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アンカサにて
かすかな希望
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虚空から幾本もの氷の矢が生まれ、近衛兵たちに突き刺さる。強烈な冷気に阻まれ、ルドに近づけない。近衛兵たちの足取りは一気に鈍くなる。近衛兵も侍従も、放っておけば凍死するだろう。
「やめて! みんなを殺さないで!」
マリアは叫んだ。
ルドは首をかしげた。
「僕は手加減をしていますよ」
「ひどい事をしないで! とても痛そうよ!」
「では、僕のお願いを聞いてくれますか?」
「……聞くわ」
マリアは観念して溜め息を吐いた。
ルドは微笑んだ。
「あなたの部下たちに、何があっても僕に逆らわないように命令してください」
「何があっても……」
マリアは逡巡した。
目の前の青年が何を企んでいるのか分からない。近衛兵が何をさせられるのか分からない。
祖国グローリアの教えに反する事を命令されるかもしれない。
「……何を命令するのか聞かせて」
「いいですよ。僕たちに逆らわないでほしいだけです。邪魔をしなければ、立っているだけで結構です」
「あなたたちは何をするつもりなの?」
「それを聞くのなら、彼らを生かしておくつもりはありません」
ルドの微笑みは天使のように穏やかだった。
「生かす価値のないものは、天に召された方が良いでしょう」
「分かったわ! 命令するから、あなたたちに逆らわないように言うから」
マリアの身体は、手元、そして腕へ、少しずつ氷に包まれていく。
近衛兵たちは痛みに苦悶の表情を浮かべながら、口々に言葉を発する。
「お気を確かに!」
「我々はまだ戦えます!」
王族に進言するなど、近衛兵としては越権行為だ。許される事ではない。
しかし、彼らにとってマリアに危害を加える人間を放っておく方が耐えられない。冷気の中で、血を吐くような気持ちで訴えていた。
だが、彼らの意思はマリアを動かせなかった。
「何があってもルドに逆らわないようにして。これはグローリア王国の最高権力者としての命令よ」
近衛兵たちと侍従たちの表情に絶望が浮かぶのを、マリアはひしひしと感じていた。
「あなたたちは希望よ。生きていればきっとなんとかなるわ」
マリアの身体から熱が奪われる。震えが止まらなくなり、口元は青くなった。
氷は容赦なくマリアを包む。胸も腰も足元も、急激に包まれていく。
怖い。でも、泣かない。
マリアは意識を手放すまで、そう心の中で呟き続けた。
「意外としぶといですね」
ルドは感心していた。
「徐々に凍らせると、恐怖のあまり無様な表情になる人が多いのですけどね。美しくできあがりました」
酷薄な笑みを浮かべて氷を撫でる。
「マリア王女……なんてことだ」
「我々はどうすれば」
近衛兵たちと侍従たちはすっかり氷に包まれたマリアを見て、途方に暮れていた。
そんな彼らに、ルドは穏やかに語る。
「心配はいりません。彼女が言っていたでしょう。僕に従えば良いと。安心してください。無茶な命令はしません」
悪魔のように残忍な笑みを浮かべている。
逆らうな。
ルドはそう言っているのである。
「氷は簡単に壊れます。くれぐれも大切に扱ってください。別の場所に運ぶのは危険極まりないので、飾っておきましょう」
勝手に持ち出す事はできない。
ルドは暗にそう言っている。
侍従たちに動揺が広がる中で、近衛兵たちは互いにアイコンタクトをする。
どうする?
