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25. 国境へ

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 エレナは、ジェオルジェが向かう国境警備隊の凶暴な野生動物の討伐に共に向かう事となった。名目は、ジェオルジェの両親への挨拶である。




 エレナがアンドレイ邸に来て、一ヶ月目と、二ヶ月目の時はエレナを置いて出掛けていたジェオルジェだった。
 しかし両親が、明らかに顔つきが変わった息子に、何があったのかを無理やり聞き出し、好きな人と一緒に住んでいると聞くやいなや、何度も連れて来いと言ったのだった。
 ジェオルジェは、まだ連れて行きたくなかった。なにせ、自分の気持ちは伝えてもいないのだ。なのに自分の両親に紹介するなんてどう説明すればいいのか分からなかったのだ。
 だから二ヶ月目には連れて行かなかっのに、その事で今までにないほどにしごかれ、帰るのもいつもより遅く二十日ほども滞在してしまった。

 だから結局、三ヶ月目にはエレナを連れて行く事としたのだった。

 ジェオルジェは、エレナと離れたく無いという気持ちもあったから…。


 だからと言って、ジェオルジェはエレナにまだ直接気持ちを伝えてはいない。可愛いだの、素敵だのと伝えても冗談言わないでとエレナは躱しているので、伝えたところで今の関係が壊れてしまうなら、まだ曖昧な今の関係が続くだけでいいと思っていたのだ。


 

 エレナは、両親がエレナに会いたがっているから一緒に来てくれないかという誘いが来た時に、まずかなり驚いた。
なぜって、エレナは借りた服の持ち主母のキャルリも、ジェオルジェの父親ももう生きていないと勝手に思い込んでいたからだ。


(私、大変に失礼な事を思ってしまってたのね…。
だって、ジェオルジェは二十五歳なのにこのアンドレイ邸には一人で住んでいると言っていたもの。
服を借りた時も、もう着る人がいないからエレナが着ると喜ぶとかいろいろと言ってくれていたし。だからてっきり…。
服を借りていたのも、ジェオルジェのお母様にきちんとお礼を言わないといけないわよね。)


 エレナは途端に緊張したが、ジェオルジェと一緒に出掛けられるのは嬉しいとも感じていた。




☆★

「ねぇ、〝最高の休憩所〟を更に増築するって本当?」



 今は、国境警備隊がいる砦まで向かう馬車の中だ。

 エレナは、時折〝終の山〟に遊びに行っている。だが、行く度にその場所の姿は変わっているのだ。

 なぜか。

 それは、改修工事をし始めると、そこは珍しい沸き湯がある為に、そこで作業する工事業者はとても期待した。
 そして、食事もマダリーナが作る為にとても美味しいと評判となった。
元々工事業者はルウサドルイ街の者がほとんどで、そこでマダリーナが営んでいた店の常連でもあった。だが、マダリーナがその店から居なくなり、どうにも味が違うと残念に思ったそうだ。
それなのに、このような場所でまさか食べられるとはと、泣いている者さえいた。


「また、ルウサドイ街で店をやらないのか?」


 と、工事業者の皆に何度も言われたが、マダリーナは再び街へ帰る事を拒んだ。もう息子の店だから、私はここに居ると言って。


 それが噂となり、たまに〝終の山〟へやってくる者が増え始める。
食料を持って来る者や、何か手伝います、と来るのだ。
〝終の山〟の住人達はどうしたものかと顔を見合わせ、でもまぁせっかく来てくれたのだからと感謝の気持ちとしてマダリーナが食事を振る舞ったり、沸き湯に入っていかせたりした。


 それがまた、噂が広まってどんどんと訪れる人の数が増える事となり。

 人がいきなり尋ねてくると自分達のやりたい事が出来ずに応対するのが大変だと、アンがエレナへ愚痴った。
それを聞いたエレナは考え、もうせっかくなら休憩所をやったらどうかと言った。
 人をもてなす職員は募集し、来た客には農作業を手伝ってもらい、沸き湯にも入ってもらう。そしてマダリーナの食事を振る舞う。それからビアンカや他の住人が作ったものもそこで販売をする。
 結果は大成功だったそうで、しかもそこの従業員に就職するのはものすごい倍率で人気な就職先となったのだった。


 二つある沸き湯も整備をし、人が入る場所と、野生動物が入る場所を分ける事とした。野生動物側は壁を取っ払って入り易くして、逆に人が入る側はもっと丈夫な壁を作り隙間が無いようにした。そうする事で、動物達は入りやすい方に入るから、それに怖がる人や、逆に野生動物が驚き危害を加える恐れも無くなったのだ。


「また商売をする事になっちゃったよ。でも、楽しいもんだね。これもエレナのおかげだね!」


 とマダリーナはカッカッと笑い声を上げながらエレナに報告してくれたのだ。

 そこの名前は〝最高の休憩所〟という名前になった。
悲しい気分になる名前では無く、どうせなら嬉しくなるように、とその名前にしたのだ。実際、尋ねてくる人はワクワクと胸を躍らせて来て、帰る人はまた来たいと思うようになっていた。

 そして、ルウサドルイ街から山を上った分かれ道の看板には、今ではこちら側はバツ印ではなく〝最高の休憩所〟としっかり見やすい字で書かれている。





「ん?ミルチャから聞いたのか?そうだよ、もう少しゆったりとした大きな造りにしようという事になったんだよ。
人が来ると、居場所がなくて外に置いたベンチなどに座ってもらっていると言っていたからね。」

「そうなんだ。
良かったわ、受け入れられて。」

「そうだね。風評被害も無く、逆に住人の肌つやがいいから、年齢が上がってもああなりたいと常連客もたくさんいるらしい。」

「あら!私も常連客よ?」

「ハハハ、そうだね。
あの湯は気持ち良いからな。何度も入りたくなる。」

「マダリーナさんの腰が治ったように、体調も調うみたいだもんね!」

「あぁ。我が家にも沸き湯があれば、エレナももっと喜ぶだろうに。」

「私、最初に泊まらせてもらった時、あると思ってたわ。お風呂も、部屋に同じような沸き湯の湯を入れるのかなって。
だって、領地で一番偉い人の屋敷なのに。」

「あの場所は、元々国境警備隊の宿舎だったからね。それを手直ししただけだからね。」

「そうだったのね。
…そういえば、エイデルさんが種や苗を植えてもすぐに花が咲く場所があるって。地面も心なしか温かいみたい。もしかしたら、掘ったら湧き出てくるかもしれないわよ?」

「そうなのか?
よし、帰ったらやってみようか。」

「楽しそう!でも、出なかったらごめんね?」

「いいよ。今までだって無かったんだ。そうそうあるものだなんて思っていない。出たら幸運だけどな。
お、そろそろつくぞ。」


 そう言ったジェオルジェの声に、エレナは馬車の小窓の外へ視線をやった。
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