完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは

今川幸乃

文字の大きさ
5 / 11

縁談

しおりを挟む
 昔、私を執拗にいじめるリリーに尋ねたことがある。

「何でこんなことするの?」

 先ほど母上が言っていたように、私よりきれいで学問も手習いも出来るリリーが私をいじめる理由はないように思う。それとも単純にリリーは私をいじめることで快感を覚えるようなサディストなのだろうか。
 私にはずっとそれが疑問だった。

「それはお姉様が長女だからですよ」

 普段私を嘲笑するリリーだったが、この時ばかりは怒りをこめて答えた。

「だって私はお姉様より全ての点において優れているのです。ですが、もし我が家に縁談がくればお姉様が先に嫁いでいくでしょう」

 それを聞いて私は理解した。基本的に貴族社会では先に生まれた子供の方が上、という不文律がある。男子であればよほどのことがない限り長男が家督を継ぐし、女子でも基本的に長女がその家にとって一番大事な政略結婚相手に嫁ぐ。
 うちの家であれば長女であれば最低でも公爵家、あわよくば王家との縁談がきてもおかしくない。
 リリーにとって、私がリリーをさしおいてそういうすばらしい嫁ぎ先に行くのが我慢ならないのだろう。

「だからお姉様の評判は可能な限り下げておかねばならないのです」

 リリーが私をいじめる理由は分かったが、だからといって納得できるものでは到底ない。

「だからといって、ここまでしなくても……」
「じゃあお姉様が家を捨てて出ていってくれてもいいですよ。そしたらもういじめる理由はありませんし」

 リリーはにこやかな表情の裏に恐ろしい決意をこめて言う。それを聞いた私は彼女の確固たる悪意に戦慄するのだった。



「実は我が家に王家から縁談が来ているの」

 そんな話を思い出したのは、夕食の席で母上がそんなことを言ったからだ。

「え、本当に!?」

 すぐさまリリーが反応する。
 ファーレン王国のクリストフ第一王子は今年で十四歳。結婚はまだ早いとしても、婚約者ぐらいは決まってもおかしくない年齢だ。
 眉目秀麗、文武両道で貴族や家臣たちの間でも時期国王として期待されているだけでなく、貴族令嬢の中では誰が伴侶になるか注目されていた。未来の王妃の地位だけでなく、彼自身の人気も非常に高かった。
 そんな中、我がエルガルド公爵家に縁談が来たのは家の大きさを考えればまあまあ順当だと思う。

 問題は。

「一体誰が嫁ぐのですか?」

 リリーが緊張した面持ちで尋ねる。
 長女である私か、評判のいいリリーか。
 すると父上が少し険しい表情になった。

「わしはリリーを推薦したのだが、どうやらクリストフ殿下の意向で、姉妹のどちらを嫁に出すかは一度会って決めたいとのことだ」
「え……」

 私とリリーは意外な成り行きに困惑する。
 通常、縁談は未婚の娘の中で最も年齢が高い者が選ばれる。もちろん、怪我や病気、もしくは修道女になっているなどの事情がなければではあるが。
 ただ、そういう事情がなくても女子を出す側の家から長女でない女子が推薦されることはある。そう、今回のように長女に明確な悪評がある場合だ。その場合は大体家の意向が優先されて推薦した方が嫁いでいく。

「基本的に縁談でこんなことはほぼないのだが、殿下が絶対にとおっしゃったらしくてな」

 父上も少し困惑しているようだった。基本的に政略結婚で本人の意思が尊重されることはほぼないからだろう。もっとも、長女と次女であれば政略結婚の重さはそこまで変わらないので殿下の意思が通ったのだろう。
 もちろん私は別に殿下とは何の縁もない。だから殿下が会いに来たとしてもリリーを選んで終わるだろうが。

