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縁談
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昔、私を執拗にいじめるリリーに尋ねたことがある。
「何でこんなことするの?」
先ほど母上が言っていたように、私よりきれいで学問も手習いも出来るリリーが私をいじめる理由はないように思う。それとも単純にリリーは私をいじめることで快感を覚えるようなサディストなのだろうか。
私にはずっとそれが疑問だった。
「それはお姉様が長女だからですよ」
普段私を嘲笑するリリーだったが、この時ばかりは怒りをこめて答えた。
「だって私はお姉様より全ての点において優れているのです。ですが、もし我が家に縁談がくればお姉様が先に嫁いでいくでしょう」
それを聞いて私は理解した。基本的に貴族社会では先に生まれた子供の方が上、という不文律がある。男子であればよほどのことがない限り長男が家督を継ぐし、女子でも基本的に長女がその家にとって一番大事な政略結婚相手に嫁ぐ。
うちの家であれば長女であれば最低でも公爵家、あわよくば王家との縁談がきてもおかしくない。
リリーにとって、私がリリーをさしおいてそういうすばらしい嫁ぎ先に行くのが我慢ならないのだろう。
「だからお姉様の評判は可能な限り下げておかねばならないのです」
リリーが私をいじめる理由は分かったが、だからといって納得できるものでは到底ない。
「だからといって、ここまでしなくても……」
「じゃあお姉様が家を捨てて出ていってくれてもいいですよ。そしたらもういじめる理由はありませんし」
リリーはにこやかな表情の裏に恐ろしい決意をこめて言う。それを聞いた私は彼女の確固たる悪意に戦慄するのだった。
「実は我が家に王家から縁談が来ているの」
そんな話を思い出したのは、夕食の席で母上がそんなことを言ったからだ。
「え、本当に!?」
すぐさまリリーが反応する。
ファーレン王国のクリストフ第一王子は今年で十四歳。結婚はまだ早いとしても、婚約者ぐらいは決まってもおかしくない年齢だ。
眉目秀麗、文武両道で貴族や家臣たちの間でも時期国王として期待されているだけでなく、貴族令嬢の中では誰が伴侶になるか注目されていた。未来の王妃の地位だけでなく、彼自身の人気も非常に高かった。
そんな中、我がエルガルド公爵家に縁談が来たのは家の大きさを考えればまあまあ順当だと思う。
問題は。
「一体誰が嫁ぐのですか?」
リリーが緊張した面持ちで尋ねる。
長女である私か、評判のいいリリーか。
すると父上が少し険しい表情になった。
「わしはリリーを推薦したのだが、どうやらクリストフ殿下の意向で、姉妹のどちらを嫁に出すかは一度会って決めたいとのことだ」
「え……」
私とリリーは意外な成り行きに困惑する。
通常、縁談は未婚の娘の中で最も年齢が高い者が選ばれる。もちろん、怪我や病気、もしくは修道女になっているなどの事情がなければではあるが。
ただ、そういう事情がなくても女子を出す側の家から長女でない女子が推薦されることはある。そう、今回のように長女に明確な悪評がある場合だ。その場合は大体家の意向が優先されて推薦した方が嫁いでいく。
「基本的に縁談でこんなことはほぼないのだが、殿下が絶対にとおっしゃったらしくてな」
父上も少し困惑しているようだった。基本的に政略結婚で本人の意思が尊重されることはほぼないからだろう。もっとも、長女と次女であれば政略結婚の重さはそこまで変わらないので殿下の意思が通ったのだろう。
もちろん私は別に殿下とは何の縁もない。だから殿下が会いに来たとしてもリリーを選んで終わるだろうが。
「まあ、多少イレギュラーではあるが、実際にリリーに会えば殿下もリリーを選ぶだろう」
「そうですわね。私も殿下に選んでいただけるのであればその方が嬉しいですわ」
リリーもすぐに気を取り直したように言う。
「来週末、うちでパーティーを開き、そこに殿下がお越しくださる。その際にそこでお前たちと話し、どちらが良いかをお決めになるようだ。心しておくように」
「はい、父上」
リリーが頷く。父上は私を見向きもしない。結局、多少形が変わったところで殿下はリリーを選んで終わりだろう。
「それから、ついでではあるがウルムート侯爵家の令息とも縁談が決定した」
「え、それはあの悪評絶えない男ですか?」
リリーが顔をしかめる。
ウルムート侯爵家は最近領地で商業が発達して勢力を伸ばしている新興貴族であるが、長男のゴルグは大変評判が悪かった。領地では道行く通行人と乱闘して怪我を負わせ、王都では夜の街に繰り出して女遊びをし、謹慎を命じられれば柄の悪い男たちを家に引き入れて博打三昧。
貴族令息というよりはただのならず者である。
「ああ、うちから娘を出せば資金を融通してくれるらしいからな。当然、殿下との縁談に漏れた方が嫁ぐことになるだろう」
「なるほど、そういうことですか」
父上の言葉にリリーはくすりと笑ってこちらを見る。
リリーからしてみれば悪評を立てた姉がどうなるのか気がかりだったが、金はあっても格下の、しかも評判が悪い相手に嫁ぐと聞いて安堵したのだろう。
父としても、金と力だけはある新興貴族に大事な娘を嫁がせるのはもったいないが、私であればちょうどいいということだろう。
