35 / 77
Ⅲ
事件 ウィル視点Ⅲ
しおりを挟む
「出来ました!」
それから二時間ほどして、ようやくシエラが作っていたケーキが焼き上がる。シエラは満面の笑みを浮かべているが、僕は期待と不安が半々という心境だった。
ちらっと一緒に作っていたメイドのレーナに視線を送るが、彼女も浮かない表情をしている。それを見て僕はますます不安になった。
経験豊富な彼女が手伝ってもこれだとは。
とはいえ運ばれてきたケーキは見た感じ、ふわふわとしたスポンジに生クリームがかかり、フルーツが並んだ普通のケーキである。
「おお、おいしそうだな」
僕はぎこちない口調で褒める。
シエラの料理はいつも見た目や匂いは悪くなかった。恐らくだが、見た目や匂いは作りながらでも分かるから壊滅的にはならないのではないか。
「ありがとうございます、今回はいろいろ教えてもらったので自信作なんです!」
そう言ってレーナがケーキを切り分けてくれる。
そしていよいよ僕の前に切り分けられたケーキが置かれた。
僕はレーナに味見をさせようかと思ったがやめた。仮にレーナがまずいと思ったとしても、それで僕が食べないという訳にはいかない。どうせ食べると決めているなら味見をしてもらう意味もないだろう。
そんなことを思いながら僕はケーキを口に入れた。
「ん……これは!?」
クリームは甘いのだが、スポンジを噛みしめるとなぜか辛い。そう言えば料理中にタバスコがどうとか聞こえてきたが、本当に入れてしまったのか。
しかもタバスコはかたまりになってしまっているようで、七割ぐらいは普通のケーキなのだが、ところどころで急に口の中に辛味が広がっていく。当然普通のケーキの味と辛さが合う訳もなく、そのたびに口の中で不協和音が起こる。しかもそのたびにタバスコの方が勝ってしまっていた。
そんなケーキをシエラも口に入れる。
「うん、おいしいです。うまく出来て良かった」
そして安堵しながらケーキを飲み込む。
僕は呆然としながら彼女を見つめた。しかし実際彼女はおいしそうに次々とフォークでケーキを口に運んでいる。
こんなケーキがおいしい訳がない!
それを見て僕は確信した。
彼女がレシピをいつも無視するのはそもそも味音痴だからだったのか!
普通の人なら何回か作っているうちにレシピを無視して作るとまずくなる、ということに気づくが、シエラの場合はそれも気づかないらしい。
それを見て僕は決意する。
彼女の料理の腕が上達することはほぼ確実にありえない以上、これからは彼女に料理させるのはやめよう、と。
「ああ、おいしいよ……」
これが最後だ、と思いながら僕はシエラが作ったケーキをおいしい振りをしながら食べる。ところどころ辛い部分を噛み潰すために目から涙がこぼれそうになるのを懸命に堪える。
「どうしました? 目が赤いですが」
「いや、僕はシエラの料理に感動しているんだ」
「まあ嬉しい」
僕の気持ちには気づかず、シエラは無邪気な笑みを浮かべた。
まさかこんなところで涙を我慢することを強いられるとは。
そしてようやく一切れのケーキを食べ終えるころには僕はもう一つの決意をしていた。ここまで料理の腕が絶望的なのであれば、何か別のことで気持ちを伝えてもらわなければ。
最初は会うだけで満たされていた僕のシエラへの思いは、だんだんそれだけでは満たされなくなっていった。
幸い女なら何の能力もなくても出来ることがある。
「おいしかった、シエラ。この後僕の部屋に来ないか?」
「え、でも今日はそろそろ……」
あまり遅くなってはいけない、というのは僕も分かっている。
その上で誘っているのだ。
「まあ少しぐらいいいじゃないか」
「まあ、少しなら」
僕は戸惑うシエラの手をとって強引に自室に連れ込む。
間近で見るとやはりシエラはきれいだ。掴んだ手も柔らかい。それに急な誘いに多少困惑していても、僕のことを信じ切っている。
そんな彼女を見て僕はやはり彼女こそが自分にふさわしい女である、と確信するのだった。
それから二時間ほどして、ようやくシエラが作っていたケーキが焼き上がる。シエラは満面の笑みを浮かべているが、僕は期待と不安が半々という心境だった。
ちらっと一緒に作っていたメイドのレーナに視線を送るが、彼女も浮かない表情をしている。それを見て僕はますます不安になった。
経験豊富な彼女が手伝ってもこれだとは。
とはいえ運ばれてきたケーキは見た感じ、ふわふわとしたスポンジに生クリームがかかり、フルーツが並んだ普通のケーキである。
「おお、おいしそうだな」
僕はぎこちない口調で褒める。
シエラの料理はいつも見た目や匂いは悪くなかった。恐らくだが、見た目や匂いは作りながらでも分かるから壊滅的にはならないのではないか。
「ありがとうございます、今回はいろいろ教えてもらったので自信作なんです!」
そう言ってレーナがケーキを切り分けてくれる。
そしていよいよ僕の前に切り分けられたケーキが置かれた。
僕はレーナに味見をさせようかと思ったがやめた。仮にレーナがまずいと思ったとしても、それで僕が食べないという訳にはいかない。どうせ食べると決めているなら味見をしてもらう意味もないだろう。
そんなことを思いながら僕はケーキを口に入れた。
「ん……これは!?」
クリームは甘いのだが、スポンジを噛みしめるとなぜか辛い。そう言えば料理中にタバスコがどうとか聞こえてきたが、本当に入れてしまったのか。
しかもタバスコはかたまりになってしまっているようで、七割ぐらいは普通のケーキなのだが、ところどころで急に口の中に辛味が広がっていく。当然普通のケーキの味と辛さが合う訳もなく、そのたびに口の中で不協和音が起こる。しかもそのたびにタバスコの方が勝ってしまっていた。
そんなケーキをシエラも口に入れる。
「うん、おいしいです。うまく出来て良かった」
そして安堵しながらケーキを飲み込む。
僕は呆然としながら彼女を見つめた。しかし実際彼女はおいしそうに次々とフォークでケーキを口に運んでいる。
こんなケーキがおいしい訳がない!
