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その後のふたり
獣の本性
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年末が近づき、一層せわしなく日々が流れ去っていく中。
俺と神原は一時の休息を無駄話に費やしていた。
「篠崎先輩、来週の忘年会って何処でやるか覚えてます?」
「あー? 行く気が無いから覚えてないな」
緩い調子の神原の声に、それ以上に緩い声を返す。
休憩室の固いソファでだらしなく伸びたまま、ぬるい紅茶を一口啜った。
「またそう言う。たまには付き合って下さいよ、僕のために」
「ええ……メリットが無い」
「なんて酷い言い草なんだ。ほら、月島さんも来ますから」
「なおさら家に帰って休みたいわ。アイツが居ると休めないんだよ」
「……少し気になる発言ですけど、ツッコまずにおきますからね。僕のために」
「あ」
うっかり口を滑らせてしまい、それに目ざとく気付いた神原がげんなりとした顔をする。
口を塞ぐポーズを取った俺を見て、神原は「遅いです」と言って苦笑いを浮かべた。
ちょっと気恥ずかしくなり、話題を変えようと試みる。
「しかし、アイツも飲み会とか行くんだな。あまり酒飲まないくせに」
「付き合いでしょうよ。月島さんの方は社交性がありますから」
「は」の部分にやたら力を込めて、神原は非難がましい目でこちらを見る。
それを黙殺する俺に尚もちくちくと刺すような視線を向け続けていたが、ふと何かを思い出した様子で天井を見上げた。
「あ。そういえば、なんか前に酒癖悪いって聞いたことありますよ」
「……ほう」
その言葉を聞いて興味を惹かれ、弛緩しきっていた身体を起こす。
俺の顔を見た神原は、呆れた調子で続けた。
「うわ、悪い顔してる。やめた方がいいですよ、どう転んでも篠崎先輩が痛い目見る未来が見えますもん」
「いやいや、見てみたいだろ。格好つけのアイツがぐずぐずに崩れる姿」
「気にならないと言ったら嘘になりますけど……篠崎先輩は散々見ているのでは?」
「そうかもしれないが」
見たい物は見たい。
とても綺麗に言い繕うなら、アイツのことは何でもよく知っておきたかった。
……素直に言うなら、俺が月島の弱みを握れるチャンスを逃すわけがないだろう。
「よしっ」
勢いよく膝を叩いて立ち上がる。
「気が変わった。忘年会、俺も参加するわ」
「あーあ、僕止めましたからね」
◆
なんて会話をしたのがほんの一週間前のこと。
俺は好奇心に負けたことを反省していた。
月島の腕の中で。
「あー、月島? 俺が悪かったからそろそろ勘弁してくれないか」
「篠崎君……ふふ、ぬくいな、それに良い匂いがする」
「おーい、月島ー?」
「髪の毛ふわふわだな、篠崎くん……」
「聞いてねー……」
俺を後ろから抱え込んで拘束している月島は、酒臭い息をして機嫌よさげに笑っている。
その目は焦点が合わずとろんとしていて、完全に正気ではない。
当然だ。だって俺が酔い潰したのだから。
「ほーら言わんこっちゃない」
座敷に転がる酒瓶を片付けながら、神原が冷たい目でこちらを見やる。
そうだ。これは分かり切っていた未来だ。
それでも、気になることは実際に試してみたいと思ってしまうのが人の性ではないか。
「反省はしているが後悔はしていない。これで向こう一週間は揶揄ってやる」
「いやいや、客観的に状況を見てください。篠崎先輩も揶揄われる側の立場だと思いますよ」
「ぐ……」
正論過ぎてぐうの音も出なかった。
神原の言葉に同調したかのように周囲の冷やかしの声が増す。
努めて意識の外へと追いやっていたが、俺と月島はまとめて酒の肴になっていた。
「いやぁ、これほどとは思わなかったんだよ……ぐっ」
呆れる神原を見上げて口を開くと、突如後ろから口を塞がれた。
「私以外と話さないでくれ」
「むー……」
控えめに抗議の声を上げるが聞き入れられることはない。
月島は逃げ出そうと身をよじる俺を抱え直すと、両手両足を使って更に拘束を強めた。
「君は私だけ見て、私の声だけ聞いて、私の体温だけを感じていればいい」
