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8. 救護所
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「どうして…エーファが…?」
使い物にならないケヴィンが、ぼそりと後ろで呟きながらついてくるが、司令官は気にも止めず進む。
今、倒れたエーファを運んでいるのは騎士隊の司令官を勤めるフォルクハルト=ゲルトナーだ。
「ごめんなさい…ごめんなさい…エーファ」
と涙を流し声を掛けながら小走りについてくるのは、鉄仮面を外したコリンナと、エーファとコリンナが被っていた鉄仮面を二つ両脇に抱えたマルテが同じく心配そうに横についている。
そこに、口を挟みたくなるカールだったが、まずは人命救助をと言葉を発する事もなくついていく。
王太子殿下と呼ばれたフランツも、意識のない怪我人がいるからか言葉も発する事もなく一番後に続いた。
救護所は、広場からは比較的すぐの場所にある建物の中の一階にあり、そこのベッドにエーファをとりあえず寝かせ、常駐医師の診察をしてもらう。
その間に廊下に出た六人は、まずと口を開いたのはカールだった。
「妹が、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
言葉と共に頭を下げたカールに、未だ泣いているコリンナも、消えそうな声でごめんなさいと呟き、マルテも頭を下げた。
「カール殿、頭を上げてください。
なんとなくの状況は察して指示を出したが、私はあっていましたか?」
「は、はい!
僕も、なぜ見学者がコリンナだったのかは不明なのですが、あのオットマーが問題を起こしたのは確かです。」
「ありがとう。
…ケヴィン、大丈夫か?今診察を受けているのは誰だ?知り合いか?」
「…その…」
フォルクハルトの問いに言い淀んだケヴィン。それを見たフランツは思わず口を挟む。
「ケヴィン、顔が真っ青だよ?もしかして恋人だったの?」
「いえ!…妹です。咄嗟に動けず、すみませんでした。」
それを聞いたフランツは頷き、また口を噤む。王太子である自分が主導で事を進めるべきでないと判断した時には状況を見極めるため、傍観者となる事を選ぶフランツ。それは権力ある者が発する言葉に重みがある事を幼い頃より充分教え込まれているからだ。
「妹…か。
まぁ、家族だろうと何かあればそれを差し置いてでも指示を出すべきなのに副司令官の職務を怠ったのは確かだ。そこは反省しろ。
だが、心配なのは確かだよな。
なにがあったかもう一度聞いても?」
と、フォルクハルトも言うべき事は言い、心配りの言葉も忘れない。
「はい、仰る通りです。申し訳ありません。
見学者が三名来られたのです。鉄仮面を被った二人と、彼。その三人に、手合わせの見学をさせてたようで。
辺境伯軍からの指導に負けたと勘違いしたオットマーが、見学者と手合わせすると言ったので止めようか迷ったのですが……妹が、やると…」
「ごめんなさい!私がいけないの。お兄様達に負けたアイツが、見学していた私達になら勝てるって感じで仕掛けてきたから、腹が立って私がいくって思わず言ったの。
そしたら、エーファが代わりに行くって言ってくれて…」
「申し訳ありません。私も、コリンナ様が行くと面倒な事になると思いまして。だったら私が行くと言ったんですが、みかねたのでしょうか、エーファ様が行かれると仰って…」
「ケヴィンの妹…エーファ嬢は手合わせの意味を知っていたのか?」
貴族の令嬢であれば、騎士隊に来る事も無くましてや手合わせなんて見たことも無いだろうとフォルクハルトは疑問を口にする。
「頷いてたわ。」
「はい、ご存じのようでした。実際、素晴らしかったですし。」
それを聞き、いろいろと突っ込みどころはあるがまずはそこらの令嬢とは違うのかとフォルクハルトは小さく息を吐いた。
