【完結】花に祈る少女

まりぃべる

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35. 改めての通達

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「はぁー…。」



 ドグラスは何度目かのため息を漏らしながら王族居住区へと戻っていく。

 今までイェブレン国の国王ハムザと密談をしていたのである。
歳はお互いに同じような年齢であり、お互いの子供の話であった為、普段であればいろいろと話に花が咲いたはずだが、王族としては誇れる話題では無かった為に、ハムザも『我が愚息がお恥ずかしい限りです』としきりに口にしていた。ドグラスも、『我が愚息こそ、誑かすような話を持ち掛け、大変失礼な事をしました』と頭を下げた。




「父上、如何でしたか。」


 ドグラスが顔を上げると、王族居住区との境目の扉の前でヴァルナルが立っていた。


「あぁ…とにかく疲れた。」


 ドグラスはそう言うと、扉の前で立っている兵士へと視線を送る。兵士は扉を素早く開け、頭を下げた。
ドグラスはそれに一つ、頷きで返すとヴァルナルへ視線を戻し、扉の奥へと進む。


「明日、出発させる。」

「…そうですか。」


 口重く返事をしたヴァルナルも、ドグラスに続いて扉の奥へと進み、歩きながら話す。


「ハムザ国王は驚いていた。あのバカラーシュが申し訳ない事をした。」

「でもボトヴィッド王子に非はありますか?ラーシュ兄さんが話を持ち掛けたのですから、イェブレン国側からすれば、ラクダの話を持ち掛けられただけに過ぎません。」

「だが、ボトヴィッド王子はすでに手配をしようとしていた。
それに、身分のない女性と恋仲になりたいと花祈りに願いたかったそうじゃないか。イェブレン国の王族は、特に身分には厳しいからな、王子が平民と結婚したいなど、醜聞以外の何物でもないと項垂れていた。その線では、ボトヴィッド王子に処分が下るだろう。」

「そうですか…。」

「はぁ…気が乗らないが、レーニに知れる前に話しておかないとな。」

「母上には後から伝えるのですか?」

「そうだ。レーニはすぐに甘やかすからな。腹を痛めた子だから分からんでもないが…王族であるのだからな。だがまぁこればかりは、妙案だろうて。」

「イェブレン国での生活ですね。」

「そうだ。この国にいては、ラーシュは甘やかしてもらえると思うだろう。
ラーシュの願いはラクダを育てたいと言っていたからな、ラクダの生息地で共に生活する事はであろうて。
王子だからと甘やかす事はしなくてもいいと伝えたからな、ラーシュにとったら大変な生活になるだろうがそれもまた経験だ。」

「そうですね。」


 ラーシュの部屋の前に着いた二人は、ドグラスが声を上げる。


「ラーシュ、入るぞ。」


 扉を開け、部屋に入るとラーシュは窓際の椅子に腰掛けて外を見ていたが立ち上がり扉の方へと近づいて来た。


「あ、父上!」

「ラーシュ、イェブレン国のハムザ国王と話がついた。その話をするがいいか。」

「はい…あ、座りますか?」

「いや、ここでいい。
ラーシュ、急だがな、明日イェブレン国へと出発しなさい。」

「え!?明日ですか!!」

「ラーシュよ、今までお前には何度もやり直す機会はあったのだよ。
勉強だってそうだ。教師となったアウグスタからいつも逃げ回っていたそうじゃないか。
軍学校でもそう。周りの奴らが忖度してくれたお陰で、訓練もどうにか乗り切ったそうだな、いつかは自分から王族としての自覚を持ち、やる気を出すと思い放置していた。本格的に、王太子となってしまえば自分の気持ちは押し殺さないといけないから、それまではと自由にすればいいと思っていた。だが、私は全て間違っていたのだな。」

「父上…でも王太子に、オレを選んではくれなかったではないですか!」

「それはお前にいつまで経っても王族としての自覚が芽生えなかったからだよ。
ラーシュも、王太子となったらの説明をしたら、面倒だからヴァルナルに譲ると言っていたではないか。」


 それは、ヴァルナルの成人の儀と王太子就任までの僅かな時間に、ドグラスがラーシュへとをした時の話だ。


 ーーーその前段階として、ヴァルナルには前夜、呼び出し少し話をしていた。


「ヴァルナルよ、お前を王太子に任命しようと思う。」

「…ラーシュ兄さんではなくてよろしいのですか?俺…いえ私はてっきり……」

「二人だけで話しておるからな、普通に話せばよい。
…ヴァルナルのが適任であると判断したのだ。それは、随分前からではある。お前は勤勉で、王族としての自覚を随分と昔から持ち、様々な事を学んでいた。学校へ通う時もそうだな?ヴァルナルから、軍学校と士官学校の二つとも学びたいと聞いた時には驚いたよ。
私が学校へ入る時には、軍学校へ行き、卒業してから宮殿で王太子として必要な事を実務を通して学んでいったものだが、ヴァルナルは違ったからね。もちろん、あの暇さえあれば遊び呆けていたラーシュとも全く違ったな。」

