病弱皇子と食欲おばけの女〜即位までのいばら道

日々妄想

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倒れた皇子と肉まんの女

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 第三皇子・黎翔れいしょう25歳は、今日も健康的に病弱だった。

 王宮では「朝の毒味」と「午後の仮死ごっこ」が日課となっている。
 母上、現王妃は、第一皇子を溺愛している。そしてなぜか、同じ腹から生まれた黎翔れいしょうを目の敵にしていた。

「我が子だから殺せない」などと言いながら、毎日少しずつ毒を盛ってくるあたり、母性愛の方向がだいぶおかしい。

「殿下、本日の毒はどうなさいますか?」
「飲んだふりをして花壇に撒いておけ。どうせあの辺りはもう何も生えぬ」

 侍女が静かにうなずいた。王宮の庭が常にハゲている理由は、だいたいこの人のせいである。

 黎翔の屋敷には、王妃が放ったスパイが半分以上を占めていた。下手に命令すれば、それが翌日には王妃の耳に届く。

 だから黎翔れいしょうが本当に信頼しているのは、幼い頃から仕えてくれている宦官の老柳ろうりゅうと、無口な侍女・翠だけだ。二人は毒の調合にも詳しい。生き延びるためには、主従そろって薬学が必須だった。

 そんな彼が、いつものように「仮死の練習」をしていたその日、事件は起きた。

「…… そろそろだ、今日は市場で倒れてみよう」
「殿下、それは練習なのですか?」
「うむ、自然な倒れ方を極めねばならん」
 老柳の深い皺が、さらに深くなった。
 市場へ出た黎翔れいしょうは、演技のタイミングを計っていた。だがその日は人通りが多く、「ぐはっ」と 倒れるスペースがない。結局立ちすくんでいるうちに、本当にふらついてしまった。

「お兄さん!大丈夫ですか!?」
 声がして、視界がゆらぐ。見上げれば、女神のように美しい顔の女がいた。
 そしてその女は黎翔を片腕で担ぎ上げた。
「ちょ、ちょっと!待て、やめっ!」
「大丈夫です!すぐそこに薬屋がありますから!」
 いや、元気じゃない方が正しいのだが。
 そんな皇子の心のツッコミなど無視して、女は彼を薬屋へと連行した。
 老柳はか弱い皇子の印象を崩してはいけないと思い、必死に後を追った。

 薬屋の寝台で目を覚ました黎翔に、彼女は満面の笑みで言った。
「もう安心です!お薬、飲みますか?」
「飲まん。薬はもう間に合っている」
 女はきょとんとして首をかしげた。どうやら毒漬け人生とは無縁らしい。
「助けてくれて感謝する。礼は何がいい?」
「お腹いっぱい食べさせてください!」

 黎翔は女の顔をじっと見た。
 すっぴんのようだが、卵のようにつるんとした肌。さくらんぼのように形の良い唇。筋の通った鼻。吸い込まれそうな黒い瞳には、粉を叩いた青白い自分の顔が映っている。
 服はボロボロだがこんな恐ろしく美しい女が市井で生き延びられるのか?

 内心でため息をついた。

 またか。母上が送り込んだ新しいスパイだな。
(まあいい。ここはいつも通り、妾として迎え入れるか。)
「いいだろう。妾として、明日から三食好きなだけ食べさせてやろう」
「えっ!?三食ごはん付き!?お願いします!!」
 即答である。

 こうして、“空腹の女” が十二人目の愛妾として屋敷にやってきた。
 だが、黎翔れいしょうはすぐに気づく。
 この女、王妃が送り込んできた他の愛妾たちとは何かが違う。

 しかも山盛りの飯を前に、涙ぐみながらこう言った。
「こんなに食べていいなんて…… 人生で初めてです!いいことをするといいことが返ってくるって本当なんですね。神様ありがとうございます!」

 そう言いながら、軽く三人分のご飯をぺろりと平らげ、おかわりを要求してきた。
 翠が青ざめ、老柳が頭を抱える。

 そして黎翔は、静かにため息をついた。
 本当にただの空腹な女を屋敷に連れてきてしまったのかもしれない。
 
 そうして、「毒を飲む皇子」と「米を食らう女」の、奇妙で穏やかな同居生活が始まった。
 この出会いが、やがて王国の未来を揺るがすとは、誰もまだ知らない。
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