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18.見送り
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騎士隊に用がある人は限られており、中でも女性が正門からやってくる事はかなり少ない。それが今、目も覚めるような派手な色のドレスを着た女性が入って来ようとしたため門の両側に立っていた騎士は持っていた長い槍で互いに斜めに交差させて通せなくしたのだ。
「邪魔よ。早くどいてちょうだい!」
「どちら様ですかな?…てあなたは!?」
「ふん!私を見て分からないなら騎士を辞める事ね!!
早く、それをどかしてよ!」
語気を強めて言うカサンドラに、慌てて前に出る侍従のヴィリー。
「カサンドラ様!
す、すみません…王宮の正門から入るとややこしくて大変なので、こちら側から通していただきたいとカサンドラ様が…」
ヴィリーは両側に立つ門番の騎士に向かってぺこぺこと頭を下げた。
「はぁ?こっちだって、困るんだよ!」
「そうだぞ、こっちからだってややこしいさ!
ヴィリー、報告はあげさせてもらうからな!?」
門番の騎士は口々に不満をヴィリーに告げる。
「ふん!好きになさい!いいから早くここを通して!!」
腕組みをして偉そうな態度でカサンドラは胸を張る。
エーファ達もあまりの光景に目が釘付けになった。
(王女殿下…やはり普段から図書館で見た時のような、高圧的な態度なのね。)
屈強な騎士に対しても恐れる事なく誰にでもあのように強気に出るのだと、驚きを通り越して感心するエーファ。
フォルクハルトは、チッと周りには聞こえないよう舌打ちをし、そちらへ距離を縮めて一段と低い声を掛けた。
「カサンドラ王女殿下。また王宮を抜け出されたのですか。」
「誰よ!?
…て、フォルクゥ~!?やだぁ、最近会わなくって寂しかったのよぉ?」
今までとは打って変わってなぜか足をクネクネとさせ、モジモジとした表情で左右に腰を振るカサンドラ。
「そうでしたか。私は仕事に忙しいもので王女殿下のお相手は無理ですから。
それより、午後は教育の時間では?」
フォルクハルトは、今までエーファ達と話していたよりもかなり低い声で冷たく話す。が、それに気づかないカサンドラは頬を染めて尚も体をクネクネとよじらせている。
カサンドラにとって常にそのような声で相手をされているから、それが通常だと思っているのだ。
「いやだわ、フォルクったら!私の行動を把握してくれているのね?いやん!相思相愛じゃないのぉ?」
「いえ、全く。それが私の仕事なだけです。
しかしまた抜け出されたのですね?教師に迷惑を掛けるとは、大変無礼で失礼な事だと思うのですがそれがカサンドラ王女殿下は理解出来ないとは嘆かわしい限りです。」
抑揚のない声で告げるフォルクハルトだがそれに気づくはずもないカサンドラ。
「いやだわ、フォルクったら。
私、もう今年十九なのよぉ?
それなのに作法や言葉遣い、歴史や異国語なんかを学べって、もう私には必要無いのに無駄な時間なの。分かる?」
「理解されていないから、何度も学ぶ機会を与えられているのにも気づく事も出来ないのですね。」
とフォルクハルトが大袈裟にため息を吐けば、カサンドラはぷうと頬を膨らます。
「もう、意地悪言わないで?フォルクったら!」
「人の話を聞けないのであれば、話したくもありません。
おい、いいぞ。直れ!」
「「は!」」
フォルクハルトはカサンドラに告げた後、門番の二人に視線を向けて〝直れ〟と言うと、二人は槍を元の位置、つまり自分達の体の脇に沿わせて片手で持ち槍先を空高く向け直した。
「報告は正確に頼む。」
「「は!!」」
そう言うと、エーファたちの方へフォルクハルトは戻ろうと歩みを進める。
が、カサンドラは自分の行く手を阻む騎士たちを退かしてくれたと喜び、縋ろうと早歩きでフォルクハルトの片腕に腕を絡めた。
「!」
それを見たエーファはなんだか胸の辺りがモヤモヤとし、目を逸らしてしまう。
「エーファ?…なんだか見ていて気持ちのいいものではないわよね。」
エーファの視線に気付き、コリンナも眉を少しだけ寄せてエーファに向けてこっそりと話した。
「う…ん…」
エーファはそれに言葉にならない感情を抑え込むかのように答える。
と、頭を割るような一層甲高いカサンドラの声が響き渡る。
「あーん、フォルク!ありがとう!!やっぱり頼りになるわぁ!!