「父上…」

「まぁ、それはのちに、花姫であるスティーナの傍に居られる為だと気づいたのには感服したがね。」

「や、だって、父上はラーシュ兄さんを王太子にされると思っておりましたから!」

「茶化してなどおらんよ。
私は、ラーシュかヴァルナルのどちらがよりウプサラ国を想ってくれるのか見極めておったのだよ。
…まぁ、だから明日からはよろしく頼む。王太子殿。」

「はい!
…ラーシュ兄さんには…?」

「あぁ…ぎりぎりになったが、騒がれても適わんからな。明日言うつもりだ。」

「そうですね、よろしくお願い致します」


ーーー
ーー



ーー
ーーー

「え!?オレが王太子じゃないのか!?」


 ドグラスと共に昼食を摂っていたラーシュは、王太子はヴァルナルにすると聞かされて大きな声を出した。


「…そうだ。ラーシュよ、王太子としての仕事は何か知っておるか?」

「そりゃ、事だろ!?てか、父上!オレにしてくれるんじゃないのかよ!オレにしてくれなきゃ、に考えて来た事が成し遂げられないじゃんかよ!」

「ラーシュ…ん?国の為?お前、何を考えていたのだ?」

「そりゃもちろん、ラクダを積極的にもらい受け、ここで生活の要にする事さ!オレが王太子になれば、いろいろと決めていいんだろ?難しい事は、士官学校で学んできた勉強が出来る奴にやらせるけど、ラクダがウプサラ国へきたら、きっともっと素晴らしい国になると思うんだよ、だから父上!オレを王太子にしてくれよ!今からでも間に合うだろ?なぁ父上!!」

「まだラクダを諦めとらんかったのか…ラーシュ、昼食が終わり支度が済めば任命式だ。今更変えられんよ。
それに、王太子は存在するだけでいいなんて事はない。たくさんの仕事があり、近隣諸国とも対等に接しなければならない。その為には、近隣諸国の事をよく学びよく知り、友好関係を築かなければならないのだ。」


 ドグラスは、ラーシュが分かり易いように噛み砕いて説明をする。
ラーシュが言ったラクダの話は、数年前にマルメの街の祭りで初めてラクダを見たラーシュが一目見て気に入り、ドグラスに『ラクダが欲しい』と言った事が始まりだった。だが、ドグラスはウプサラ国には生息していないラクダを遠くから輸入して世話するのは大変だからと、加えてラーシュの一時のワガママだろうと聞き入れなかったのだ。

「え!?なんだか大変だな、王太子って。ヴァルナルはやりたいと言っているのかよ?」

「ヴァルナルはちゃんと王太子の役割を理解しておるからな。」

「ふーん。じゃあ王太子はヴァルナルに譲るよ。
でも、ラクダは!?良い考えだろ?」

「ラーシュ、ラクダをこの国に輸入するのであれば、それ相応の手順が必要だ。それに、ラクダの生息地とウプサラ国とは気候が違う。その辺りもラクダに負担が掛からないかをしっかり見極めてから実行に移さねばならん。」

「めんど…だってマルメには来てるじゃねーか!
はーこれだから王族って厄介なんだよなぁ。」

「王族だからではない。国同士の決まりでもある。それにマルメに来るのは、短期間だからかもしれんだろう?
まぁ、その辺りが考慮出来れば、だな。善処しよう。」

「…分かった。父上、お願いしますよ!」


ーーー
ーー


「なんにせよ、ラクダの傍におれるのだぞ?世話も出来る。ラーシュの長年の夢であろう?」

「いや、うん、まぁ…でもイェブレン国って暑いっていうだろ?」

「ラクダの気持ちになれるではないか。」

「それは…そう、なのか?うーんまぁ…。」

「しっかりやってくるのだぞ?分かったな?教えてもらいに行くのだ。あちらに迷惑を掛けてはいかんぞ、ラーシュ。
これからは、生活するのだぞ。」

「分かりました…」


 そう言って首をもたげ、ガックリと肩を落としたラーシュだったが、次にはラクダの事を思い嬉々とした表情となった。


「まぁ、でもラクダに触れられるのは楽しみだからな!父上、ありがとうございます!」

「お?おう…頑張ってきなさい。」

「ラーシュ兄さん、お気を付けて。」

「ヴァルナル、王太子の仕事、お前に任せたぜ。しっかりやれよな?
明日行くんだったら、荷造りやらないと!」

「…はい、ラーシュ兄さん。」

「ラーシュよ、本当に理解出来たのか?
荷物は厳選して準備するのだよ。動き易い服装でないとラクダの世話なんぞ出来ん。最小限にしなさい。
…元気でな。」

「確かに!分かってますから!父上も元気でいてくださいね!」

「…ああ。」


 そう言ったラーシュは、部屋を出て行こうとするドグラスとヴァルナルを見送らずに半ばスキップでもするが如く楽しそうに衣装部屋へと向かって行った。
 ドグラスはそれを見て、果たしてこれで良かったのか、しっかり突き放し言葉をはっきりと伝えた方が良かったのではないかと自問しながらヴァルナルと部屋を去った。
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