全くの素人でしかもか弱い女性に手合わせをしたわけではないのだと少しだけ安心した。自分が不在時での出来事とはいえ、フランツにも見られ、どう対応すべきか手探り状態なのである。
フランツは王太子として王族の公務を普段はしているが、時間が空けば体を動かしたいと騎士隊の演習に参加する比較的活発な王太子であったし、騎士隊の内情もそれなりに知っている。
年も同じという事もあり、フォルクハルトとフランツは親交もあり仲も良い。
だがしっかりと公私を分けて職務の時には役職で呼び合いある意味では真面目なフランツは今、面白がっているようにも見える。怪我人がいるのでその言い方は語弊があるといえばそうだが、オットマーがやらかしてくれたからだ。
オットマー=デーニッツは遅刻は常習、上官にも口のきき方が悪いし、同僚や後輩への態度も悪く、食堂や寮の職員にも気に入らない時には暴言を吐くし、体調不良を理由にすぐサボるなど前々から問題癖のあったオットマー。
監督不行き届きとして役職のある自分もケヴィンも今回の事について処分は受けるつもりだが、前々からオットマーの扱いには困っていた。そして、幾度となく騎士隊に顔を出しているフランツだってそれを知っている。
伯爵家の次男という事で、甘やかされて育ち、勉強は出来ないからと騎士隊に入隊してきたのだ。しかし体を基本とする騎士隊で、努力もしない器の者がやっていける程甘い世界ではないのだ。
「ケヴィン、君の妹さんは手合わせやった事あるの?」
と、フランツが声を掛ける。
「あ…えっと僕が小さい時にせがまれてたまに…でもここ何年も僕は怪我をさせそうでやっていなかったです。」
「そう。
ケヴィン、心配なのは僕も妹がいるから分かるけど、君は素晴らしい僕の父が統べるエルムスホルン国の騎士隊の副司令官なんだからね?
妹さんが目を覚ました時、兄がそんなに気落ちしてたらどう思うかなぁ?」
「!
も、申し訳ありません…ありがとうございます。」
「いつものケヴィンじゃなきゃ、妹さんも余計心痛めるんじゃない?」
「フランツ…王太子殿下、良いこといいますね。」
と、フォルクハルトも口を挟む。
「やだなぁ、フォルク。今は公じゃないんだからフランツって呼んでよ。
ね、カール?」
「は、はい…」
いきなり話を振られ、緊張するカール。
「カールはまだ僕と話すの緊張するの?カールのが年上でしょ?二十三歳だったよね?」
「え、いや…はぁ。」
「僕は二十二。たった一歳しか違わないでしょ?それに、お互いに未来を見据えたら、お互いにもっと仲良くしていたいじゃん?だから、気負わないでって昨日も言ったでしょ?」
「は、はい…ありがたいお言葉…」
「堅いなぁ。
カール、だから君も申し訳ないとかそこまで謝らなくていいから。君の部下、しっかり動いてくれててしっかり者じゃん?
うちの奴らなんて、咄嗟の事で動けなかったみたいだよね。それじゃあ駄目なんだよなぁ。だからカール、もっと厳しく指導してね?」
「あ、ありがとうございます!
はい、それはもちろん…はい!」
話していると、救護所の部屋の扉が開き、医師が出てきた。
「診察、終わりましたよ。」
「ありがとう、ミヒャエル。
どうだった?」
それに、フォルクハルトが尋ねる。
「頭を打ちつけたかも、と先ほど言われましたが…全身打ち身はありそうですね。頭も打ったとは思いますが思ったほど頭に激しく打ちつけた形跡は見られませんでした。」
「良かった…マルテ仕様が役に立ったわ。」
「マルテ仕様?」
ミヒャエル医師の言葉に、コリンナがふうと息を吐く。それを素早く拾ったのはフランツだ。
「あ…えっと、マルテは私の侍従ですの。本当は、マルテと二人で騎士隊の見学に参加しようかと思ってたのですけれど、思い掛けずエーファ…エーファ様とお知り合いになれましたので、エーファ様を誘わせて頂きましたの。エーファ様のお兄様もいらっしゃるとお聞きしましてお互いの兄の職場見学しましょう、と。