「…………!!」
低く囁いて、月島が俺の肩に顔を埋める。
情事の時を思い起こさせる低い声と、高めの体温に心臓が跳ねた。
冷やかす同僚の声も、ドン引く神原の目も意識の外に追いやられるくらい、月島がどんどん俺のキャパシティを占領していく。
「君の全てを私が占有していたい。叶うなら今すぐ君を連れ去って、囲って、縛って、誰の目にも触れないよう大切に大切に仕舞い込んで独占して私色に染め上げて……愛したい」
「――! ――っ!!」
月島の言葉が不穏さを増していくのに背筋を凍らせ、正気を取り戻させるべく必死でその腕を叩く。
叩く強さはさほどでもなかったが、月島は俺が抵抗していると勘違いしたのか、剣呑な雰囲気を滲ませて俺の腕を強く掴んだ。
「君が逃げたくなったとしても、絶対に逃がさない。草の根を分けて、地の果てまでも追いかけて、必ず私の元へ連れ戻す」
「つ、月島……さん?」
腕を掴まれた代わりに解放された口で、月島を呼ぶ。
何故か敬語になってしまったのは、怯えたからではない。決して。
ぎぎぎっと効果音がしそうなくらい軋んだ動きで振り返る。
俺と目を合わせた月島は、剥き出しの独占欲をその目に湛えて獰猛に笑った。
……酒は、その人の本性を暴くというけれども。
これが、この男がひた隠しにしていた本性か。
俺は藪をつついて鬼を出してしまったのかもしれない。
昏く輝く瞳に気圧されて、思わず視線を逸らす。
その瞬間、強い力で押し倒されて視界が回った。
「う、わぁっ!!」
「ちょ、ちょっと月島さん! ……ッ!」
両手を畳に縫い付けられ、月島に重くのしかかられる。
焦った声を上げて駆け寄ろうとした神原を殺意すら滲む一瞥で制した月島は、鼻先が付きそうなほど近くで俺を睨みつけた。
「私だけを、見てくれ」
縋るようなその声に、今度は絶対に目を逸らさないよう腹に力を込めて月島を見つめ返す。
押し倒し倒され見つめ合うその姿は、傍から見れば恋人同士の戯れにしか見えないが、その実は大型の肉食獣に捕食される寸前の光景である。
俺は冷や汗でじっとりと背中が湿っていくのを感じながら、月島にかけるべき言葉を探していた。
次……
次、下手を打ったら。どうなるか。
「篠崎先輩……?」
「…………」
心配そうに様子を伺う神原に手の平を向け、目線も声もやらずに押し留める。
俺は恋人に押し倒されているというシチュエーションに身を置きながら、何故か熊に遭遇した時の対処法を思い出していた。
決して目を逸らしてはいけない、という。
それを念頭に置きながら、爆発寸前といった様子の月島に囁きかけていく。
「亮介」
「……!」
意識して甘く穏やかに発した声に月島が反応する。
そうだ、それでいい。もっと俺の声に耳を傾けろ。もっと俺の気持ちを知れ。
「そんなに縛り付けなくても、俺はお前のものだよ。これじゃあ、お前を抱き締めることも出来ないだろ?」
「さ、とる……」
「俺だって、お前を束縛していたい。なぁ、亮介。頼むよ」
甘い毒を流し込むかのように、月島の耳元に吐息を吹きかける。
月島は逡巡した様子を見せつつも頑なに俺の手を放そうとしなかったが、再度掠れた声で名前を呼ぶとおずおずとその指を開いた。
「ありがとう」
一言添えて、月島の背に腕を回す。
抱き寄せられた月島は、俺に身を寄せながらも、体重をかけすぎてしまわないように腕を突っ張っていた。
「聡……すき、だ。どこにも行かないでくれ……」
「行かないよ。亮介、俺をもっと信じてくれ。頼れ、甘えろ、お前を任せてくれ」
「しん、じて……」
「そうだ、信じて頼って甘えて任せろ。お前の重さくらい、受け止めてやれるさ」
「…………ああ」
そう呟いたのを最後に、月島の身体から力が抜けた。
ずっしりと重くのしかかる身体を抱き止めながら、力なく呟く。
「クソ重たい……」
「そんな幸せそうな顔で言われても同情しませんよ」
「む」
神原に指摘され、慌てて顔を引き締める。
この重さすら心地よいと思ってしまうのだから、俺も大概だという自覚はあった。
「……さて。目的も果たしたし、俺はコイツ抱えて先に帰るかな」