ねぇ、王宮まで連れてってぇ?」
「おやめください。
ヴィリー、しっかりお連れしろよ。」
それにフォルクハルトは険しい顔で睨みながらも動きつつさり気なく腕を解かせると、カサンドラの後ろにいるヴィリーへと声を掛ける。
「は、はい。」
ヴィリーは慌てて返事をする。
「もー!フォルクったらぁ!
…ん?あらケヴィンもいるじゃない!ケヴィンでもいいわ!私を連れてって-!!」
カサンドラはフォルクハルトに文句を言うが、歩いて行く方向に見知った顔を他にも見つけて声を上げる。
「すみません、私も仕事があります。
どうぞ、ヴィリーとお戻り下さい。」
「つれないわねぇ…え!?ちょっと、誰?新入り?あなたでもいいわ!背の高い、銀髪のあなたちょっとこっちへ来なさい!」
カールを見つけ、カサンドラは尚も声を掛けるがヴィリーはいつまでもここにいるべきではないとカサンドラの背中を押して歩く。
「か、カサンドラ様!そろそろ戻らねばさすがにまずいです!
ほら、行きますよ!!」
「やだ!ちょっと、私に触らないで!
せっかく知らない顔の格好いい人がいたのに!まぁ体はちょっと大きいけど、顔がいいから許容範囲な格好いい人よ?
あんたのせいで話が出来なかったじゃない!
もう、空気読みなさいよ!!」
「はいはい、行きますよ!」
ヴィリーに連れられてカサンドラが進み歩く時、ちらりとエーファとコリンナに視線を送られたが、女性には特に興味がないのか話し掛けられる事はなく、ホッとした。
けれど。エーファの心はなぜかザラザラとしていた。
「あ!思い出した!」
しかし少し進んだ先で唐突に叫び、クルリと振り向いたカサンドラは、ニタリと笑ってコリンナへと言葉を投げた。
「あんた、図書館の女ね!?
本、とーっても面白かったわ!!でも残念ね、あと十回は読み直すから、貸し出し期限ギリギリまで返せそうにないの。ごめんなさいねぇ~!!アハハハハ!!」
そう言って何が可笑しいのか一人で笑うと、背を向けて騎士隊の敷地を抜けて王宮へと歩いて行った。
あまりの事に驚くが、自分の気持ちよりもコリンナが心配になり慌てて声を掛けるエーファ。
「えと…コリンナ?」
「…大丈夫よ。ビックリしたけど、今回もちゃんと我慢したわ。偉いでしょう?」
エーファは蒸し返された事にコリンナは怒りを感じていないかと視線を向けたが、そのように返され、呟く。
「我慢…」
「ええ。兄さまにもお父様にも口酸っぱく言われたもの。『王族には逆らってはいけません』って。」
コリンナは拳を握り締めて我慢していたのだ。それを見たエーファは、コリンナの両手を掴み、自身の手のひらで包んだ。
「偉いわ、コリンナ。頑張ったのね。」
図書館の時もきっとこのように、拳を握り締めて痛みを感じることで、怒りを消していたのかもしれないと思うと自然とその手を撫でた。
「コリンナ…あながち間違ってはいないが、偉かったよ。
けど、図書館の女って?」
カールは、コリンナの熱い性格を充分過ぎるほど知っている。だからそのように端的に伝えていたのだ。万が一にも王族と会ってしまった時の対処法にと。
だが、先ほどのカサンドラの口振りから察するに本当に会っていたとはと、静かに怒りの炎を胸に点しながらコリンナに問う。
自分に向けられたであろう、知らない格好いい人、という言葉なんてどうでもいいほどに。
「あ、図書館に行った時の事よ。」
「うん。で?
王女殿下と会ってたの?」
この際、カサンドラを敬う言葉なんて忘れてしまうほど。
その殺気は周りの者たちにも分かるくらい漏れ出ている。
「あら?私言ってなかったかしら?会ったわ」
「カール殿!!」
その怒りを、フォルクハルトは感じて止めなければと割って入るが、カールはそれを手で制した。
「会って、それで?」
「私が借りようとした本が、あの方も欲しかったみたいで。」
「へぇ…」
「あ、でもそれで、エーファとお友だちになれたのよねー?」
「え、ええ、そうね。」
コリンナは、カールの怒りに気づいているのかいないのか、柔らかく微笑みながらエーファに同意を求めるように視線を送る。
エーファも、ロータルとディーターが言っていた、戦争が起こるかもしれないという言葉と、カールの先ほどとは違う声色に言葉少なに頷く。
「エーファが、たくさん本を貸してくれたからもういいの。」
そう言って笑うコリンナを見て、カールはそれ以上言葉を繋ぐ事は控えた。
「!
