黄昏と黎明の死者奴隷《スレイデッド》

柊木榎流

文字の大きさ
2 / 20
prologue 『死者奴隷』

第2話 死者奴隷

しおりを挟む

「───!? ...一体? 夢? いつの間にか寝てしまったみたいだな」

どうやら少年は座ったまま寝てしまっていたようだ。ずきずきと痛む重たい体を動かし、辺りを見回す。何かがある訳じゃない。兵士、奴隷、物資、次の戦争に向けて様々な人、物が行き来しているだけだ。


「目が覚めたからと言って、何か変わっているわけではないか」

そんな至極当たり前なことを思いながら、今度は昨日の雨によってできた水たまりを覗き込み自分の姿を見た。緩く癖のある黒髪は無造作に伸ばされ、かつては深紅の輝きを放っていたであろう瞳もほとんど光がなく、うす暗い赤色になってしまっている。もう3年以上もまともなものを食べていない身体は痩せ細り、骨ばっている。

「この顔ももう何年も変わっていないな」

少年が水たまりから視線を外し、空を見上げたその時、右の脇腹に重たい衝撃、そして痛みが身体を貫いた。

「がはっ!!」

軽々と蹴り飛ばされる少年。衝撃で肺の空気をすべて吐き出してしまった。慌てて息を吸おうとするが、先程息を吐こうとしていたためにうまく吸うことが出来ず、口をパクパクとさせるだけだった。

「死者奴隷スレいデッドの癖にこんなところで寝てんじゃねぇよ!」

そんな大声で辺りにいた者達の動きがとまり、視線がこちらへ向く。少年を蹴った兵士は、忌々しげに奴隷たちを一瞥すると、奴隷たちに向かって叫んだ。

「いいか! 少しでもサボってみろ、お前らはすぐにこいつと一緒になるからな!!」

それを聞いた奴隷たちは、すこしばかりどよめきが走った後、兵士の視線から逃れるように仕事へと戻っていく。

「術師! このガキ直しとけ」

「全く、毎日『モノ』を直させられるこっちの身にもなってくださいよ... おい、動くなよ。せっかく直してやってんだから。」

術師と呼ばれた男によって傷を治される少年。しかし、傷は治ってもこみ上げる吐き気は治らない。残された少年は、こみ上げる吐き気を抑えるように蹲っていた。

これが、少年の一日。
傷が増えては消え、死ぬこともできずに痛めつけられる日々。
最底辺で、蹲り光すら見ることの出来ない少年の一日。「おい、早く乗れ」

兵士の言葉で、少年は馬車の角にある小さな牢に入った。 馬車は貨物用のため、中に人はおらず御者台に座る男だけがいた。流れ行く景色を眺めながら、自分が普通の市民であれば、と想像する。そんな夢、決して叶うものではないと彼自身気づいてはいるが、自我を失わないためにはあらゆる物に自分を当てはめて夢を描き続けた。

「幾ら夢を見たところで、それは現実じゃないよな」

そう、夢は夢だ。幾ら夢を大きくしようとも、延長しようとも、現実にはなり得ない。それは今までも同じ、これからも同じことだ。この『奴隷』と言う縦穴の中で、更に最底辺に落ちて3年。縦穴のその先に見える光を掴もうと足掻いてきたが、どうやらそれは只の幻覚だったようだ。

「翼をなくした鳥は、一体どんな最後を迎えるのだろうか」

人間、誰しも翼をもって生まれてくると聞いたことがある。人によって大なり小なりあるが、その翼があれば人はどこへだって行けると。人は今俺がいる『奴隷』と言う縦穴に殆ど落ちずに生活しているらしい。仮に落ちたとしても、翼があるから地に付くことはないだろう。

「俺に翼があれば、こんなところで苦しむことは無かったのだろうか」

···恐らくそうだろう。あの時、ここに来たときに翼なんて物は誰かに取られてしまった。だから俺は縦穴を抜け出すことが出来ないのだろう。人が軽々飛んで行けるところには、俺は歩かないといけない。この腕で登っていかなければいけない。

「結局、この世界は翼があって初めて成り立つんだろうな。···俺に翼を返してくれよ! 俺を助けて···」

そんな叫びは、御者台の男にすら届かない。助けてくれる者なんてもっての他だ。暫くすると、馬車が鈍い音を立てて止まる。

どうやら、目的地に着いたらしい。

兵士が少年を檻から引きずり下ろすと、重たい鉄の首輪を少年に着けた。

「ガキ、とっとと行くぞ。もたもたするな、付いてこい」


ああ、また始まる。肉を鞭で裂かれ、手足を切り落とされ、それでも尚死ぬことが出来ずに痛めつけられる一日が。

彼にとっては白と黒しか色のない世界のどこか遠くの方を眺めながら、少年はこれからまた始まるであろう拷問をも超える痛みに歯を食いしばる。少年にはもうそうする事しか出来ない。少年は兵士に引き摺られるがまま進んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った

五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」 8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

犬の散歩中に異世界召喚されました

おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。 何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。 カミサマの許可はもらいました。

処理中です...