伸びきった月島の下から抜け出して、その身体を担ぎ上げる。
呑気に眠る月島を背負い、悠々と立ち上がった俺を見て、神原が目を真ん丸に見開いた。
「えっ!? 篠崎先輩、力持ちですね!」
「なに、これくらい……軽いもんだよ」
月島に語り掛けるよう意味深にそう言うと、神原が小さく感嘆の声を漏らした。
「……男前ですね」
「今更気付いたのか?」
片眉を上げ、おどけた調子で言い残し、俺は月島を背負ったまま夜の道を歩き始めた。
軽やかな足取りで。
◆
翌日。
珍しく昼まで眠りこけていた月島は、二日酔いで痛むという頭を抱えながら怯えた表情でこちらを伺っていた。
先程から何度も口を開きかけては、溜息だけを残して閉じるという行為を繰り返している。
「どうしたよ?」
見かねて声をかけると、月島は大袈裟に肩を跳ねさせて縮こまった。
「篠崎君……き、昨日、私は……?」
歯切れ悪く呟く月島に、俺はあっけらかんとした口調で返す。
「お前? いつもどおりだったよ」
「い、いつもどおり……?」
「そ。いつものお前」
信じられないといった表情を浮かべる月島を見て笑う。
そして、ほんの少し悪戯心が芽生えてしまって付け足した。
「……まあ、しいて言うなら」
そこで言葉を切って顎に手を当てる。
月島は食い入るように身を乗り出して俺の言葉を待っていた。
「普段より、素直だったな」
「は?」
「執着心丸出しで、俺のことが好きだってさ」
「……それだけか?」
「ああ。それだけ」
そう言って笑う俺を見て、月島が泣きそうな顔でシーツを握り締めた。
「まったく、君には敵わないな」
「だから俺を信じろよ、亮介」
ぽん、と月島の胸を軽く拳で突く。
月島は突かれた胸を押さえながら、安堵したようなふにゃけた笑みを浮かべていた。
「……あ、そうそう」
「ん?」
「これでお前のぐずぐずドロドロっぷりが課内に知れ渡ったから、明日から覚悟しておけよ」
「なん……だと……!」
絶望的な表情を浮かべる月島を見て、俺は堪え切れずに笑う。
まあ、俺が隠していた――同性愛者だという秘密も盛大にバラしてくれたのだ。これでおあいこだろう。
再び頭を抱え込んだ月島へ、更に追い打ちをかけるように神原から昨夜の写真が送られてくるのは……もうしばらく後のことである。
俺と神原は一時の休息を無駄話に費やしていた。
「篠崎先輩、来週の忘年会って何処でやるか覚えてます?」
「あー? 行く気が無いから覚えてないな」
緩い調子の神原の声に、それ以上に緩い声を返す。
休憩室の固いソファでだらしなく伸びたまま、ぬるい紅茶を一口啜った。
「またそう言う。たまには付き合って下さいよ、僕のために」
「ええ……メリットが無い」
「なんて酷い言い草なんだ。ほら、月島さんも来ますから」
「なおさら家に帰って休みたいわ。アイツが居ると休めないんだよ」
「……少し気になる発言ですけど、ツッコまずにおきますからね。僕のために」
「あ」
うっかり口を滑らせてしまい、それに目ざとく気付いた神原がげんなりとした顔をする。
口を塞ぐポーズを取った俺を見て、神原は「遅いです」と言って苦笑いを浮かべた。
ちょっと気恥ずかしくなり、話題を変えようと試みる。
「しかし、アイツも飲み会とか行くんだな。あまり酒飲まないくせに」
「付き合いでしょうよ。月島さんの方は社交性がありますから」
「は」の部分にやたら力を込めて、神原は非難がましい目でこちらを見る。
それを黙殺する俺に尚もちくちくと刺すような視線を向け続けていたが、ふと何かを思い出した様子で天井を見上げた。
「あ。そういえば、なんか前に酒癖悪いって聞いたことありますよ」
「……ほう」
その言葉を聞いて興味を惹かれ、弛緩しきっていた身体を起こす。
俺の顔を見た神原は、呆れた調子で続けた。
「うわ、悪い顔してる。やめた方がいいですよ、どう転んでも篠崎先輩が痛い目見る未来が見えますもん」
「いやいや、見てみたいだろ。格好つけのアイツがぐずぐずに崩れる姿」
「気にならないと言ったら嘘になりますけど……篠崎先輩は散々見ているのでは?」
「そうかもしれないが」
見たい物は見たい。
とても綺麗に言い繕うなら、アイツのことは何でもよく知っておきたかった。