「まあ、多少イレギュラーではあるが、実際にリリーに会えば殿下もリリーを選ぶだろう」
「そうですわね。私も殿下に選んでいただけるのであればその方が嬉しいですわ」

 リリーもすぐに気を取り直したように言う。

「来週末、うちでパーティーを開き、そこに殿下がお越しくださる。その際にそこでお前たちと話し、どちらが良いかをお決めになるようだ。心しておくように」
「はい、父上」

 リリーが頷く。父上は私を見向きもしない。結局、多少形が変わったところで殿下はリリーを選んで終わりだろう。

「それから、ついでではあるがウルムート侯爵家の令息とも縁談が決定した」
「え、それはあの悪評絶えない男ですか?」

 リリーが顔をしかめる。
 ウルムート侯爵家は最近領地で商業が発達して勢力を伸ばしている新興貴族であるが、長男のゴルグは大変評判が悪かった。領地では道行く通行人と乱闘して怪我を負わせ、王都では夜の街に繰り出して女遊びをし、謹慎を命じられれば柄の悪い男たちを家に引き入れて博打三昧。
 貴族令息というよりはただのならず者である。

「ああ、うちから娘を出せば資金を融通してくれるらしいからな。当然、殿下との縁談に漏れた方が嫁ぐことになるだろう」
「なるほど、そういうことですか」

 父上の言葉にリリーはくすりと笑ってこちらを見る。
 リリーからしてみれば悪評を立てた姉がどうなるのか気がかりだったが、金はあっても格下の、しかも評判が悪い相手に嫁ぐと聞いて安堵したのだろう。
 父としても、金と力だけはある新興貴族に大事な娘を嫁がせるのはもったいないが、私であればちょうどいいということだろう。

 私はそれを聞いて暗澹たる気持ちになったが、何も言うことは出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

醜いと虐げられていた私を本当の家族が迎えに来ました

マチバリ
恋愛
家族とひとりだけ姿が違うことで醜いと虐げられていた女の子が本当の家族に見つけてもらう物語

姉の代わりになど嫁ぎません!私は殿方との縁がなく地味で可哀相な女ではないのだから─。

coco
恋愛
殿方との縁がなく地味で可哀相な女。 お姉様は私の事をそう言うけど…あの、何か勘違いしてません? 私は、あなたの代わりになど嫁ぎませんので─。

【完結】「お姉様は出かけています。」そう言っていたら、お姉様の婚約者と結婚する事になりました。

まりぃべる
恋愛
「お姉様は…出かけています。」 お姉様の婚約者は、お姉様に会いに屋敷へ来て下さるのですけれど、お姉様は不在なのです。 ある時、お姉様が帰ってきたと思ったら…!? ☆★ 全8話です。もう完成していますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

短編 一人目の婚約者を姉に、二人目の婚約者を妹に取られたので、猫と余生を過ごすことに決めました

朝陽千早
恋愛
二度の婚約破棄を経験し、すべてに疲れ果てた貴族令嬢ミゼリアは、山奥の屋敷に一人籠もることを決める。唯一の話し相手は、偶然出会った傷ついた猫・シエラル。静かな日々の中で、ミゼリアの凍った心は少しずつほぐれていった。 ある日、負傷した青年・セスを屋敷に迎え入れたことから、彼女の生活は少しずつ変化していく。過去に傷ついた二人と一匹の、不器用で温かな共同生活。しかし、セスはある日、何も告げず姿を消す── 「また、大切な人に置いていかれた」 残された手紙と金貨。揺れる感情と決意の中、ミゼリアはもう一度、失ったものを取り戻すため立ち上がる。 これは、孤独と再生、そして静かな愛を描いた物語。

【短編版】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化進行中。  連載版もあります。    ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    義務的に続けられるお茶会。義務的に届く手紙や花束、ルートヴィッヒの色のドレスやアクセサリー。  でも、実は彼女はルートヴィッヒの番で。    彼女はルートヴィッヒの気持ちに気づくのか?ジレジレの二人のお茶会  三話完結

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました

つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。 けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。 会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……

処理中です...