悪役令嬢は推しカプのために婚約破棄されたい 〜好感度モニターが壊れて全人類から溺愛されてます〜

りい

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第一章 転生先は推しカプの隣だが断罪イベントに進めない

第一話 転生先はまさかの天国

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「……嘘でしょ。私、ここで死ぬの?」

それが、私の人生最期の言葉だった。 視界の端には、部屋の隅に山積みになった未開封のゲームソフト――いわゆる「積ゲー」の山。そして手元には、本日発売されたばかりの乙女ゲーム『幻想のルミナス』完全設定資料集。

このゲームは、私の人生のすべてだった。 舞台は魔法と貴族が支配するファンタジー世界。平民でありながら「聖女」の魔力を持って生まれたヒロインが、超ハイスペックな王子や騎士たちに愛されながら世界を救う――。 ……なんていう表向きのストーリーはどうでもいい。

私の生きがいは、メインヒーローであるギルバート王子と、ヒロインのアリスちゃん。この二人の「公式カップリング(推しカプ)」が、幾多の障害を乗り越えて結ばれる過程を、網膜に焼き付けること。 特に、卒業パーティで悪役令嬢が婚約破棄され、王子がヒロインを強く抱きしめて愛を誓う「断罪イベント」は、何度見ても白飯が三杯いける神シーンなのだ。

今日はその資料集の限定挿絵を見るために、仕事を光速で終わらせて帰宅した。 しかし、運命は残酷だった。

厚さ10センチ、重さ2キロ。 あまりの挿絵の尊さに、脳の血管が何本か切れるような衝撃を受けた私は、椅子から転げ落ちた。その衝撃で、背後にそびえ立っていた「歴代攻略本タワー」が、ドミノ倒しのように崩れ去る。

「あ、これ、物理的に尊死するわ……」

角張ったハードカバーが、私の脳天を直撃した。 意識が遠のく中、私は心の底から叫んだ。

(もっと、ゲームがしたかった……! まだあの隠しルートのフルコンプしてないし、推しカプの結婚式後日談も読んでないのに……っ! 神様、せめてもう一本、一本だけでいいからクリアさせてよぉぉぉ!)

そんなゲーマーとしての執念と、あまりに切実な未練とともに、私の意識は真っ暗な闇へと沈んでいった。

「……ん」

不快な頭痛を予想していたのに、目覚めは驚くほど爽やかだった。 身体が、信じられないほど柔らかい何かに包まれている。 前世で使っていた安物のニトリの布団じゃない。これは、雲の上だ。

(天国……? ゲーマー向けの天国って、ゲーミングベッドとか完備されてるのかな?)

ゆっくりと目を開ける。 視界に飛び込んできたのは、高く、真っ白な天井。そこには精緻な彫刻が施された巨大なシャンデリアが輝いている。 横を向けば、窓からは手入れの行き届いた広大な薔薇園が見えた。

「……どこ、ここ?」

自分の声に違和感を覚える。 低く、鈴を転がすような、凛としていながらも甘い響き。 少なくとも、毎日カップ麺をすすりながら深夜までゲームをしていた干物女の声ではない。

混乱して起き上がろうとした瞬間。 私の視界に、妙なノイズが走った。

「えっ……!?」

まるで近未来のスマートグラスでもかけているかのように、視界の端に半透明のデジタルメーターが出現したのだ。 部屋の隅に立っていた、メイド服を着た女性。彼女の頭上に、こんな文字が浮かんでいる。

【モナ(侍女) → ???:90(崇拝)】

「モナ……? 好感度、90?」

数字は真っ赤に発光している。 乙女ゲームのシステム画面をそのまま現実にしたような、奇妙な光景。 私は混乱したまま、思考を巡らせた。

(待って。モナって、『幻想のルミナス』の序盤に出てくるモブ侍女の名前じゃない? たしか、悪役令嬢にこき使われて泣いてるはずの……)