……素直に言うなら、俺が月島の弱みを握れるチャンスを逃すわけがないだろう。
「よしっ」
勢いよく膝を叩いて立ち上がる。
「気が変わった。忘年会、俺も参加するわ」
「あーあ、僕止めましたからね」
◆
なんて会話をしたのがほんの一週間前のこと。
俺は好奇心に負けたことを反省していた。
月島の腕の中で。
「あー、月島? 俺が悪かったからそろそろ勘弁してくれないか」
「篠崎君……ふふ、ぬくいな、それに良い匂いがする」
「おーい、月島ー?」
「髪の毛ふわふわだな、篠崎くん……」
「聞いてねー……」
俺を後ろから抱え込んで拘束している月島は、酒臭い息をして機嫌よさげに笑っている。
その目は焦点が合わずとろんとしていて、完全に正気ではない。
当然だ。だって俺が酔い潰したのだから。
「ほーら言わんこっちゃない」
座敷に転がる酒瓶を片付けながら、神原が冷たい目でこちらを見やる。
そうだ。これは分かり切っていた未来だ。
それでも、気になることは実際に試してみたいと思ってしまうのが人の性ではないか。
「反省はしているが後悔はしていない。これで向こう一週間は揶揄ってやる」
「いやいや、客観的に状況を見てください。篠崎先輩も揶揄われる側の立場だと思いますよ」
「ぐ……」
正論過ぎてぐうの音も出なかった。
神原の言葉に同調したかのように周囲の冷やかしの声が増す。
努めて意識の外へと追いやっていたが、俺と月島はまとめて酒の肴になっていた。
「いやぁ、これほどとは思わなかったんだよ……ぐっ」
呆れる神原を見上げて口を開くと、突如後ろから口を塞がれた。
「私以外と話さないでくれ」
「むー……」
控えめに抗議の声を上げるが聞き入れられることはない。
月島は逃げ出そうと身をよじる俺を抱え直すと、両手両足を使って更に拘束を強めた。
「君は私だけ見て、私の声だけ聞いて、私の体温だけを感じていればいい」
「…………!!」
低く囁いて、月島が俺の肩に顔を埋める。
情事の時を思い起こさせる低い声と、高めの体温に心臓が跳ねた。
冷やかす同僚の声も、ドン引く神原の目も意識の外に追いやられるくらい、月島がどんどん俺のキャパシティを占領していく。
「君の全てを私が占有していたい。叶うなら今すぐ君を連れ去って、囲って、縛って、誰の目にも触れないよう大切に大切に仕舞い込んで独占して私色に染め上げて……愛したい」
「――! ――っ!!」
月島の言葉が不穏さを増していくのに背筋を凍らせ、正気を取り戻させるべく必死でその腕を叩く。
叩く強さはさほどでもなかったが、月島は俺が抵抗していると勘違いしたのか、剣呑な雰囲気を滲ませて俺の腕を強く掴んだ。
「君が逃げたくなったとしても、絶対に逃がさない。草の根を分けて、地の果てまでも追いかけて、必ず私の元へ連れ戻す」
「つ、月島……さん?」
腕を掴まれた代わりに解放された口で、月島を呼ぶ。
何故か敬語になってしまったのは、怯えたからではない。決して。
ぎぎぎっと効果音がしそうなくらい軋んだ動きで振り返る。
俺と目を合わせた月島は、剥き出しの独占欲をその目に湛えて獰猛に笑った。
……酒は、その人の本性を暴くというけれども。
これが、この男がひた隠しにしていた本性か。
俺は藪をつついて鬼を出してしまったのかもしれない。
昏く輝く瞳に気圧されて、思わず視線を逸らす。
その瞬間、強い力で押し倒されて視界が回った。
「う、わぁっ!!」
「ちょ、ちょっと月島さん! ……ッ!」
両手を畳に縫い付けられ、月島に重くのしかかられる。
焦った声を上げて駆け寄ろうとした神原を殺意すら滲む一瞥で制した月島は、鼻先が付きそうなほど近くで俺を睨みつけた。
「私だけを、見てくれ」
縋るようなその声に、今度は絶対に目を逸らさないよう腹に力を込めて月島を見つめ返す。
押し倒し倒され見つめ合うその姿は、傍から見れば恋人同士の戯れにしか見えないが、その実は大型の肉食獣に捕食される寸前の光景である。
俺は冷や汗でじっとりと背中が湿っていくのを感じながら、月島にかけるべき言葉を探していた。
次……
次、下手を打ったら。どうなるか。
