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無職になった男と奴隷少女リン

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 その後家にあった古いベッドを引っ張り出し、俺はそちらで寝ることにしてリンには俺のベッドで寝てもらった。

「おはようございます、ご主人様」

 翌朝俺が目を覚ますと、部屋の中にはいい香りが漂っていた。

「ああ、おはよう」
「ベッドまで貸していただいとのでせめてものお返しに、と朝食の用意をしておきました」
「ありがとう」

 俺は目の前に用意されたトーストと卵焼き、それから紅茶を見て驚く。一人で暮らしていたとき、俺は面倒なのでトーストをそのまま口に押し込んで家を出ていた。
 シンプルなメニューだが、うちにあった食材を考えると精一杯の出来だろう。
 俺は卵焼きを口に入れると、ふわふわとした焼き上がりで、トーストはちょうどよくきつね色に焼き上がっており、薄くバターがかかっていて食べると口の中に甘味が広がり、昨日まで毎朝食べていたのと同じものとは思えなかった。

「いかがですか?」
「おいしい。昨日までと同じものを食べているとは思えない」
「良かったです」

 リンはほっとしたように息を吐く。

「リンも冷めないうちに食べろ」
「いいのですか? ご主人様が食べ終わるのを待って食べるのがマナーだと聞きましたが」
「そんなマナーはどうでもいい。第一、作った人が温かいうちに食べられないのはおかしいだろ」
「ありがとうございます。でしたらお言葉に甘えて失礼しますね」

 リンは腰を下ろすとパクパクと朝食を食べ始める。
 それを見て同居人がいるのも案外悪くないと思うのだった。

 さて、朝食を食べ終えた俺は洗い物をしてくれているリンの後ろ姿を見つつ考える。彼女がこんなボロ布のような服でいるのは困る。外に連れ出すのはかわいそうだし、周囲からの視線も痛いだろう。
 元々職業売買などという怪しい商売をしている上に半裸の女子を横に侍らせていれば、怪しさは二倍になってしまう。

 家の中にいるにしても、半裸のような恰好でうろうろされると目が毒だ。俺は昨日「いやらしい目で見ていた」と言われたことを思いだす。

「よし、とりあえずリンの服を買いにいこう」
「え?」
「俺は昨日みたいに職業を売買する店をやっている。だからそれにふさわしい、と言うと大仰だけどそれなりの服がほしい」
「すみません、私がまともな服を持っていなかったばかりに」

 リンが申し訳なさそうに言う。

「しょうがない、どうせ全部借金で持っていかれたんだろ? それに働くときは雇い主が制服を用意するのは当然だろ?」
「は、はい」

 リンは嬉しそうに頷く。

「とりあえず買うまではこれを羽織っていてくれ」

 そう言って俺は旅用のマントを渡す。
 少し大きいが、とりあえず体が隠せれば今はいいだろう。

 また、俺はこれまでの仕事で使っていた道具をひとしきり荷物に詰め込む。これらのものはもう使わないし、リンの服や、職業を買うお金の足しにしよう。

「ご主人様、それは?」
「もういらないものだ。こんなのでも売れば多少の足しにはなるだろう」
「すみません、私のために……」
「職業の売買さえできれば、服を買うお金なんてすぐに戻ってくる」

 実際、俺のような男が一人で立っているよりも、リンのような少女が身なりを整えて接客している方がお客さんも増えるだろう。
 俺は荷物を持って以前店の手伝いをしたこともある馴染みの雑貨屋へ向かい、そこで全ての持ち物を売りに出す。店主には驚かれたが、俺は正直に職業売買という新しい商売を始めたことを告げた。彼は俺が騙されているのではないかと心配そうであったが、結局不用品をそこそこのお金で引き取ってくれた。

 次に俺たちは服屋へ向かった。この街でも一番大きく、普段着から旅装、それからフォーマルな服まで全て取り扱っている。

「どのようなものがご入用でしょうか?」

 俺が奴隷を連れているのを見て金持ちとでも思ったのか、店員が早速話しかけてくる。普段なら鬱陶しいと思うところだが、女性物の服であれば任せた方が好都合だろう。

「これから商売を始めるんだが、彼女にそれに合う服と、後は普段着が数着欲しい」
「商売ということは売り子をなさるということですか?」
「そうだ。出来ればあまり見すぼらしくないものがいい」
「分かりました」

 彼女はリンの恰好を見て一瞬眉をひそめたようだが、すぐに店の奥に入っていく。
 そして何着かの服を持ってきてくれた。

「しっかりとした商売をなさるのでしたらこれなどいかがでしょう?」

 そう言って彼女が見せたのはいわゆるギルドや役場などのしっかりした施設の受付嬢、もしくは少し敷居が高い店の店員が着ている制服のようなものだった。
 ブラウスにタイトスカート、ベストにリボンがセットになったもので、それらをいくつかの組み合わせ見せてくれる。
 それを見てリンは目を輝かせた。

「わあ、一度こんな格好いい服でお仕事をしてみたいと思っていたんです」
「そうか。なら好きな柄のやつを選んでくれ」
「ありがとうございます!」

 リンは声を弾ませて店員とともに奥の試着室へと入っていく。

 そして数分して中から現れたリンを見て俺は息を飲んだ。紺色のベストに胸元の赤いリボン、新品の真っ白なブラウスに黒色のぴしっとしたタイトスカート。その姿はどこからどう見ても役場やギルドの職員であった。

 昨日初めてリンを見たときとはまるで別人だ。
 そんなリンが少し緊張した面持ちで俺を見上げてくる。

「ど、どうでしょうか?」
「ああ、すごく似合ってるよ」
「ありがとうございます、良かった……大事にしますね」
「ああ」

 俺が思っているよりもリンは服を気に入っているらしく、少しほっこりしてしまう。

「じゃあ後はリンの普段着も頼む」

 そう言って俺は店員に銀貨を渡す。服の値段にはあまり詳しくないので、予算内に適当に済ませてもらえればいい。

 そして俺はリンがご機嫌で店内を見て回るのを見守るのだった。
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