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第四章

49. 調査開始です

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 どかっという音の後、小さな穴から這い出てきたのは小柄な少女。

「はぁっ! 外の空気がおいしい」

 緊急避難用の出口は、イザベルの部屋からは一本道だったため、幸い迷わずに済んだ。しかしながら、まさか最後のトラップが縄はしごだとは思わなかった。
 おかげでスリルのある脱出劇になった。老朽化が進み、縄はところどころがほつれており、何度も落下を覚悟した。

(ううう。絶対、あの縄は取り替えるべきね)

 屋敷の外にある高台に出てきたイザベルは、突然の突風に危うく飛ばされそうになった。足を踏ん張り、びゅうびゅう吹く風をやり過ごす。

「さてと、ここからだと……すぐ下の停留所で城下町へ行って……。まずはゲームと違う点を確認しておかないと」

 いそいそと丘をくだり、乗り合いバスの停留所へ向かう。屋根がないバスが向こうから走ってくる。どうやら、次の発車時間に間に合ったようだ。
 乗車客は数えるほどしかおらず、空いていた座席にぽすんと座ると、すぐにバスが動き出す。
 自家用車とは違う振動を感じながら、イザベルは誘拐イベントのあらましを思い出す。

(クラウドと一緒に買い物に行って、二手に分かれるのよね。それで一人で歩いているところを犯人がナイフをちらつかせて出てきて、そのまま縄で縛られて……)

 監禁場所は、貴族街の隅にある空き家。犯人から奴隷商人に売りつけると脅される場面で、待ち合わせ時間になっても来ないヒロインを心配したクラウドが駆けつけるという筋書きだ。
 首謀者は悪役令嬢の取り巻きの一人。モブキャラで描かれていたため、顔の造形ははっきりとしないが、ナタリアの取り巻きにいた気がする。
 何度嫌がらせしても平気な顔をするヒロインに焦れ、痛い目を遭わせてやろうという復讐心が動機である。

(ゲームではヒロインはただ怯えているだけだったけど……心配ね)

 中央広場の停留場に着くと、乗客全員が次々に降りていく。イザベルも最後に降りて、運転手にお礼を告げる。バスは乗客が降りると、迂回して今通ってきた道を戻っていく。

(いざという時の軍資金を持っていて正解だったわ)

 ルドガーから社会見学と称してもらったお金を財布にしまい、城下町の東側にある貴族街へと向かう。富裕層向けのホテルやオペラなどが催される劇場前には、次に開催される広告を配布する少年や、せっかちに歩く燕尾姿の男性、おっとりと劇場前の掲示板を見つめる高齢の淑女とメイドなど、庶民向けの中央広場とは違った雰囲気がある。
 知り合いに見つかったら、のちのち面倒だ。フードを目深まで被り直し、早足で歩く。
 貴族の邸宅が立ち並ぶ区域に出ると、視界に映る緑が多くなる。
 どこも競うように大きな立ち木が植えられ、カラフルな花々が庭を彩る。そして、邸宅には立派な門扉が置かれており、走り回る子供の姿もいない。
 閑散とした住宅街を無言で歩みを進めると、ゲームの背景で描かれていた場所にたどり着く。だが、目の前にそびえたつ家は記憶の景色と一致しなかった。

「……やっぱり、ここじゃなさそうね。空き家じゃなくて、人が住んでいるようだし」

 幽霊屋敷のように寂れていたはずの家は、今は花や緑があふれている。犬の鳴き声や楽しそうな子供の声も聞こえる。
 これは作戦の練り直しが必要だ。くるりと方向転換し、中央広場まで戻る。

「気を取り直して。クラウドは……ルルネ商会に行けば会えるかしら?」

 商店街の一角にフローリアの実家がある。通りに面した場所に店舗があり、その裏手が彼女の住居となっていたはずだ。
 記憶を頼りに西側へ歩いて行くと、旅行客と思しきローブの集団とすれ違う。半数以上が眼鏡をかけており、小難しい話をしていたから、おそらく学者の類いだろう。
 彼らは中央広場から南へ下っていたから、市場でお昼ご飯でも食べるつもりかもしれない。

(そういえば、わたくしもどこかでご飯を調達しないと……)

 意識したせいか、腹の虫がさっきから騒いでいる。
 焼きたてパン屋の匂いにつられて店内に入ると、香ばしい匂いが充満していた。同じような動機で入店したお客さんもちらほらいたため、パパッと食べられそうなものをチョイスしようと思ったが、できたて表示のプレートに目が釘付けになる。
 カスタードクリームにチェリーが載ったパイ。前世で食べたものと同じ見た目と香りに、思わず喉が上下する。

(おいしそうだけど、これって絶対ポロポロこぼしちゃうやつだわ……)

 チェリーパイの横にはデニッシュパンとフランスパン。どれも魅力的な香りがして、このまま長居していたら全部食べたくなる。

(マズいわ、早く決めないと……)

 手が汚れにくいクリームパンをトレーに載せるが、先ほどのパイが脳裏をかすめる。数秒の葛藤の末、トングでチェリーパイをつかむ。
 お会計を手早く済ませ、目立たない路地裏にひっこみ、そばにあった樽に腰かける。誰も見ていないことを確認し、紙袋からパンを取り出す。
 まずはパイから先にいただく。一口かじると、サクッと音がする。中に入っているカスタードクリームの甘さとチェリーの酸っぱさが見事な調和を果たしていた。食べごたえのある大粒のチェリーを味わい、恍惚と目を閉じる。

(ああ、幸せはここにあったのね……)
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