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初対面

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 今日から訓練場の新設工事が始まると、リューリは聞いていた。
 朝食を終え、ヴァルトが警備塔へ出掛けると少しして、外からトッテンカンと大きな音が響き出した。

 リューリは、今日はゆっくりしようと本でも読もうかと応接室にあるサンルームへと来たとき、廊下から声が聞こえてきた。


「何かしら?」

「見てきます。」


 後ろについていたマイサが、そのように言って廊下へ出ようと扉を開けた時、ちょうど女性が大きな声を出して入って来た。


「あらマイサ!久しぶりね。じゃあここにいるのね?」

「ソニヤ様!?」


(え?ソニヤ様って…)


 マイサの声にリューリがその名前の人物を頭に思い浮かべた時にはもう、部屋に入って来ていた。


「あら!あなたがヴァルトの奥さんね?やだぁ!すっごく可愛い!!」


 長い茶色の髪を頭の上でキュッと結んだ、赤い瞳をキラキラと輝かせながらそう言ってリューリに乗馬用の黒いブーツの音をツカツカと響かせて近づいてくる。リューリはいきなりの事で圧倒され、言葉を返す前に腕を回され、リューリよりも頭二つ分ほども高いその人にぎゅっと抱き締められた。


(ヴァルトのお母様よね…?)


「あの…」


 抱き締められたまま、リューリは戸惑いの声を出す。そう言えば両親は領内の別の所に住んでいるのではなかったか。ここに来て十日。リューリはまだ挨拶に行っていなかった事を思い出し、慌てて挨拶をしようと思ったのだ。だが、ギュッと抱き締められたリューリは、上手く声が出せなかった。そもそも、こんな抱き締められた形で挨拶を交わしていいものかも分からないのだが。


「ソニヤ様、リューリ様がお困りですよ。」


 マイサが堪り兼ねて声を掛けると、やっとソニヤがゆっくりと腕の力を緩め、腕の中にいるリューリへと視線を合わせた。


「リューリちゃん、初めまして!私はヴァルトの母のソニヤよ。よろしくね。」

「こちらこそ!申し遅れましてすみません!私、ヴァルトの妻となりましたリューリと申します。こちらから挨拶にも行かずにすみませんでした。」

「あぁ、いいのよ。どうせヴァルトが行かなくていいって言ったのでしょ?だから会いに来ちゃったわ!」


 ソニヤはそう言って微笑み、リューリの頭をゆるゆると撫でた。


(お母様とは違うけれど、それはそれでなんだか心地いい…)


 リューリは確かに、ヴァルトから両親への挨拶はその内と言われていた。だからヴァルトに委ねてしまっていた為申し訳ない気持ちがあったが、それを分かっていると言って優しく頭を撫でてくれたソニヤに、自分の母を重ねてしまった。


 すると俄に廊下がまた騒がしくなり、先ほど見送ったヴァルトが、声を張り上げ部屋へと入って来た。


「母上!なにやってるんだよ!!」

「あら、ヴァルト。もう来たの?早いわねぇ、また馬を飛ばして来たのかしら。
今からリューリちゃんと女同士お茶会でもしようかと思ったのに!」

「だから急いで帰って来たんだよ!今日はリューリはゆっくり過ごすんだから!」


 ヴァルトは珍しく声を荒げている。しかし、ハンネレやクレメラ親子を追い返した時のように冷たく地を這うような声とはまた違い、焦っている様子に見え、リューリはクスリと笑ってしまった。


「なんでゆっくり過ごすのよ?
あら、リューリちゃんってば聞いていた通り本当に可愛いわぁ!ヴァルトも惚れるはずよねぇ!ありがとうリューリちゃん、ヴァルトと結婚してくれて。」


 ソニヤはそう言って、今度はリューリの両手を掴みブンブンと上下に振る。リューリは為すがままであった。


「母上、やめろよ!リューリの腕が取れちまうだろ!!」

「あら、馬鹿力じゃないんだからそんな事あるわけ無いでしょ?ヴァルトってば大袈裟なんだから!
そうそう、それよりも!リューリちゃんなのよね?オオヒグマとの境界線なる壁を作ろうと考えたのって。」

「え?は、はい…」

「本当、目から鱗だったわ!ノルドランデルで生まれてずっと住んでいる私達には考えつかない案よね!」

「そうでしたか…?」


 未だ両手をブンブンと振られていて、しかも思ったよりも力が強いのでリューリはふらついてしまいながらそう答える。と、ヴァルトがリューリへと近づいてきて、ソニヤから強めに引き離して自身へと引き寄せた。


「母上!リューリが倒れそうだ!」

「あらそう…?」


 やっとソニヤはリューリの手を離し、淋しそうに今度はヴァルトへと視線を移す。


「でも!ヴァルトがいけないのよ?リューリちゃんをなかなか紹介してくれないんだもの。だからこうして会いに来ちゃったの!素晴らしい案を出してくれたお礼も兼ねてね。」

「それは…!絶対、母上がリューリを無理矢理何かさせようとすると思ったからだよ!今だって、なかなかリューリを離してくれなかっただろ!?」

「あら、それとこれとは別だわ!」

「それに、昨日あの案を最後まで渋ってたのは母上だったろ!?お礼っていうか、怒りをぶつけに来たの間違いじゃないのか!?」

「失礼ね。昨日ちゃんと納得したでしょ?その後オスクやローペからも説明してもらったもの。
獲物を仕留められた時の気持ちって言葉に言い表せないほど高揚感があったもの、大きな獲物であれば尚更よ?でも…それって実は人間目線での話だものね。命を奪っていたのよね、私。それをあなたに教わったわ、ありがとうリューリちゃん。」

「母上の場合、一騎当千の勢いだからな…」


 ソニヤは生まれた時からこのノルドランデルに住んでいる。身近である国境警備隊には父親の影響で幼い頃より通っていた。しかし、女性であるからと追い返された事もあり、悔しくて警備塔以外の皆には見られない所で必死に自主練をし、力を蓄えてきていた。そして、文句を言ってくる連中を片っ端から力でねじ伏せてきたのだ。
 その負けん気と血の滲むような努力に、ヴァルトの父オスクが見初め、妻としたのだ。


「ソニヤ様…」

「いやよ、私の事は義母様って呼んでちょうだい!だって娘が出来たんだもの、呼んでくれるわよね?」

「はい、お義母様。」

「んまー!なんて可愛いの!!ヴァルト、あなた愛想尽かされないよう、努力するのよ!?」

「母上に言われなくても、それくらい分かってる!」


 必死に言うヴァルトに、リューリはまたもクスッと笑い、自分の気持ちをソニヤに誓いを立てるように伝える。


「私も、ヴァルトに愛想尽かされないよう努力します。ですから、ご教授よろしくお願いしますね、お義母様?」

「もう!本当可愛い子ね!!」


 ソニヤは、今まで結婚にはほど遠いと思っていた息子には勿体ないほどの可愛い嫁が来てくれたと満足そうに笑った。


「これならすぐに跡取りも出来るわね!」

「母上!いいから早く帰れよ!!てか、一緒に行こう!警備塔へ帰ろうな!
リューリ、じゃあまた昼に。」


 ヴァルトは、後ろ髪引かれながらリューリを見ているソニヤの背中を押しながら部屋を後にしたのだった。


「…なんか、嵐のようなお義母様だったわね。」

「はい。ソニヤ様は元気溌剌な方でございます。…お疲れではありませんか?」

「疲れ?いいえ、とても温かい方で良かったわ!」


 リューリは満面の笑みでマイサにそう答えたのだった。


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