病弱皇子と食欲おばけの女〜即位までのいばら道

日々妄想

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偽りの捕縛と肉まんの匂い

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   黎翔は、心の底からうんざりしていた。
   毒を盛られ、監視され、息をしても報告される毎日。
 王妃の息子でありながら、母に愛されることはない。
 この国から、逃げ出したい。
 ただ静かに、遠い地で暮らしたい。
 だが皇子である以上、運命はひとつ。
 王位に就くか、殺されるか。
 せめて辺境に飛ばされる幸運があればよいが。
 あの兄の性格を思えば、情けなど望むべくもない。

「殿下、まさかとは思いますが。」
 老柳が震える声で問う。
「本気で、賊に捕まるおつもりですか?」
「うむ。賊に殺されたことにして、ひっそりと国外へ逃げる」
「自ら捕まる皇子など聞いたことがございません!」
「新しい歴史を作るのだ」
 これがバレたら皇子は減俸とかで済むけど、私たちは殺されるのだが。
 老柳の心の声を無視して、黎翔の言葉には、迷いがなかった。
 準備は完璧。わざと護衛を減らし、山道を選んで進む。
 あとは賊に捕まるだけ。
 …のはずだった。

「殿下!」
 後ろから聞こえた元気な声に、黎翔は眉をひそめた。
 振り返れば、例の空腹な愛妾・梅が全力で走ってくる。
「なぜ来た」
「心配で!」
「本当のことを言え。」
「家に籠ってばかりで外が恋しくって」
「飯が目当てだろう」
「はいっ!」
 即答である。

 その直後、木陰から山賊たちが飛び出した。
「金目のもんを置いてけぇ!」
 黎翔は満足げに微笑んだ。
「来たな…」
 そしてその場に倒れ、完璧な死に演技を披露する。
「ぐふっ…やられた」
 山賊「…… え?」
 梅「殿下!?」
 黎翔「(小声で)良い、演技だ」
 山賊「(ヒソヒソ)なんか自分から倒れたぞ?」
「ま、まあいい。見格好からして金を持ってる、こいつらまとめて連れてけ!」
「殿下、どうします?」
「うむ、捕まる」
「え?」
「心配するな。これが計画だ」
 梅はぽかんとした顔で頷いた。
「計画って、そういう?」
(まあ、いいか。)

 山賊の巣に連れてこられた二人。
 暗い牢屋の中、梅は膝を抱えて座っていた。
「殿下、お腹すいた、のど乾きました」
「我慢しろ。生き延びるためだ」
「餓死したらどうやって生き延びるんですか?」
「理屈で矛盾を指摘するな」

 しばらく沈黙が続いた。
 やがて梅が顔を上げて、さらっと言った。
「殿下、お腹空いてませんか?」
「まあ少しな」
「ここから出たいですか?」
「…一応、出たい」

 バキンッ。

 唐突に、壁が砕けた。
 黎翔は硬直した。
 梅の拳が、石壁を突き破っている。
「出られました!」 
「お、お前、何を!」
「殿下、掴まってください!」
 問答無用で、黎翔は脇に抱えられた。
 完全にセカンドバッグ扱いである。
 梅は軽やかに走り、夜の山を駆け抜けた。

「梅!どこへ行く!?」
「肉の匂いがします!」
「いや、町への道を!町に肉まん屋がある匂いです!」
「嗅覚がもはや動物だな!?」

 夜明け前、ようやく山を抜けた。
 梅は汗ひとつかかず、涼しい顔で屋台にまっすぐ突進する。
「肉まんください!」
「…二つだ」
「六つください!」
「はあ。買え」

 湯気の立つ肉まんを頬張る梅を見て、黎翔はふと笑った。
「まさか、こんな形で逃げることになるとはな」
「え?」
「いや、気にするな。助かった」
(後で老柳に死体を 2 体探して工作してもらって、このまま死んだふりでいいか。)
 梅はもぐもぐしながら、嬉しそうに言った。
「よかった。殿下、もっと食べます?」
「お前はまだ食うのか」

 彼は、ふと思う。
 誰かと逃げて笑うなんて、いつ以来だろうか。
 梅は満腹になり、幸せそうに頷いた。
「やっぱり生きてるって、幸せですね!」
 黎翔は苦笑し、静かに頷いた。
「そうだな。……悪くない」

 その朝、誰も知らない場所で。
 “死んだ” はずの皇子と、“胃袋の化け物” が、肉まんを分け合った。
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