我々だけではどうしようもない。助けを呼ぼう。
ルドには近衛兵たちが互いに顔を見合わせているようにしか見えなかった。
「さっそくお願いがあります。僕の友人がアンカサに来ているはすです。彼をもてなしたいのです」
「オネットの事か」
近衛兵が確認をすると、ルドはくすくす笑った。
いつの間にか、氷の矢は消えていた。近衛兵たちの痛々しい傷跡が残っていた。
「すぐに理解していただけて嬉しいです。こういう時は友達が少ないと便利ですね。大切な友達です。無礼のないようにこの部屋に連れてきてください。そのほかの人間はお任せしますが、この部屋で起きた事はバレないようにしてください」
「……御意」
近衛兵たちはうやうやしく礼をして、部屋を出る。
侍従たちも後に続く。
彼らは、ただただマリアの救出を願っていた。
「やめて! みんなを殺さないで!」
マリアは叫んだ。
ルドは首をかしげた。
「僕は手加減をしていますよ」
「ひどい事をしないで! とても痛そうよ!」
「では、僕のお願いを聞いてくれますか?」
「……聞くわ」
マリアは観念して溜め息を吐いた。
ルドは微笑んだ。
「あなたの部下たちに、何があっても僕に逆らわないように命令してください」
「何があっても……」
マリアは逡巡した。
目の前の青年が何を企んでいるのか分からない。近衛兵が何をさせられるのか分からない。
祖国グローリアの教えに反する事を命令されるかもしれない。
「……何を命令するのか聞かせて」
「いいですよ。僕たちに逆らわないでほしいだけです。邪魔をしなければ、立っているだけで結構です」
「あなたたちは何をするつもりなの?」
「それを聞くのなら、彼らを生かしておくつもりはありません」
ルドの微笑みは天使のように穏やかだった。
「生かす価値のないものは、天に召された方が良いでしょう」
「分かったわ! 命令するから、あなたたちに逆らわないように言うから」
マリアの身体は、手元、そして腕へ、少しずつ氷に包まれていく。
近衛兵たちは痛みに苦悶の表情を浮かべながら、口々に言葉を発する。
「お気を確かに!」
「我々はまだ戦えます!」
王族に進言するなど、近衛兵としては越権行為だ。許される事ではない。
しかし、彼らにとってマリアに危害を加える人間を放っておく方が耐えられない。冷気の中で、血を吐くような気持ちで訴えていた。
だが、彼らの意思はマリアを動かせなかった。
「何があってもルドに逆らわないようにして。これはグローリア王国の最高権力者としての命令よ」
近衛兵たちと侍従たちの表情に絶望が浮かぶのを、マリアはひしひしと感じていた。
「あなたたちは希望よ。生きていればきっとなんとかなるわ」
マリアの身体から熱が奪われる。震えが止まらなくなり、口元は青くなった。
氷は容赦なくマリアを包む。胸も腰も足元も、急激に包まれていく。
怖い。でも、泣かない。
マリアは意識を手放すまで、そう心の中で呟き続けた。
「意外としぶといですね」
ルドは感心していた。
「徐々に凍らせると、恐怖のあまり無様な表情になる人が多いのですけどね。美しくできあがりました」
酷薄な笑みを浮かべて氷を撫でる。
「マリア王女……なんてことだ」
「我々はどうすれば」
近衛兵たちと侍従たちはすっかり氷に包まれたマリアを見て、途方に暮れていた。
そんな彼らに、ルドは穏やかに語る。
「心配はいりません。彼女が言っていたでしょう。僕に従えば良いと。安心してください。無茶な命令はしません」
悪魔のように残忍な笑みを浮かべている。
逆らうな。
ルドはそう言っているのである。
「氷は簡単に壊れます。くれぐれも大切に扱ってください。別の場所に運ぶのは危険極まりないので、飾っておきましょう」
勝手に持ち出す事はできない。
ルドは暗にそう言っている。
侍従たちに動揺が広がる中で、近衛兵たちは互いにアイコンタクトをする。
どうする?
我々だけではどうしようもない。助けを呼ぼう。
ルドには近衛兵たちが互いに顔を見合わせているようにしか見えなかった。
「さっそくお願いがあります。僕の友人がアンカサに来ているはすです。彼をもてなしたいのです」
「オネットの事か」
近衛兵が確認をすると、ルドはくすくす笑った。
いつの間にか、氷の矢は消えていた。近衛兵たちの痛々しい傷跡が残っていた。
「すぐに理解していただけて嬉しいです。こういう時は友達が少ないと便利ですね。大切な友達です。無礼のないようにこの部屋に連れてきてください。そのほかの人間はお任せしますが、この部屋で起きた事はバレないようにしてください」
「……御意」
近衛兵たちはうやうやしく礼をして、部屋を出る。
侍従たちも後に続く。
彼らは、ただただマリアの救出を願っていた。
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