そうか…エーファ嬢、ありがとう。」
「い、いえ私は何も…」
「コリンナ嬢…」
ケヴィンも、先ほどのカサンドラの言葉に引っかかるものがあったのだろう、気にはなっていたがカールの殺気に口を挟めずに名前を呟くだけであった。
「ケヴィン様もご心配おかけしました。
エーファはとっても優しくて素晴らしい人です。そんな方とお友達になれて私本当に嬉しいのですよ?」
その言葉に反応しコリンナは微笑むと、ケヴィンは顔を赤くさせて力強く話した。
「…良かった。本当に良かった!
コリンナ嬢、何かあれば僕に言って下さい!力になりますから!!」
「え?え、ええ…ありがとうございます。」
コリンナは少し戸惑いながらも、ありがたいと感謝を述べる。
エーファも、ケヴィンのそんないつもと違う顔を見てどうしたのだろうと疑問に思うが、心が思いのほか疲れてしまった事もあり馬車扉のすぐ傍にいるヘラに視線を移すと、ソワソワとした動きを感じ取った。
王都からバルヒェット領まではわりかし近いとはいえ一時間は掛かるし、あまり遅くなってしまえば辺りは暗くなるため見通しが悪くなり危ない。他の見送りの人達の仕事や予定もあるだろうとも慮り、ヘラはそろそろ出発したほうがいいのではないかと思っているのだ。
「では皆さま。そろそろ行きますね。
お世話になりました。」
そう言って頭を下げるエーファは、ゆっくりと歩みを進める。普段よりはかなり遅いが、それでも昨日よりは歩けると進み、御者に手伝われながら馬車へと乗り込む。
「エーファ、本、ありがとう!
会いに行ってもいい?」
と、馬車の傍に近寄り声を掛けるコリンナ。
「ええ!ありがとう。待ってるわ!」
そう返すエーファに、皆、それを微笑ましいと口角を上げる。先ほどまでの張り詰めた空気とは裏腹に優しい風が流れているのを感じる。
「気をつけて帰るんだよ。」
「早く良くなるよう祈っている。」
「またね!」
「お気をつけて。」
「皆様、ありがとう。お世話になりました!」
軽く挨拶を交わすと御者に合図を出す。馬車を操る御者は、馬の手綱を動かすと馬車はゆっくりと進み始める。騎士隊の敷地を抜け、王都を走り去って行った。
「邪魔よ。早くどいてちょうだい!」
「どちら様ですかな?…てあなたは!?」
「ふん!私を見て分からないなら騎士を辞める事ね!!
早く、それをどかしてよ!」
語気を強めて言うカサンドラに、慌てて前に出る侍従のヴィリー。
「カサンドラ様!
す、すみません…王宮の正門から入るとややこしくて大変なので、こちら側から通していただきたいとカサンドラ様が…」
ヴィリーは両側に立つ門番の騎士に向かってぺこぺこと頭を下げた。
「はぁ?こっちだって、困るんだよ!」
「そうだぞ、こっちからだってややこしいさ!
ヴィリー、報告はあげさせてもらうからな!?」
門番の騎士は口々に不満をヴィリーに告げる。
「ふん!好きになさい!いいから早くここを通して!!」
腕組みをして偉そうな態度でカサンドラは胸を張る。
エーファ達もあまりの光景に目が釘付けになった。
(王女殿下…やはり普段から図書館で見た時のような、高圧的な態度なのね。)
屈強な騎士に対しても恐れる事なく誰にでもあのように強気に出るのだと、驚きを通り越して感心するエーファ。
フォルクハルトは、チッと周りには聞こえないよう舌打ちをし、そちらへ距離を縮めて一段と低い声を掛けた。
「カサンドラ王女殿下。また王宮を抜け出されたのですか。」
「誰よ!?
…て、フォルクゥ~!?やだぁ、最近会わなくって寂しかったのよぉ?」
今までとは打って変わってなぜか足をクネクネとさせ、モジモジとした表情で左右に腰を振るカサンドラ。
「そうでしたか。私は仕事に忙しいもので王女殿下のお相手は無理ですから。
それより、午後は教育の時間では?」
フォルクハルトは、今までエーファ達と話していたよりもかなり低い声で冷たく話す。が、それに気づかないカサンドラは頬を染めて尚も体をクネクネとよじらせている。
カサンドラにとって常にそのような声で相手をされているから、それが通常だと思っているのだ。
「いやだわ、フォルクったら!私の行動を把握してくれているのね?いやん!相思相愛じゃないのぉ?」
「いえ、全く。それが私の仕事なだけです。
しかしまた抜け出されたのですね?教師に迷惑を掛けるとは、大変無礼で失礼な事だと思うのですがそれがカサンドラ王女殿下は理解出来ないとは嘆かわしい限りです。」
抑揚のない声で告げるフォルクハルトだがそれに気づくはずもないカサンドラ。
「いやだわ、フォルクったら。
私、もう今年十九なのよぉ?
