病弱皇子と食欲おばけの女〜即位までのいばら道

日々妄想

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肉まんと夢と秘密

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 梅が肉まんを三つ目まで食べ終えたころ、黎翔はとうとう匙を投げた。
「…もうやめぬか。見ているだけで胸焼けがする」
「えっ、これ野菜まんですよ。健康にいいです」
「お前の健康より、わたしの心の平穏が心配だ」

 山を抜けて数日。
 二人は人目を避け、小さな宿に身を寄せていた。
 黎翔は “死んだ” ことになっており、王都では盛大な葬儀が行われているらしい。
 まあ、本人は元気に茶をすすっているのだが。

「殿下、これからどうするんですか?」
「そうだな…しばらく静かに暮らす。名も捨て、誰にも知られぬ地で」
「じゃあ、名前どうします?」
「…うむ」
 少し考えてから、黎翔は言った。
「“黒田ライショウ” だ」
「まるで庶民みたい!」
「庶民になるのだ」
「じゃあ私は?」
「…胃袋梅」
「ひどい!」
 言い合いながらも、奇妙に息は合っていた。

 その夜
 梅は、枕元の月明かりに照らされたピアスを見つめていた。
 小さな金の細工。蓮の花の模様が彫られている。
 それは、生まれたときに一緒に捨てられていた唯一の持ち物だ。
 自分がどこの誰かも知らない。
 でも、幼いころから見る夢の中で“誰か” が囁いていた。
「蓮が二つ咲く日、この国は選ばれる」
「その耳飾りを持つ者は、災いを呼ぶ」
 意味はわからない。
 ただ、不思議なことに、夢の声は決まって黎翔に似た声だった。
 … いや、今の黎翔ほど偏屈ではなかった気もする。
 そして毎回決まって同じ景色、血の海のような色の空。

「うん、考えてもお腹はふくれない」
 そう言って、梅は寝返りを打ち、そのまま三秒で寝落ちした。寝つきが異様に良いのは、生存能力の高さゆえである。

 翌朝。
 黎翔が目を覚ますと、梅は窓辺で虫に話しかけていた。

「おはよう、スズメガちゃん。昨日より風が冷たいねえ」
「誰と話しておる?」
「虫です」
「虫と会話するな」
「話す相手がいなかったんです。そうだ、殿下、聞いてください。」
「あぁ、虫と話しておけ」

 そうこうしていると、宿の外がざわめいた。
「おい、聞いたか?北の国が動いたらしい」
「北の第一王子が軍を…」
 黎翔の手が止まる。
「… やはり、王妃と兄上が仕掛けたか」
「また戦ですか?」
「おそらくな」
 そのとき、梅の胸の奥にざわめきが走った。
 夢で見た “真っ赤な血色に染まった空” が、ふと脳裏をかすめる。

 夜。
 外で水桶を洗いながら、梅は鼻歌を歌っていた。
「なぜそんなに楽しそうなのだ」
「生きてるからです」
「… 単純だな」
「せっかく生まれたんだから楽しく生きないと」
「… そうか」
 梅は笑って、黎翔を見た。

「じゃあ、次は “食べて笑って暮らす計画” です!」
「名が相変わらず俗っぽい」
「じゃあ意味変えないで別の名前作ってみてよ。」

 黎翔は夜空を見上げた。
 遠くに、蓮の花のように重なった雲が浮かんでいる。
 このままこの暮らしをしても、悪くないのかもしれない。

 そして翌朝。
「殿下、朝ごはんどうします?」
「…肉まん以外を希望する」
「わかりました!二種類のおまんじゅうにします!」
「聞いておらん!」
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