でも、お顔を見られるとばれ…知られてしまうと思いましたから、マルテが付けるはずだった鉄仮面を被って参加しましたの。
マルテは、あのような剣の扱いは苦手です。無いとは思いましたが万が一手合わせをする時になって相手に倒されたら怪我をしてもいけないと、そちらには鉄仮面の裏に保護用の布と動物の毛皮を付けておりました。」
「へぇ…君は?」
「?」
「君の仮面にも付けてあるんだよね?その、保護用の布。」
「いえ。私には必要ありませんもの。」
「コリンナ!」
「なに?お兄様。」
「あ、いや…そこまでは言わなくていいよ。」
「どうして?王太子殿下に聞かれたのですからお答えしなくてはいけない、のですよね?王族の方々は特別なのでしょう?」
「ん?別に僕は…というか、カール、なに焦ってるの?」
「あ、いえ…」
カールは、侍従には保護用の布があるのに守るべき辺境伯令嬢の鉄仮面には無いのかを聞かれ、正直に答えてしまえばコリンナはそうとうにお転婆だという事が知られてしまうと焦ったのだ。一応コリンナも年頃だ。結婚相手を探さないといけないのだが、このように一般的な貴族令嬢とはかけ離れたコリンナの趣味を、進んで言いたいわけではないからだ。
コリンナは小さな頃から、平和になったとはいえ、辺境の地で私的な軍隊を率いる領地に住んでいる。そのため、動き回る事は日常で剣を持って訓練する事も日常であったのだ。鉄仮面を被る事は、見学会に参加する一部の人を見て覚えた。これは顔を見られたくない時に使えると、それからは隠れて仮面を付けて動き回る訓練をしたのだ。どうしても視界が狭くなり音も聞きづらくなるから。
「ハハハハ。コリンナ嬢はもしかしたら、素晴らしく元気なのかな?」
「?元気、ではあります。」
「ああ…」
カールは頭を抱える。が、裏にどんな意味が込められているのかも分からないコリンナは曖昧に返事をする。
「まぁ、コリンナ嬢は使用人にも心配りが出来る、優しい女性だって事が知れたのはいい情報だね。
それに、そのお陰でケヴィンの妹さんも思ったより症状が軽いかもしれなくて良かったじゃないか。」
「ああ、素晴らしい案だ。…ミヒャエル、後ろ。」
フランツの言葉に頷いたフォルクハルトだったが、扉が再び開くのでそちらを見遣り、ミヒャエルに助手が出てきたと伝える。
「どうした、オーラフ。ん?目が覚めたのか。」
開いた扉から、オーラフと呼ばれた男性のミヒャエルの助手が顔を出し、部屋の奥のカーテンを引かれたベッド際からは女性助手が顔を出して頷いている。
「ロミーが呼んでるって事は、大丈夫だろう。皆、部屋に入ろうか。」
そう言って、廊下にいた皆をミヒャエルは促した。
使い物にならないケヴィンが、ぼそりと後ろで呟きながらついてくるが、司令官は気にも止めず進む。
今、倒れたエーファを運んでいるのは騎士隊の司令官を勤めるフォルクハルト=ゲルトナーだ。
「ごめんなさい…ごめんなさい…エーファ」
と涙を流し声を掛けながら小走りについてくるのは、鉄仮面を外したコリンナと、エーファとコリンナが被っていた鉄仮面を二つ両脇に抱えたマルテが同じく心配そうに横についている。
そこに、口を挟みたくなるカールだったが、まずは人命救助をと言葉を発する事もなくついていく。
王太子殿下と呼ばれたフランツも、意識のない怪我人がいるからか言葉も発する事もなく一番後に続いた。
救護所は、広場からは比較的すぐの場所にある建物の中の一階にあり、そこのベッドにエーファをとりあえず寝かせ、常駐医師の診察をしてもらう。
その間に廊下に出た六人は、まずと口を開いたのはカールだった。
「妹が、ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。」
言葉と共に頭を下げたカールに、未だ泣いているコリンナも、消えそうな声でごめんなさいと呟き、マルテも頭を下げた。
「カール殿、頭を上げてください。
なんとなくの状況は察して指示を出したが、私はあっていましたか?」
「は、はい!