「篠崎先輩……?」
「…………」
心配そうに様子を伺う神原に手の平を向け、目線も声もやらずに押し留める。
俺は恋人に押し倒されているというシチュエーションに身を置きながら、何故か熊に遭遇した時の対処法を思い出していた。
決して目を逸らしてはいけない、という。
それを念頭に置きながら、爆発寸前といった様子の月島に囁きかけていく。
「亮介」
「……!」
意識して甘く穏やかに発した声に月島が反応する。
そうだ、それでいい。もっと俺の声に耳を傾けろ。もっと俺の気持ちを知れ。
「そんなに縛り付けなくても、俺はお前のものだよ。これじゃあ、お前を抱き締めることも出来ないだろ?」
「さ、とる……」
「俺だって、お前を束縛していたい。なぁ、亮介。頼むよ」
甘い毒を流し込むかのように、月島の耳元に吐息を吹きかける。
月島は逡巡した様子を見せつつも頑なに俺の手を放そうとしなかったが、再度掠れた声で名前を呼ぶとおずおずとその指を開いた。
「ありがとう」
一言添えて、月島の背に腕を回す。
抱き寄せられた月島は、俺に身を寄せながらも、体重をかけすぎてしまわないように腕を突っ張っていた。
「聡……すき、だ。どこにも行かないでくれ……」
「行かないよ。亮介、俺をもっと信じてくれ。頼れ、甘えろ、お前を任せてくれ」
「しん、じて……」
「そうだ、信じて頼って甘えて任せろ。お前の重さくらい、受け止めてやれるさ」
「…………ああ」
そう呟いたのを最後に、月島の身体から力が抜けた。
ずっしりと重くのしかかる身体を抱き止めながら、力なく呟く。
「クソ重たい……」
「そんな幸せそうな顔で言われても同情しませんよ」
「む」
神原に指摘され、慌てて顔を引き締める。
この重さすら心地よいと思ってしまうのだから、俺も大概だという自覚はあった。
「……さて。目的も果たしたし、俺はコイツ抱えて先に帰るかな」
伸びきった月島の下から抜け出して、その身体を担ぎ上げる。
呑気に眠る月島を背負い、悠々と立ち上がった俺を見て、神原が目を真ん丸に見開いた。
「えっ!? 篠崎先輩、力持ちですね!」
「なに、これくらい……軽いもんだよ」
月島に語り掛けるよう意味深にそう言うと、神原が小さく感嘆の声を漏らした。
「……男前ですね」
「今更気付いたのか?」
片眉を上げ、おどけた調子で言い残し、俺は月島を背負ったまま夜の道を歩き始めた。
軽やかな足取りで。
◆
翌日。
珍しく昼まで眠りこけていた月島は、二日酔いで痛むという頭を抱えながら怯えた表情でこちらを伺っていた。
先程から何度も口を開きかけては、溜息だけを残して閉じるという行為を繰り返している。
「どうしたよ?」
見かねて声をかけると、月島は大袈裟に肩を跳ねさせて縮こまった。
「篠崎君……き、昨日、私は……?」
歯切れ悪く呟く月島に、俺はあっけらかんとした口調で返す。
「お前? いつもどおりだったよ」
「い、いつもどおり……?」
「そ。いつものお前」
信じられないといった表情を浮かべる月島を見て笑う。
そして、ほんの少し悪戯心が芽生えてしまって付け足した。
「……まあ、しいて言うなら」
そこで言葉を切って顎に手を当てる。
月島は食い入るように身を乗り出して俺の言葉を待っていた。
「普段より、素直だったな」
「は?」
「執着心丸出しで、俺のことが好きだってさ」
「……それだけか?」
「ああ。それだけ」
そう言って笑う俺を見て、月島が泣きそうな顔でシーツを握り締めた。
「まったく、君には敵わないな」
「だから俺を信じろよ、亮介」
ぽん、と月島の胸を軽く拳で突く。
月島は突かれた胸を押さえながら、安堵したようなふにゃけた笑みを浮かべていた。
「……あ、そうそう」
「ん?」
「これでお前のぐずぐずドロドロっぷりが課内に知れ渡ったから、明日から覚悟しておけよ」
「なん……だと……!」
絶望的な表情を浮かべる月島を見て、俺は堪え切れずに笑う。
まあ、俺が隠していた――同性愛者だという秘密も盛大にバラしてくれたのだ。これでおあいこだろう。
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