嫌な予感が、背筋を駆け抜ける。

ここで、冷静に状況を整理しよう。 私がプレイしていた『幻想のルミナス』は、ただの恋愛ゲームではない。 「魔力適性」がすべてを決める階級社会。 その頂点に立つのが王家。そして、王家を支えるのが四大公爵家。

物語のヒロインは、魔力を持たないはずの平民でありながら「光の魔力」を発現させ、特待生として王立アカデミーに入学する。 そこで待っているのは、高慢な貴族たちのいじめと、それから救い出してくれる麗しの王子様との恋……。

そして、その「いじめ」の主犯格こそが、王子の婚約者であり、アストレア公爵家の令嬢。 名前は――

「嘘でしょ。まさか、ね」

私は震える足でベッドを降りた。 床に敷かれたペルシャ絨毯の感触が、あまりにもリアルで恐ろしい。 これは夢じゃない。現実だ。

私は吸い寄せられるように、部屋の壁に備え付けられた巨大な姿見の前に立った。

鏡の中にいたのは、私が何度も画面越しに見て、資料集で穴が開くほど眺めた「あの女」だった。

夜の帳をそのまま溶かしたような、艶やかな黒髪。 切れ長で、人を寄せ付けないほど鋭い、けれど吸い込まれそうな紫水晶(アメジスト)の瞳。 完璧に整った顔立ちは、美しさを通り越して「凶器」に近い。

「リリアーナ・ヴァン・アストレア……」

そう、私(リリアーナ)は、このゲームにおける最大の障害であり、最凶の悪役令嬢だ。 ゲームのラストでは、ヒロインのアリスちゃんを暗殺しようとした罪を問われ、婚約破棄の末に極寒の地へ追放される。

「私、転生しちゃったんだ。よりによって、推しカプの邪魔をするゴミムシに……」

がっくりと膝をつく。 普通なら「破滅フラグ回避」のために、今日からいい人になって、王子との婚約を平和的に解消しようと動くところだろう。

だが、私は違う。 私は、限界オタクなのだ。

「……待って。よく考えたら、これって神展開じゃない?」

私は鏡を見つめ直し、瞳を輝かせた。

「私がリリアーナなら……あの、ギルバート王子がアリスちゃんを庇って、私を冷たく見下しながら『二度と彼女に触れるな、卑劣な女め!』って言い放つあの伝説のシーンを、真横からフルHD、どころかVR並みの臨場感で見れるってことよね!?」

断罪される私の隣で、推しカプが愛を確かめ合う。 その瞬間の王子の「守護欲に溢れた表情」と、ヒロインの「潤んだ瞳」を、誰よりも近くで、生で見ることができる。

(……優勝。優勝だわこれ!!)

転生前、死ぬ間際に願った「もっとゲームがしたかった」という思いが、こんな最高の形で叶うなんて。 私はガタガタと震えながら、自分自身の頭上に浮かぶ「見えないはずのステータス」に思いを馳せた。

「よし、決めたわ。私の使命は、生き残ることじゃない。最高の断罪イベントをプロデュースすることよ!!」

アリスちゃんをいじめる(という名目で二人の仲を近づける)! 王子に嫌われる(という名目でヒロインへの愛を再確認させる)! そして最後には、完璧なタイミングで「婚約破棄」を突きつけられて、幸せな二人を背景に華麗に退場する。

それが、この世界に転生した私の、オタクとしてのプライドだ。

「覚悟なさい、ギルバート王子! あなたを完璧な『スパダリ』に、アリスちゃんを最高の『シンデレラ』にしてあげるわ!」

リリアーナ(中身:限界オタク)の、命がけの「推しカプ成立作戦」が、今、幕を開けた。

……のだが。 この時の私は、まだ気づいていなかった。 視界の端にチラチラと映る、自分自身の「好感度計」の異常値に。

そして、ギルバート王子の執着心が、ゲームのプログラムを根底から破壊するほど「バグっている」という事実に――。
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