僕も、なぜ見学者がコリンナだったのかは不明なのですが、あのオットマーが問題を起こしたのは確かです。」
「ありがとう。
…ケヴィン、大丈夫か?今診察を受けているのは誰だ?知り合いか?」
「…その…」
フォルクハルトの問いに言い淀んだケヴィン。それを見たフランツは思わず口を挟む。
「ケヴィン、顔が真っ青だよ?もしかして恋人だったの?」
「いえ!…妹です。咄嗟に動けず、すみませんでした。」
それを聞いたフランツは頷き、また口を噤む。王太子である自分が主導で事を進めるべきでないと判断した時には状況を見極めるため、傍観者となる事を選ぶフランツ。それは権力ある者が発する言葉に重みがある事を幼い頃より充分教え込まれているからだ。
「妹…か。
まぁ、家族だろうと何かあればそれを差し置いてでも指示を出すべきなのに副司令官の職務を怠ったのは確かだ。そこは反省しろ。
だが、心配なのは確かだよな。
なにがあったかもう一度聞いても?」
と、フォルクハルトも言うべき事は言い、心配りの言葉も忘れない。
「はい、仰る通りです。申し訳ありません。
見学者が三名来られたのです。鉄仮面を被った二人と、彼。その三人に、手合わせの見学をさせてたようで。
辺境伯軍からの指導に負けたと勘違いしたオットマーが、見学者と手合わせすると言ったので止めようか迷ったのですが……妹が、やると…」
「ごめんなさい!私がいけないの。お兄様達に負けたアイツが、見学していた私達になら勝てるって感じで仕掛けてきたから、腹が立って私がいくって思わず言ったの。
そしたら、エーファが代わりに行くって言ってくれて…」
「申し訳ありません。私も、コリンナ様が行くと面倒な事になると思いまして。だったら私が行くと言ったんですが、みかねたのでしょうか、エーファ様が行かれると仰って…」
「ケヴィンの妹…エーファ嬢は手合わせの意味を知っていたのか?」
貴族の令嬢であれば、騎士隊に来る事も無くましてや手合わせなんて見たことも無いだろうとフォルクハルトは疑問を口にする。
「頷いてたわ。」
「はい、ご存じのようでした。実際、素晴らしかったですし。」
それを聞き、いろいろと突っ込みどころはあるがまずはそこらの令嬢とは違うのかとフォルクハルトは小さく息を吐いた。
全くの素人でしかもか弱い女性に手合わせをしたわけではないのだと少しだけ安心した。自分が不在時での出来事とはいえ、フランツにも見られ、どう対応すべきか手探り状態なのである。
フランツは王太子として王族の公務を普段はしているが、時間が空けば体を動かしたいと騎士隊の演習に参加する比較的活発な王太子であったし、騎士隊の内情もそれなりに知っている。
年も同じという事もあり、フォルクハルトとフランツは親交もあり仲も良い。
だがしっかりと公私を分けて職務の時には役職で呼び合いある意味では真面目なフランツは今、面白がっているようにも見える。怪我人がいるのでその言い方は語弊があるといえばそうだが、オットマーがやらかしてくれたからだ。
オットマー=デーニッツは遅刻は常習、上官にも口のきき方が悪いし、同僚や後輩への態度も悪く、食堂や寮の職員にも気に入らない時には暴言を吐くし、体調不良を理由にすぐサボるなど前々から問題癖のあったオットマー。
監督不行き届きとして役職のある自分もケヴィンも今回の事について処分は受けるつもりだが、前々からオットマーの扱いには困っていた。そして、幾度となく騎士隊に顔を出しているフランツだってそれを知っている。
伯爵家の次男という事で、甘やかされて育ち、勉強は出来ないからと騎士隊に入隊してきたのだ。しかし体を基本とする騎士隊で、努力もしない器の者がやっていける程甘い世界ではないのだ。
「ケヴィン、君の妹さんは手合わせやった事あるの?」
と、フランツが声を掛ける。
「あ…えっと僕が小さい時にせがまれてたまに…でもここ何年も僕は怪我をさせそうでやっていなかったです。」
「そう。
ケヴィン、心配なのは僕も妹がいるから分かるけど、君は素晴らしい僕の父が統べるエルムスホルン国の騎士隊の副司令官なんだからね?
妹さんが目を覚ました時、兄がそんなに気落ちしてたらどう思うかなぁ?」
「!
も、申し訳ありません…ありがとうございます。」
「いつものケヴィンじゃなきゃ、妹さんも余計心痛めるんじゃない?」
「フランツ…王太子殿下、良いこといいますね。」
と、フォルクハルトも口を挟む。
「やだなぁ、フォルク。今は公じゃないんだからフランツって呼んでよ。
ね、カール?」
「は、はい…」
いきなり話を振られ、緊張するカール。
「カールはまだ僕と話すの緊張するの?カールのが年上でしょ?二十三歳だったよね?」
「え、いや…はぁ。」
「僕は二十二。たった一歳しか違わないでしょ?それに、お互いに未来を見据えたら、お互いにもっと仲良くしていたいじゃん?だから、気負わないでって昨日も言ったでしょ?」
「は、はい…ありがたいお言葉…」
「堅いなぁ。
カール、だから君も申し訳ないとかそこまで謝らなくていいから。君の部下、しっかり動いてくれててしっかり者じゃん?
うちの奴らなんて、咄嗟の事で動けなかったみたいだよね。それじゃあ駄目なんだよなぁ。だからカール、もっと厳しく指導してね?」
「あ、ありがとうございます!
はい、それはもちろん…はい!」
話していると、救護所の部屋の扉が開き、医師が出てきた。
「診察、終わりましたよ。」
「ありがとう、ミヒャエル。
どうだった?」
それに、フォルクハルトが尋ねる。
「頭を打ちつけたかも、と先ほど言われましたが…全身打ち身はありそうですね。頭も打ったとは思いますが思ったほど頭に激しく打ちつけた形跡は見られませんでした。」
「良かった…マルテ仕様が役に立ったわ。」
「マルテ仕様?」
ミヒャエル医師の言葉に、コリンナがふうと息を吐く。それを素早く拾ったのはフランツだ。
「あ…えっと、マルテは私の侍従ですの。本当は、マルテと二人で騎士隊の見学に参加しようかと思ってたのですけれど、思い掛けずエーファ…エーファ様とお知り合いになれましたので、エーファ様を誘わせて頂きましたの。エーファ様のお兄様もいらっしゃるとお聞きしましてお互いの兄の職場見学しましょう、と。
でも、お顔を見られるとばれ…知られてしまうと思いましたから、マルテが付けるはずだった鉄仮面を被って参加しましたの。
マルテは、あのような剣の扱いは苦手です。無いとは思いましたが万が一手合わせをする時になって相手に倒されたら怪我をしてもいけないと、そちらには鉄仮面の裏に保護用の布と動物の毛皮を付けておりました。」
「へぇ…君は?」
「?」
「君の仮面にも付けてあるんだよね?その、保護用の布。」
「いえ。私には必要ありませんもの。」
「コリンナ!」
「なに?お兄様。」
「あ、いや…そこまでは言わなくていいよ。」
「どうして?王太子殿下に聞かれたのですからお答えしなくてはいけない、のですよね?王族の方々は特別なのでしょう?」
「ん?別に僕は…というか、カール、なに焦ってるの?」
「あ、いえ…」
カールは、侍従には保護用の布があるのに守るべき辺境伯令嬢の鉄仮面には無いのかを聞かれ、正直に答えてしまえばコリンナはそうとうにお転婆だという事が知られてしまうと焦ったのだ。一応コリンナも年頃だ。結婚相手を探さないといけないのだが、このように一般的な貴族令嬢とはかけ離れたコリンナの趣味を、進んで言いたいわけではないからだ。
コリンナは小さな頃から、平和になったとはいえ、辺境の地で私的な軍隊を率いる領地に住んでいる。そのため、動き回る事は日常で剣を持って訓練する事も日常であったのだ。鉄仮面を被る事は、見学会に参加する一部の人を見て覚えた。これは顔を見られたくない時に使えると、それからは隠れて仮面を付けて動き回る訓練をしたのだ。どうしても視界が狭くなり音も聞きづらくなるから。
「ハハハハ。コリンナ嬢はもしかしたら、素晴らしく元気なのかな?」
「?元気、ではあります。」
「ああ…」
カールは頭を抱える。が、裏にどんな意味が込められているのかも分からないコリンナは曖昧に返事をする。
「まぁ、コリンナ嬢は使用人にも心配りが出来る、優しい女性だって事が知れたのはいい情報だね。
それに、そのお陰でケヴィンの妹さんも思ったより症状が軽いかもしれなくて良かったじゃないか。」
「ああ、素晴らしい案だ。…ミヒャエル、後ろ。」
フランツの言葉に頷いたフォルクハルトだったが、扉が再び開くのでそちらを見遣り、ミヒャエルに助手が出てきたと伝える。
「どうした、オーラフ。ん?目が覚めたのか。」
開いた扉から、オーラフと呼ばれた男性のミヒャエルの助手が顔を出し、部屋の奥のカーテンを引かれたベッド際からは女性助手が顔を出して頷いている。
「ロミーが呼んでるって事は、大丈夫だろう。皆、部屋に入ろうか。」
そう言って、廊下にいた皆をミヒャエルは促した。
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