それなのに作法や言葉遣い、歴史や異国語なんかを学べって、もう私には必要無いのに無駄な時間なの。分かる?」
「理解されていないから、何度も学ぶ機会を与えられているのにも気づく事も出来ないのですね。」
とフォルクハルトが大袈裟にため息を吐けば、カサンドラはぷうと頬を膨らます。
「もう、意地悪言わないで?フォルクったら!」
「人の話を聞けないのであれば、話したくもありません。
おい、いいぞ。直れ!」
「「は!」」
フォルクハルトはカサンドラに告げた後、門番の二人に視線を向けて〝直れ〟と言うと、二人は槍を元の位置、つまり自分達の体の脇に沿わせて片手で持ち槍先を空高く向け直した。
「報告は正確に頼む。」
「「は!!」」
そう言うと、エーファたちの方へフォルクハルトは戻ろうと歩みを進める。
が、カサンドラは自分の行く手を阻む騎士たちを退かしてくれたと喜び、縋ろうと早歩きでフォルクハルトの片腕に腕を絡めた。
「!」
それを見たエーファはなんだか胸の辺りがモヤモヤとし、目を逸らしてしまう。
「エーファ?…なんだか見ていて気持ちのいいものではないわよね。」
エーファの視線に気付き、コリンナも眉を少しだけ寄せてエーファに向けてこっそりと話した。
「う…ん…」
エーファはそれに言葉にならない感情を抑え込むかのように答える。
と、頭を割るような一層甲高いカサンドラの声が響き渡る。
「あーん、フォルク!ありがとう!!やっぱり頼りになるわぁ!!
ねぇ、王宮まで連れてってぇ?」
「おやめください。
ヴィリー、しっかりお連れしろよ。」
それにフォルクハルトは険しい顔で睨みながらも動きつつさり気なく腕を解かせると、カサンドラの後ろにいるヴィリーへと声を掛ける。
「は、はい。」
ヴィリーは慌てて返事をする。
「もー!フォルクったらぁ!
…ん?あらケヴィンもいるじゃない!ケヴィンでもいいわ!私を連れてって-!!」
カサンドラはフォルクハルトに文句を言うが、歩いて行く方向に見知った顔を他にも見つけて声を上げる。
「すみません、私も仕事があります。
どうぞ、ヴィリーとお戻り下さい。」
「つれないわねぇ…え!?ちょっと、誰?新入り?あなたでもいいわ!背の高い、銀髪のあなたちょっとこっちへ来なさい!」
カールを見つけ、カサンドラは尚も声を掛けるがヴィリーはいつまでもここにいるべきではないとカサンドラの背中を押して歩く。
「か、カサンドラ様!そろそろ戻らねばさすがにまずいです!
ほら、行きますよ!!」
「やだ!ちょっと、私に触らないで!
せっかく知らない顔の格好いい人がいたのに!まぁ体はちょっと大きいけど、顔がいいから許容範囲な格好いい人よ?
あんたのせいで話が出来なかったじゃない!
もう、空気読みなさいよ!!」
「はいはい、行きますよ!」
ヴィリーに連れられてカサンドラが進み歩く時、ちらりとエーファとコリンナに視線を送られたが、女性には特に興味がないのか話し掛けられる事はなく、ホッとした。
けれど。エーファの心はなぜかザラザラとしていた。
「あ!思い出した!」
しかし少し進んだ先で唐突に叫び、クルリと振り向いたカサンドラは、ニタリと笑ってコリンナへと言葉を投げた。
「あんた、図書館の女ね!?