それを見て僕は確信した。
彼女がレシピをいつも無視するのはそもそも味音痴だからだったのか!
普通の人なら何回か作っているうちにレシピを無視して作るとまずくなる、ということに気づくが、シエラの場合はそれも気づかないらしい。
それを見て僕は決意する。
彼女の料理の腕が上達することはほぼ確実にありえない以上、これからは彼女に料理させるのはやめよう、と。
「ああ、おいしいよ……」
これが最後だ、と思いながら僕はシエラが作ったケーキをおいしい振りをしながら食べる。ところどころ辛い部分を噛み潰すために目から涙がこぼれそうになるのを懸命に堪える。
「どうしました? 目が赤いですが」
「いや、僕はシエラの料理に感動しているんだ」
「まあ嬉しい」
僕の気持ちには気づかず、シエラは無邪気な笑みを浮かべた。
まさかこんなところで涙を我慢することを強いられるとは。
そしてようやく一切れのケーキを食べ終えるころには僕はもう一つの決意をしていた。ここまで料理の腕が絶望的なのであれば、何か別のことで気持ちを伝えてもらわなければ。
最初は会うだけで満たされていた僕のシエラへの思いは、だんだんそれだけでは満たされなくなっていった。
幸い女なら何の能力もなくても出来ることがある。
「おいしかった、シエラ。この後僕の部屋に来ないか?」
「え、でも今日はそろそろ……」
あまり遅くなってはいけない、というのは僕も分かっている。
その上で誘っているのだ。
「まあ少しぐらいいいじゃないか」
「まあ、少しなら」
僕は戸惑うシエラの手をとって強引に自室に連れ込む。
間近で見るとやはりシエラはきれいだ。掴んだ手も柔らかい。それに急な誘いに多少困惑していても、僕のことを信じ切っている。
そんな彼女を見て僕はやはり彼女こそが自分にふさわしい女である、と確信するのだった。
117
あなたにおすすめの小説
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】期間限定聖女ですから、婚約なんて致しません
との
恋愛
第17回恋愛大賞、12位ありがとうございました。そして、奨励賞まで⋯⋯応援してくださった方々皆様に心からの感謝を🤗
「貴様とは婚約破棄だ!」⋯⋯な〜んて、聞き飽きたぁぁ!
あちこちでよく見かける『使い古された感のある婚約破棄』騒動が、目の前ではじまったけど、勘違いも甚だしい王子に笑いが止まらない。
断罪劇? いや、珍喜劇だね。
魔力持ちが産まれなくて危機感を募らせた王国から、多くの魔法士が産まれ続ける聖王国にお願いレターが届いて⋯⋯。
留学生として王国にやって来た『婚約者候補』チームのリーダーをしているのは、私ロクサーナ・バーラム。
私はただの引率者で、本当の任務は別だからね。婚約者でも候補でもないのに、珍喜劇の中心人物になってるのは何で?
治癒魔法の使える女性を婚約者にしたい? 隣にいるレベッカはささくれを治せればラッキーな治癒魔法しか使えないけど良いのかな?
聖女に聖女見習い、魔法士に魔法士見習い。私達は国内だけでなく、魔法で外貨も稼いでいる⋯⋯国でも稼ぎ頭の集団です。
我が国で言う聖女って職種だからね、清廉潔白、献身⋯⋯いやいや、ないわ〜。だって魔物の討伐とか行くし? 殺るし?
面倒事はお断りして、さっさと帰るぞぉぉ。
訳あって、『期間限定銭ゲバ聖女⋯⋯ちょくちょく戦闘狂』やってます。いつもそばにいる子達をモフモフ出来るまで頑張りま〜す。
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
完結まで予約投稿済み
R15は念の為・・
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。
全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。
言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。
食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。
アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。
その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。
幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…
【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます
との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。
(さて、さっさと逃げ出すわよ)
公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。
リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。
どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。
結婚を申し込まれても・・
「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」
「「はあ? そこ?」」
ーーーーーー
設定かなりゆるゆる?
第一章完結
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる