?」
冗談よ、と微かに笑って彼女は早速本をせがんできた。
本を持った時の彼女はこう、なんだかとても優しそうで、儚げで、ふんわりとして見えた。
すると彼女も鞄から一冊の本を取り出した。
「これ、読んでみて。交換とかじゃないけど、オススメなの。」
彼女が差し出したのは、【田中 一慶】という作家の『忘るゝものら』というタイトルの本だった。
「ジャンルは?」
「恋愛よ。」
「恋愛はちょっと…。ファンタジーとかがいいなあ。」
「いいの、面白いから一回読んでみて。」
そんなに推されると断るに断れない。
わかった、と言って頷くと満足そうに彼女は早速『凍てつく空の下 4巻』を読みだした。
僕も彼女と一緒のアイスコーヒーを注文して、他に本もないので、 彼女から借りた『忘るゝものら』を読み始めた。
このお話は、舞台は明治時代。
夫から今で言うDV(ドメスティック・バイオレンス)に日々晒されている1人の女性【沙良】が、夫から逃げ出してその先で事故に遭い、記憶をなくしてしまう所から始まる。
そこで彼女は自分を看病してくれた医師の元でお世話になり、日に日に愛情が芽生えていくというラブストーリーだ。
2人はめでたく結婚して、生涯を共にするのだが、彼女の昔の事故の後遺症が発症し、記憶を少しずつ無くしていく身体になってしまう。
医師であるその夫はそれをなんとかしようと試みるが、その時の技術では到底無理な話で、それでも夫は日々彼女との思い出を再構築しようと励む。
彼女は最終的に全ての記憶を失い、夫である彼のことも忘れてしまうのだが、彼女は彼に毎日手紙を残していて、そこには毎日夫との思い出や感謝の気持ちが綴られており、最後に記憶を失くす前の手紙には夫の名前が途中まで書いてあった。
それを読んだ彼は声が枯れるまで涙し、植物人間と化した奥さんを抱き抱えて、その後海岸へ行き2人で心中する。
喫茶店ではここまで読み終えてはいなかったが、それでも手が止まらない、面白い。
暫くすると視線に気づいた。
彼女は机の上で腕を組み少し首を傾ける形でこちらを見ていた。
時計を見ると、なんと3時間ほど経っている。
それまで一度も周りを意識しなかったのか。
「面白かった?そんなに」
普段無表情の彼女が、なんだか悪そうに笑っているように見えた。
「うん。面白い。これ暫く貸してくれない?あ、でも夏休み入っちゃうか。」
「全然いいよ、夏休み中返してくれればいいし。」
「え。どうやって?」
すると彼女は鞄のポケットから携帯を取り出し、アドレスを表示した。
「登録して、そしたらまたいつでも返せるでしょ。」
そう言ってアドレスの交換をした。
家に帰ってもまだなんだか熱があるような感覚があった。
本の読みすぎで疲れているのか、または本があまりに面白くて熱が冷めないのか。
それとも。
家には夏らしく風鈴が飾ってあって、その音色は何故か心をくすぐった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今この話では夏ですが、もうこちらは秋ですね。
気持ちの良い気温で夜は散歩しながら書いてたりします…。
どうぞ次話も宜しくお願いします!
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる