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プロローグ
少年の正体
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重力から解放されるのは爽快である。風のように駆け巡る快感はなにものにも代えがたい。
しかし、そんな夢のような時間はすぐに終わる。
木の匂いがする場所に来たと思ったら、マリアはそっと降ろされた。
医務室の水場に着いたのだろう。
「流すから、じっとしていてくれ」
少年の声が聞こえた。
次の瞬間に、マリアに冷たい水が勢いよく掛けられた。
悲鳴をあげる間もなかった。
水は流され続ける。
当然の事ながら息はできない。
海水におぼれた時とは違った苦しさがあった。
水から解放された時にはぐったりしていた。
傍目では一瞬の出来事であったが、マリアの身体にどっと疲れが押し寄せていた。
「大丈夫か?」
少年に声を掛けられて、マリアはなんとか顔を上げた。
「ありがとうと言いたいところだけど、もう少し優しく……!」
優しく扱ってほしかったわ。
そう言いかけて絶句した。
目の前の透き通った瞳に心奪われていた。
少年の肌は色白で、黒髪を肩で切りそろえている。整った顔立ちで、黙っていればどこかの国の王子と思われるだろう。
そんな美男子が、今は驚きのあまり間の抜けた表情をしている。
「俺にお礼を言おうとしたのか? おまえが海に落ちる原因を作ったのに」
「えっと……」
マリアは自分の顔に熱を帯びるのを感じていた。
目の前の人物を助けようとして、海に落ちたのを見られていたのだろう。
見捨てずに助けてくれたのだ。
恥ずかしさと今までに感じたことのない甘酸っぱい気持ちが胸を満たす。
冷静になりなさいと、自分の心に言い聞かせても心臓が落ち着かない。
「……助けてくれて本当にありがとう」
か細い声を発する。儀礼的なお礼を言うのがせいいっぱいだった。
少年はかすかに口の端を上げた。
「目の前で恩人が死ななくて良かった」
岩場でマリアが手を伸ばした事に恩を感じているのだろう。
マリアは安堵の溜め息を吐いた。
「あなたこそ助かって良かったわ」
笑顔を向けると、少年の目が和らいだ。
儚い雰囲気だ。捕まえておかないと、すぐに消えてしまいそうである。
ふっとマリアの視界から消える。
バタンという音がした。
少年は倒れてしまっていた。
よく見ると、彼の服装は異様であった。
身体に密着した黒い長袖と、同じ色の長ズボンを履いている。温暖なソール大陸では見ないような服装であった。所々破れていて、血がにじんでいる。怪我をしている。
「大変、早く治療を!」
マリアが周りの人間たちに呼びかけると、すのこベッドに横たわっていた怪我人や病人が起き上がる。
マリアの姿を目の当たりにして両目を見開いていた。
「王女様が、なんでこんなところに!?」
「ずぶ濡れじゃんか、どうしたんだ!?」
一同に驚きを口にしている。
マリアは声を張り上げた。
「私の事はいいの! この子を運んであげて!」
「マリア王女、生きていらして良かったです!」
近衛兵たちが医務室にずかずかと入ってきた。彼らもマリアの事で頭がいっぱいだ。
「ドレスを代えて温かなお風呂に入ってください。ゆっくり休みましょう」
「いいからこの子をベッドまで運んで! 医師を呼んで!」
マリアが強引に命令すると、近衛兵たちはしぶしぶ少年の周りに集まる。
「二人で運べる。両肩と両足を持っていけばいい」
「他のものたちは、マリア王女を城へお連れしろ。あと、医師を連れてこい」
マリアは胸をなでおろした。
あとは任せても大丈夫だと思った。
しかし、少年の両肩を持ち上げようとした近衛兵がいぶかし気に首を傾げた。
「マリア王女、この少年は助けるべきではないと考えられます」
「どうして?」
「この入れ墨を見てください」
近衛兵は少年の左肩を指さす。そこには真っ黒い入れ墨がある。
二重になった円の周りをぐるりと囲むように、四本のナイフが並べられている。外側に刃が向けられている配置だ。太陽を模しているという説がある。
「マルドゥクの手下に間違いありません」
「嘘、マーニ大陸を支配しているあの殺し屋たちなの!?」
マリアの顔から血の気が引いていく。
全身が震える。取り乱さないのが精一杯だ。
「グローリア王国に侵略してきた残虐な集団の一味なの!?」
しかし、そんな夢のような時間はすぐに終わる。
木の匂いがする場所に来たと思ったら、マリアはそっと降ろされた。
医務室の水場に着いたのだろう。
「流すから、じっとしていてくれ」
少年の声が聞こえた。
次の瞬間に、マリアに冷たい水が勢いよく掛けられた。
悲鳴をあげる間もなかった。
水は流され続ける。
当然の事ながら息はできない。
海水におぼれた時とは違った苦しさがあった。
水から解放された時にはぐったりしていた。
傍目では一瞬の出来事であったが、マリアの身体にどっと疲れが押し寄せていた。
「大丈夫か?」
少年に声を掛けられて、マリアはなんとか顔を上げた。
「ありがとうと言いたいところだけど、もう少し優しく……!」
優しく扱ってほしかったわ。
そう言いかけて絶句した。
目の前の透き通った瞳に心奪われていた。
少年の肌は色白で、黒髪を肩で切りそろえている。整った顔立ちで、黙っていればどこかの国の王子と思われるだろう。
そんな美男子が、今は驚きのあまり間の抜けた表情をしている。
「俺にお礼を言おうとしたのか? おまえが海に落ちる原因を作ったのに」
「えっと……」
マリアは自分の顔に熱を帯びるのを感じていた。
目の前の人物を助けようとして、海に落ちたのを見られていたのだろう。
見捨てずに助けてくれたのだ。
恥ずかしさと今までに感じたことのない甘酸っぱい気持ちが胸を満たす。
冷静になりなさいと、自分の心に言い聞かせても心臓が落ち着かない。
「……助けてくれて本当にありがとう」
か細い声を発する。儀礼的なお礼を言うのがせいいっぱいだった。
少年はかすかに口の端を上げた。
「目の前で恩人が死ななくて良かった」
岩場でマリアが手を伸ばした事に恩を感じているのだろう。
マリアは安堵の溜め息を吐いた。
「あなたこそ助かって良かったわ」
笑顔を向けると、少年の目が和らいだ。
儚い雰囲気だ。捕まえておかないと、すぐに消えてしまいそうである。
ふっとマリアの視界から消える。
バタンという音がした。
少年は倒れてしまっていた。
よく見ると、彼の服装は異様であった。
身体に密着した黒い長袖と、同じ色の長ズボンを履いている。温暖なソール大陸では見ないような服装であった。所々破れていて、血がにじんでいる。怪我をしている。
「大変、早く治療を!」
マリアが周りの人間たちに呼びかけると、すのこベッドに横たわっていた怪我人や病人が起き上がる。
マリアの姿を目の当たりにして両目を見開いていた。
「王女様が、なんでこんなところに!?」
「ずぶ濡れじゃんか、どうしたんだ!?」
一同に驚きを口にしている。
マリアは声を張り上げた。
「私の事はいいの! この子を運んであげて!」
「マリア王女、生きていらして良かったです!」
近衛兵たちが医務室にずかずかと入ってきた。彼らもマリアの事で頭がいっぱいだ。
「ドレスを代えて温かなお風呂に入ってください。ゆっくり休みましょう」
「いいからこの子をベッドまで運んで! 医師を呼んで!」
マリアが強引に命令すると、近衛兵たちはしぶしぶ少年の周りに集まる。
「二人で運べる。両肩と両足を持っていけばいい」
「他のものたちは、マリア王女を城へお連れしろ。あと、医師を連れてこい」
マリアは胸をなでおろした。
あとは任せても大丈夫だと思った。
しかし、少年の両肩を持ち上げようとした近衛兵がいぶかし気に首を傾げた。
「マリア王女、この少年は助けるべきではないと考えられます」
「どうして?」
「この入れ墨を見てください」
近衛兵は少年の左肩を指さす。そこには真っ黒い入れ墨がある。
二重になった円の周りをぐるりと囲むように、四本のナイフが並べられている。外側に刃が向けられている配置だ。太陽を模しているという説がある。
「マルドゥクの手下に間違いありません」
「嘘、マーニ大陸を支配しているあの殺し屋たちなの!?」
マリアの顔から血の気が引いていく。
全身が震える。取り乱さないのが精一杯だ。
「グローリア王国に侵略してきた残虐な集団の一味なの!?」
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