完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは

今川幸乃

文字の大きさ
3 / 11

完璧な妹

しおりを挟む
 授業が終わった私はすっかり傷心してしまう。
 私は唯一の楽しみである、居間のテーブルに出ているお菓子を食べにいく。以前は午後三時ぐらいの時間に私が居間に向かえばメイドがお茶を淹れてくれたものだが、今では誰も私と目を合わせようともしない。

 仕方なく、自分で紅茶を淹れてケーキを食べる。甘い物を口に入れるとささくれていた気持ちが少しだけ落ち着いた。

 が、そんな私の束の間の安らぎを邪魔する足音が近づいて来る。

「お姉様、すごく気落ちしているようですね」

 その声を聞いて私の心は一気に張りつめた。
 そこに立っていたのは妖精の愛し子、などと呼ばれている妹のリリーがいた。彼女が愛想笑いを浮かべると、悔しいながら私もその笑顔に惹きつけられてしまう。しかしその笑顔の裏にはどす黒い本性があるということを私はすでに嫌というほど知っていた。

「リリー。お帰り」

 私は平静を装って答える。するとリリーは私の隣に腰を下ろし、当たり前のように私が用意したポットの紅茶を飲む。
 彼女にとって私のものを奪うことは自分のものを自分で使うことと全く同じことのようであった。
 おそらく悪いという意識すらないのだろう。

「お姉様は今日は学問の授業でしたっけ。頑張っていただかないと困りますわ、私がいくら頑張っても長女であるお姉様の評判が悪ければエルガルド公爵家に悪い評判が立ってしまいますから」
「……」

 リリーの言葉に私は沈黙するしかない。私の生活におけるわずかな癒しのひと時だったが、諦めてその場を立ち去ろうか。そう考えた時だった。
 リリーの目が私の右手に向かう。

「お姉様、今日は右手の動かし方が不自然ですね。お怪我でもされましたか?」

 どうやら先ほど先生に痛めつけられたため、無意識のうちにかばうような動作をしてしまっていたらしい。リリーは観察眼も鋭かった。

「別に、大したことないわ」
「私は医術の勉強もしていますので、そう言わずに見せてくださいな」

 そう言ってリリーはぐいっと私の腕を掴む。先ほど真っ赤に腫れあがった腕を強引に掴まれたことで、私の腕に急激に痛みが走る。

「痛っ」

 私は思わず悲鳴を上げる。
 そしてこれはおそらくわざとだろう、と私は直感する。
 そう思った私は強引に手を振り払う。

「どうしたの?」

 そこへ先ほどの声を聞いて母上がこちらにやってきた。
 すると、なぜかリリーが目に涙を溜めながら自分の手を抑えている。

「まあ、何があったの?」
「母上、私はお姉様が腕を怪我していそうだったので診てあげようと思ったのですが、急に腕を払いのけられてつい悲鳴をあげてしまいました。でも、私は大丈夫です」

 そう言ってリリーは健気そうな笑顔を作る。あまりにも自然な演技力に、私ですら一瞬リリーの言うことが正しいと錯覚してしまいそうになったぐらいだ。

 それを見て母上はぎろりとこちらを睨みつける。

「またリリーをいじめたの?」
「違います、そもそも私は一度も」

 が、母上は私の話を最後まで聞かずに険しい声で言う。

「何であなたよりきれいで学問も手習いも出来るリリーがあなたのことをいじめなければならないの?」
「いいのです母上、姉上も学問の先生に怒られてきっと気が立っていたのでしょう」

 母の言葉も言葉ですが、リリーも自分で私を陥れておいて安い茶番を繰り広げてくる。
 先ほど母上は「また」と言っていたが、それはリリーが定期的にこういう茶番を繰り広げて私の評価を貶めようとしてくるからだ。そのたびに母上は「完璧な妹」であるリリーのことを一方的に信じてきた。

 そしてそのたびに母上の中で私の印象が悪化するという悪循環が回っていく。

「分かったわ。リリーの顔を立てて許してあげるけど、もうだめだからね」

 そう言って母上は勝手に理解ある対処をした気分になって去っていった。
 後に残された私を見てリリーはふふっ、と笑う。

「姉上はどうせ何を言っても信じてもらえませんから、さっさと認めた方が楽ですよ」
「そ、そんな」

 が、私の抗議も聞かずに彼女は満足そうに去っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

姉の代わりになど嫁ぎません!私は殿方との縁がなく地味で可哀相な女ではないのだから─。

coco
恋愛
殿方との縁がなく地味で可哀相な女。 お姉様は私の事をそう言うけど…あの、何か勘違いしてません? 私は、あなたの代わりになど嫁ぎませんので─。

【完結】「お姉様は出かけています。」そう言っていたら、お姉様の婚約者と結婚する事になりました。

まりぃべる
恋愛
「お姉様は…出かけています。」 お姉様の婚約者は、お姉様に会いに屋敷へ来て下さるのですけれど、お姉様は不在なのです。 ある時、お姉様が帰ってきたと思ったら…!? ☆★ 全8話です。もう完成していますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

短編 一人目の婚約者を姉に、二人目の婚約者を妹に取られたので、猫と余生を過ごすことに決めました

朝陽千早
恋愛
二度の婚約破棄を経験し、すべてに疲れ果てた貴族令嬢ミゼリアは、山奥の屋敷に一人籠もることを決める。唯一の話し相手は、偶然出会った傷ついた猫・シエラル。静かな日々の中で、ミゼリアの凍った心は少しずつほぐれていった。 ある日、負傷した青年・セスを屋敷に迎え入れたことから、彼女の生活は少しずつ変化していく。過去に傷ついた二人と一匹の、不器用で温かな共同生活。しかし、セスはある日、何も告げず姿を消す── 「また、大切な人に置いていかれた」 残された手紙と金貨。揺れる感情と決意の中、ミゼリアはもう一度、失ったものを取り戻すため立ち上がる。 これは、孤独と再生、そして静かな愛を描いた物語。

【短編版】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化進行中。  連載版もあります。    ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    義務的に続けられるお茶会。義務的に届く手紙や花束、ルートヴィッヒの色のドレスやアクセサリー。  でも、実は彼女はルートヴィッヒの番で。    彼女はルートヴィッヒの気持ちに気づくのか?ジレジレの二人のお茶会  三話完結

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました

つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。 けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。 会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……

処理中です...