本、とーっても面白かったわ!!でも残念ね、あと十回は読み直すから、貸し出し期限ギリギリまで返せそうにないの。ごめんなさいねぇ~!!アハハハハ!!」
そう言って何が可笑しいのか一人で笑うと、背を向けて騎士隊の敷地を抜けて王宮へと歩いて行った。
あまりの事に驚くが、自分の気持ちよりもコリンナが心配になり慌てて声を掛けるエーファ。
「えと…コリンナ?」
「…大丈夫よ。ビックリしたけど、今回もちゃんと我慢したわ。偉いでしょう?」
エーファは蒸し返された事にコリンナは怒りを感じていないかと視線を向けたが、そのように返され、呟く。
「我慢…」
「ええ。兄さまにもお父様にも口酸っぱく言われたもの。『王族には逆らってはいけません』って。」
コリンナは拳を握り締めて我慢していたのだ。それを見たエーファは、コリンナの両手を掴み、自身の手のひらで包んだ。
「偉いわ、コリンナ。頑張ったのね。」
図書館の時もきっとこのように、拳を握り締めて痛みを感じることで、怒りを消していたのかもしれないと思うと自然とその手を撫でた。
「コリンナ…あながち間違ってはいないが、偉かったよ。
けど、図書館の女って?」
カールは、コリンナの熱い性格を充分過ぎるほど知っている。だからそのように端的に伝えていたのだ。万が一にも王族と会ってしまった時の対処法にと。
だが、先ほどのカサンドラの口振りから察するに本当に会っていたとはと、静かに怒りの炎を胸に点しながらコリンナに問う。
自分に向けられたであろう、知らない格好いい人、という言葉なんてどうでもいいほどに。
「あ、図書館に行った時の事よ。」
「うん。で?
王女殿下と会ってたの?」
この際、カサンドラを敬う言葉なんて忘れてしまうほど。
その殺気は周りの者たちにも分かるくらい漏れ出ている。
「あら?私言ってなかったかしら?会ったわ」
「カール殿!!」
その怒りを、フォルクハルトは感じて止めなければと割って入るが、カールはそれを手で制した。
「会って、それで?」
「私が借りようとした本が、あの方も欲しかったみたいで。」
「へぇ…」
「あ、でもそれで、エーファとお友だちになれたのよねー?」
「え、ええ、そうね。」
コリンナは、カールの怒りに気づいているのかいないのか、柔らかく微笑みながらエーファに同意を求めるように視線を送る。
エーファも、ロータルとディーターが言っていた、戦争が起こるかもしれないという言葉と、カールの先ほどとは違う声色に言葉少なに頷く。
「エーファが、たくさん本を貸してくれたからもういいの。」
そう言って笑うコリンナを見て、カールはそれ以上言葉を繋ぐ事は控えた。
「!
そうか…エーファ嬢、ありがとう。」
「い、いえ私は何も…」
「コリンナ嬢…」
ケヴィンも、先ほどのカサンドラの言葉に引っかかるものがあったのだろう、気にはなっていたがカールの殺気に口を挟めずに名前を呟くだけであった。
「ケヴィン様もご心配おかけしました。
エーファはとっても優しくて素晴らしい人です。そんな方とお友達になれて私本当に嬉しいのですよ?」
その言葉に反応しコリンナは微笑むと、ケヴィンは顔を赤くさせて力強く話した。
「…良かった。本当に良かった!
コリンナ嬢、何かあれば僕に言って下さい!力になりますから!!」
「え?え、ええ…ありがとうございます。」
コリンナは少し戸惑いながらも、ありがたいと感謝を述べる。
エーファも、ケヴィンのそんないつもと違う顔を見てどうしたのだろうと疑問に思うが、心が思いのほか疲れてしまった事もあり馬車扉のすぐ傍にいるヘラに視線を移すと、ソワソワとした動きを感じ取った。
王都からバルヒェット領まではわりかし近いとはいえ一時間は掛かるし、あまり遅くなってしまえば辺りは暗くなるため見通しが悪くなり危ない。他の見送りの人達の仕事や予定もあるだろうとも慮り、ヘラはそろそろ出発したほうがいいのではないかと思っているのだ。
「では皆さま。そろそろ行きますね。
お世話になりました。」
そう言って頭を下げるエーファは、ゆっくりと歩みを進める。普段よりはかなり遅いが、それでも昨日よりは歩けると進み、御者に手伝われながら馬車へと乗り込む。
「エーファ、本、ありがとう!
会いに行ってもいい?」
と、馬車の傍に近寄り声を掛けるコリンナ。
「ええ!ありがとう。待ってるわ!」
そう返すエーファに、皆、それを微笑ましいと口角を上げる。先ほどまでの張り詰めた空気とは裏腹に優しい風が流れているのを感じる。
「気をつけて帰るんだよ。」
「早く良くなるよう祈っている。」
「またね!」
「お気をつけて。」
「皆様、ありがとう。お世話になりました!」
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