私はそれを聞いて暗澹たる気持ちになったが、何も言うことは出来なかった。
「何でこんなことするの?」
先ほど母上が言っていたように、私よりきれいで学問も手習いも出来るリリーが私をいじめる理由はないように思う。それとも単純にリリーは私をいじめることで快感を覚えるようなサディストなのだろうか。
私にはずっとそれが疑問だった。
「それはお姉様が長女だからですよ」
普段私を嘲笑するリリーだったが、この時ばかりは怒りをこめて答えた。
「だって私はお姉様より全ての点において優れているのです。ですが、もし我が家に縁談がくればお姉様が先に嫁いでいくでしょう」
それを聞いて私は理解した。基本的に貴族社会では先に生まれた子供の方が上、という不文律がある。男子であればよほどのことがない限り長男が家督を継ぐし、女子でも基本的に長女がその家にとって一番大事な政略結婚相手に嫁ぐ。
うちの家であれば長女であれば最低でも公爵家、あわよくば王家との縁談がきてもおかしくない。
リリーにとって、私がリリーをさしおいてそういうすばらしい嫁ぎ先に行くのが我慢ならないのだろう。
「だからお姉様の評判は可能な限り下げておかねばならないのです」
リリーが私をいじめる理由は分かったが、だからといって納得できるものでは到底ない。
「だからといって、ここまでしなくても……」
「じゃあお姉様が家を捨てて出ていってくれてもいいですよ。そしたらもういじめる理由はありませんし」
リリーはにこやかな表情の裏に恐ろしい決意をこめて言う。それを聞いた私は彼女の確固たる悪意に戦慄するのだった。
「実は我が家に王家から縁談が来ているの」
そんな話を思い出したのは、夕食の席で母上がそんなことを言ったからだ。
「え、本当に!?」
すぐさまリリーが反応する。
ファーレン王国のクリストフ第一王子は今年で十四歳。結婚はまだ早いとしても、婚約者ぐらいは決まってもおかしくない年齢だ。
眉目秀麗、文武両道で貴族や家臣たちの間でも時期国王として期待されているだけでなく、貴族令嬢の中では誰が伴侶になるか注目されていた。未来の王妃の地位だけでなく、彼自身の人気も非常に高かった。
そんな中、我がエルガルド公爵家に縁談が来たのは家の大きさを考えればまあまあ順当だと思う。
問題は。
「一体誰が嫁ぐのですか?」
リリーが緊張した面持ちで尋ねる。
長女である私か、評判のいいリリーか。
すると父上が少し険しい表情になった。
「わしはリリーを推薦したのだが、どうやらクリストフ殿下の意向で、姉妹のどちらを嫁に出すかは一度会って決めたいとのことだ」
「え……」
私とリリーは意外な成り行きに困惑する。
通常、縁談は未婚の娘の中で最も年齢が高い者が選ばれる。もちろん、怪我や病気、もしくは修道女になっているなどの事情がなければではあるが。
ただ、そういう事情がなくても女子を出す側の家から長女でない女子が推薦されることはある。そう、今回のように長女に明確な悪評がある場合だ。その場合は大体家の意向が優先されて推薦した方が嫁いでいく。
「基本的に縁談でこんなことはほぼないのだが、殿下が絶対にとおっしゃったらしくてな」
父上も少し困惑しているようだった。基本的に政略結婚で本人の意思が尊重されることはほぼないからだろう。もっとも、長女と次女であれば政略結婚の重さはそこまで変わらないので殿下の意思が通ったのだろう。
もちろん私は別に殿下とは何の縁もない。だから殿下が会いに来たとしてもリリーを選んで終わるだろうが。
「まあ、多少イレギュラーではあるが、実際にリリーに会えば殿下もリリーを選ぶだろう」
「そうですわね。私も殿下に選んでいただけるのであればその方が嬉しいですわ」
リリーもすぐに気を取り直したように言う。
「来週末、うちでパーティーを開き、そこに殿下がお越しくださる。その際にそこでお前たちと話し、どちらが良いかをお決めになるようだ。心しておくように」
「はい、父上」
リリーが頷く。父上は私を見向きもしない。結局、多少形が変わったところで殿下はリリーを選んで終わりだろう。
「それから、ついでではあるがウルムート侯爵家の令息とも縁談が決定した」
「え、それはあの悪評絶えない男ですか?」
リリーが顔をしかめる。
ウルムート侯爵家は最近領地で商業が発達して勢力を伸ばしている新興貴族であるが、長男のゴルグは大変評判が悪かった。領地では道行く通行人と乱闘して怪我を負わせ、王都では夜の街に繰り出して女遊びをし、謹慎を命じられれば柄の悪い男たちを家に引き入れて博打三昧。
貴族令息というよりはただのならず者である。
「ああ、うちから娘を出せば資金を融通してくれるらしいからな。当然、殿下との縁談に漏れた方が嫁ぐことになるだろう」
「なるほど、そういうことですか」
父上の言葉にリリーはくすりと笑ってこちらを見る。
リリーからしてみれば悪評を立てた姉がどうなるのか気がかりだったが、金はあっても格下の、しかも評判が悪い相手に嫁ぐと聞いて安堵したのだろう。
父としても、金と力だけはある新興貴族に大事な娘を嫁がせるのはもったいないが、私であればちょうどいいということだろう。
私はそれを聞いて暗澹たる気持ちになったが、何も言うことは出来なかった。
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