蛙は嫌い

柏 サキ

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9.風鈴

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 会う約束してしまった、女子と。

 これはデートなのか、デートじゃないのか。


 なんてことを考えていると背後から声がした。


「おーい、きいてんのか?暑さで脳がショートしたか?」

 田嶋は汗をもみあげあたりに滲ませている。


「そうよっ、ちゃんと話し合いに参加しなさい、西尾くん」


 委員長の小高が言う。



 今はホームルームで修学旅行の話を進めている。

 研修グループのメンバーがランダムで4人一組で決められた。


 クラスに1人欠席がいるので、自分らの班だけ3人。
 田嶋と小高が一緒だ。
 今回若宮が別の班になってしまった。
 彼は時々こちらを伺っているようだ、寂しがりやか。


「もうよくね?広島の美味しいものについて纏めれば。」

 と田嶋。

「賛成~。」


「いい加減にしなさい!このバカども!」


 中々話が進まないので委員長は呆れている。

 結局話し合いは次回のホームルームに持ち越された。
 修学旅行は夏休みが明けてからの9月の話なのでまだ先といえば先だ。



 今日は木曜日。
 先週から一週間後の、木曜日だ。


 そして夏休みは来週から始まる。 
 とりあえず自分は『凍てつく空の下 4巻』を忘れてないか確認、バイト先へ向かう。
 今日はバイトはない。



 なんとなくだが、別にすっぽかされるのが怖かったわけではないが、保健室に寄って桑山先生に彼女が今日登校してたかを聞いてみた。


「来てたよ来てたよ~。お、なんだい?今日はデートかい?あははー。」

 痛いところを突かれたが、別にデートではないけど否定するのも面倒だったので、ありがとうございますとだけ言って急いで喫茶店に向かった。



《カランカラン》



「いらっしゃいませー。お、なんだ西尾か。やっときたか。」


 店長がいた。
 すると店長は親指を立てて、背後の席をクイクイッと指差した。


 どうやら遅刻してしまったようだ。
 と言っても時間まで指定されてはなかったのでそんなに悔やむことはないのだが、女子を待たせてしまうというのはやはり心持ちが良くない。


「待たせた。」

  向かいの椅子に腰掛けながら言うと、


「いいよ。あ、やっぱ嫌。奢ってちょうだいね。」


「は!なんでそうなんの!?」


  冗談よ、と微かに笑って彼女は早速本をせがんできた。

  本を持った時の彼女はこう、なんだかとても優しそうで、儚げで、ふんわりとして見えた。

  すると彼女も鞄から一冊の本を取り出した。


「これ、読んでみて。交換とかじゃないけど、オススメなの。」

  彼女が差し出したのは、【田中 一慶】という作家の『忘るゝものら』というタイトルの本だった。


「ジャンルは?」

「恋愛よ。」

「恋愛はちょっと…。ファンタジーとかがいいなあ。」

「いいの、面白いから一回読んでみて。」


 そんなに推されると断るに断れない。

 わかった、と言って頷くと満足そうに彼女は早速『凍てつく空の下 4巻』を読みだした。

 僕も彼女と一緒のアイスコーヒーを注文して、他に本もないので、     彼女から借りた『忘るゝものら』を読み始めた。



 このお話は、舞台は明治時代。
 夫から今で言うDV(ドメスティック・バイオレンス)に日々晒されている1人の女性【沙良】が、夫から逃げ出してその先で事故に遭い、記憶をなくしてしまう所から始まる。
 そこで彼女は自分を看病してくれた医師の元でお世話になり、日に日に愛情が芽生えていくというラブストーリーだ。
 2人はめでたく結婚して、生涯を共にするのだが、彼女の昔の事故の後遺症が発症し、記憶を少しずつ無くしていく身体になってしまう。
 医師であるその夫はそれをなんとかしようと試みるが、その時の技術では到底無理な話で、それでも夫は日々彼女との思い出を再構築しようと励む。
 彼女は最終的に全ての記憶を失い、夫である彼のことも忘れてしまうのだが、彼女は彼に毎日手紙を残していて、そこには毎日夫との思い出や感謝の気持ちが綴られており、最後に記憶を失くす前の手紙には夫の名前が途中まで書いてあった。
 それを読んだ彼は声が枯れるまで涙し、植物人間と化した奥さんを抱き抱えて、その後海岸へ行き2人で心中する。



 喫茶店ではここまで読み終えてはいなかったが、それでも手が止まらない、面白い。


 暫くすると視線に気づいた。
 彼女は机の上で腕を組み少し首を傾ける形でこちらを見ていた。


 時計を見ると、なんと3時間ほど経っている。
 それまで一度も周りを意識しなかったのか。


「面白かった?そんなに」

 普段無表情の彼女が、なんだか悪そうに笑っているように見えた。


「うん。面白い。これ暫く貸してくれない?あ、でも夏休み入っちゃうか。」

「全然いいよ、夏休み中返してくれればいいし。」

「え。どうやって?」

 すると彼女は鞄のポケットから携帯を取り出し、アドレスを表示した。


「登録して、そしたらまたいつでも返せるでしょ。」


 そう言ってアドレスの交換をした。




 家に帰ってもまだなんだか熱があるような感覚があった。
 本の読みすぎで疲れているのか、または本があまりに面白くて熱が冷めないのか。
 それとも。







家には夏らしく風鈴が飾ってあって、その音色は何故か心をくすぐった。





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今この話では夏ですが、もうこちらは秋ですね。
気持ちの良い気温で夜は散歩しながら書いてたりします…。
どうぞ次話も宜しくお願いします!
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